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072 幼女を怒らせてはいけません

 私は仮契約を済ませると、アマンダさんの案内で銭湯の館内を歩き回る。

 銭湯の館内は思っていた以上に広く、何度も階段を上る事になった。

 何処にフルーレティがいるのかは、まだわからなかったけど、少しづつ近づいている予感はしていた。

 だけど、私達がフルーレティの許まで行く事で、一つだけ問題があった。

 それは、ニクスちゃんが魔族に狙われているという事だ。

 だから、私達と一緒にいた方が安全だろうという事で、ニクスちゃんにはついて来てもらう事にしたのだ。

 それで私は今、怯えるニクスちゃんの手を握って、一緒に歩いている。

 わけなのだけど……。


 ニクスちゃん、ちょっと心配だよ。

 大丈夫ってニクスちゃんは言っていたけど、まだ怯えてるみたいだし……。


 チラリとニクスちゃんを見ると、ニクスちゃんが無理してニコッと微笑む。

 だから私も、微笑み返す事にした。


 出来るだけ、ニクスちゃんにケガをさせないように気をつけよう。


 そう私は心に誓うのと同じタイミングで、何度か目の階段を上り終わった。 


 それにしても、結構階段を上ったよね?

 今何階くらいなんだろう?

 と言うか、ここの銭湯って凄く広いんだもん。

 まるで迷路だよ。

 私の銭湯のイメージは、もっとこじんまりした、少し大きめの一軒家くらいの大きさなんだよね。

 来た時も思ったけど、ここはまるで温泉旅館みたいだよ。


 私がそんな事を考えていると、アマンダさんが私達に振り返り、静かに口を開いた。


「もうそろそろ目的の場所に着くわ」


「そのわりには警備が全然無いわね。何かの罠なのかしら?」


 リリィの言葉に私はハッとなる。


「そう言えば、施設どころか壁とか壊しちゃってたけど、弁償しなきゃなんじゃ!?」


「ちびっ子は阿呆ッスね~。ここは元々、フルーレティが経営してる所有地の銭湯ッスよ。そんなのする必要ないッスよ」


「え! そうだったの?」


 でもそっか。

 考えてみたら、露天風呂の立ち入り禁止とか、勝手に出来ないもんね。

 それに、あんなに騒いでたのに、従業員どころか誰も来なかったし。

 あ。そう言えば、従業員と言えば、サキュバスのお姉さんばかりだったもんね。

 今考えたら、もの凄くおかしいよ。


 私がそんな風に納得していると、ニクスちゃんがクスクスと笑いだす。


「ふふ。ジャスは、しっかりしてるようで、たまに抜けてておもろいなぁ」


「え、えへへ。そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしいかも」


「あ。ごめんなぁ。悪い意味で言うたわけやないんよ? 可愛い思うたんよ」


「あ、ありがとぅ……。でも、良かった。ニクスちゃん、少し落ち着いてきたみたいで」


 私はそう言って、ニクスちゃんの手をギュッと握る。


 本当に良かった。

 震えはもう止まったみたい。


 その時、先頭を歩くアマンダさんが足を止めた。


「あの部屋よ」


 そう言って、アマンダさんが扉を指でさした。


「ここまで近づけばわかるなのよ。たしかに、あそこからルピナスちゃんの匂いが漏れてるなのよ」


 相変わらずの意味不明なスミレちゃんの特技だけど、今ほど頼もしいと思った事は無い。

 私達はスミレちゃんの言葉で、ルピナスちゃんとフルーレティが、その部屋にいると確信を得た。


「いい? あくまでも、その子をとり戻すのが目的で、フルーレティを倒しに行くわけではないわ」


 アマンダさんの言葉に、私を含めて皆がこくりと頷く。

 銭湯に来る前までは、私のパンツを使ってフルーレティを倒す計画だった。

 だけど、今の私はバスローブ一枚。

 もちろんパンツなんて穿いてない。

 私としては、ニクスちゃんはともかく、リリィのパンツでも良いような気がしていた。

 だけど、私からリリィにパンツ脱いでって言うのが、凄く抵抗があった。

 だから、私から言い出す事が出来なくて、予定変更になったのだ。


「私とスミレさんがフルーレティの相手をして時間を稼いでいる隙に、ジャスミンとリリィがその子を確保。ニクスは他の魔族がこの部屋に来ないか、警戒して見るのよ」


 私はニクスちゃんの手をギュッとして、ニクスちゃんに顔を向けた。


「大丈夫。心配ないからね」


「ありがとう。ジャス。気ぃつけてな?」


「うん」


「ジャスミン」


 リリィに呼ばれて、私はアマンダさんとスミレちゃんの後に続いて扉の前に移動する。


「開けるわよ?」


 アマンダさんが扉に手をかける。


 ルピナスちゃん、今助けるからね!


 勢いよく扉を開けたアマンダさんに私は続いて、部屋の中に入った。

 そして、そこで見たものは、目を疑うような光景だった。


「そ、そんな……」


 私が見た光景。

 それは、全裸でベッドに寝かされたルピナスちゃんが、上からたった一枚のタオルを体にかけられている光景だった。

 そしてその側で、下着姿のフルーレティが、お洋服を着ている最中だった。


「おいおい。ノックくらいは、してくれないかい?」


 フルーレティが苦笑して私達を見る。


「何をしていたの?」


「さっきまで激しく動いていたから、疲れてこの子が眠ってしまってね。それで私は着替えていたんだよ」


 私の問いに、フルーレティが爽やかに微笑んで答える。


 ベッドの上で、全裸で激しく動いてたぁあ!?


 その時、私の中でプチンと、糸が切れるような音がした。


「ドゥーウィンくん」


 私は精霊さんの名前を呼ぶ。


「なんッスか~。ちびっ子……ひっ!」


「どうしたの? ドゥーウィンくん。そんなに怯えた顔をして。ううん。そんな事より、今すぐ力を貸してくれないかな?」


「はい! 喜んでーッス!」


 精霊さんが返事をすると、私は魔力を集中する。

 すると、風の加護を受けたおかげだろうか?

 今まで感じた事の無い程の魔力が集まって来るのを感じた。

 私を中心に、精霊さんがクルクルと飛び回る。

 すると、風の吹かない部屋の中で、私を中心に風が生み出されていく。

 その時、背後から声が聞こえてきた。


「やばいわ! 計画は中止よ! スミレとアマンダはニクスを! 私はルピナスちゃんを!」


「いったい何が!?」


「ぼさっとしてたらダメなのよ! ニクスちゃんを守るなのよ!」


 背後からの声は、私に届く事は無い。

 私は目の前のフルーレティに集中する。


「なんだかわからないけど、私に攻撃は――」


 私は片手間感覚で、フルーレティの足に氷の魔法をかけて足を固定する。


「――足が!?」


「煩いよ? お姉さん」


 そして、重力の魔法を使って、フルーレティに100倍の重力をかけた。


「っぐっぁ! こ……れは!?」


 私の目の前に、大きな魔法陣が描かれる。


「我が名はジャスミン。ジャスミン=イベリス。風を司る神々よ。今こそその力を我に示し、我が命に従い愚かなる罪人に裁きを与え討ち滅ぼせ! 神裁爆嵐ゴッドテンペスト


 呪文を言い終えた瞬間、私は魔法陣から爆発したような風を放った。

 その威力はあまりにも強大で、周囲の壁や天井を吹き飛ばして突き進む。

 そしてそれは、もの凄い勢いでフルーレティに直撃した。


「なっんだ……とおぉぁあーっ!?」


 フルーレティはすべなく、私の放った魔法にのみ込まれる。

 そして、フルーレティは空高く吹き飛んだ。

 フルーレティが吹き飛び、私の魔法が消え去ると、周囲が静まりかえった。

 私の放った魔法は、部屋の壁や天井だけでなく全てを吹き飛ばしてしまった。

 そのせいで、今私達が立っている場所が、まるで屋上のように壁や天井が無くなっていた。

 そのあまりにも凄まじい威力に、皆が言葉を失った。

 聞こえてくるのは、空高く舞い散った壁や天井などの残骸が、パラパラと落ちてくる音だけだ。

 そんな中、リリィの腕の中で眠るルピナスちゃんが目を覚ました。


「あれ? リリィお姉ちゃん? あ。ジャスミンお姉ちゃん!」


「ルピナスちゃん!」


 私は、急いでルピナスちゃんのもとへと駆け寄る。

 すると、ルピナスちゃんは目を輝かせて、楽しそうに話しかけてきた。


「ジャスミンお姉ちゃん! フルーレティお姉ちゃんとサキュバスお姉ちゃん達と一緒に、遊んだんだよ」


「え? 遊んだ?」


 私は嫌な予感を感じだす。


「うん! えっとねー。鬼ごっこしたり、かくれんぼしたり、でもかくれんぼしてたらお風呂があって、中々見つからないから泳いでたんだよ。あっ」


 あれ?

 えーと……。


 だらだらと、私は全身から汗が流れだすのを感じていた。


「お風呂で泳いでたら、疲れて眠っちゃった。ここお外?」


 ルピナスちゃんがキョロキョロと、不思議そうに周囲を見る。

 さっきまで部屋の中だったここにあるのは、リリィとルピナスちゃんが乗っているベッドだけ。

 壁も天井も他の物は、全部私の魔法で吹き飛んでしまった。


「ベッドの上? あ。眠っちゃったから、ジャスミンお姉ちゃんが運んでくれたの?」


 えーと。

 これはつまり?


 ごくり。と、私は唾を飲み込んだ。


「あ。ジャスミンお姉ちゃんも裸だー」


「え!?」


 あ。そっか。

 魔法使った時に凄い風だったから、ちゃんと紐で縛ったけど、バスローブが大きくて脱げちゃったんだ。

 って、そんな事より!


 私はフルーレティが吹き飛んで行った方向を見上げる。


 あわわわわわわわ。

 どこ!?

 どこに行っちゃったの!?


 私は慌てて空を見上げて、フルーレティの姿を捜す。

 するとその時、ドスンと、背後で音がした。

 私が恐る恐る背後を確認すると、そこにはフルーレティの無残な姿があった。

 フルーレティはダメージを負わないはずでは? と言う疑問が吹き飛ぶほどに、大ダメージを受けたようで、ピクリとも動かない。


「ご、ごめんなさいー! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさいーっ!」


 フルーレティさん(・・)の無残な姿を見た私は、全裸だという事を忘れて、半泣きで謝りまくるのでした。

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