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070 幼女は正しく守りましょう

「なんや音がどんどん近づいてけえへん?」


「うん。凄い聞こえる」


 私とニクスちゃんは浴場から脱衣所まで戻って来た。

 すると、いよいよ尋常じゃない程の、様々な音が聞こえてくる。

 それは、刃と刃をかわすような耳をつんざく音。

 それは、建物内の壁という壁を破壊しているような轟音。


 何が起こってるんだろう?

 とにかく、早く着替えなきゃ。


 私が収納棚に置いた自分のお洋服に、手を伸ばそうとしたその瞬間、何かが私の目の前を吹っ飛ぶように通り過ぎた。

 そして、その何かは私のお洋服ごと収納棚を破壊して、壁に激突した。


「なっ!? え?」


「な、なんやー!?」


 私とニクスちゃんが驚いて、壁に激突した何かを見る。

 そして、その何かを見て、私は再び驚いた。


「ア、アマンダさん!?」


 なんと、収納棚を破壊し壁に激突した何かの正体は、別行動中のアマンダさんだった。

 アマンダさんは、けほけほと咳払いをして立ち上がり、私の方を向いた。


「ジャスミン? 何故あなたがここに?」


 アマンダさんは私がその問いに答える前に、私のすぐに横に立っていたニクスちゃんを確認する。

 すると「なるほど」と呟いて、私に微笑んだ。


「そっちは目的の一つを果たせた様ね」


「うん。でも、風の精霊さんも助けてあげたから、二つだよ」


「まあ。そうなのね。あなたは、とても凄い子ね」


「えへへ」


 アマンダさんに褒められて私が照れていると、アマンダさんが一瞬だけハッとなって、すぐに真剣な面持ちになる。


「呑気に話をしている場合ではなかったわ」


 アマンダさんが小杖をライフルのように構えて、自らが飛んできた方へと小杖の先端を向ける。


「あなた達は、今すぐここから逃げなさい!」


 アマンダさんが言うと同時に、ニクスちゃんがガシッと私の腕を掴んだ。


「ジャス!」


「え?」


 ニクスちゃんに名前を呼ばれた瞬間、アマンダさんが飛んできた方向から、誰かが物凄いスピードでやって来た。

 そしてその瞬間に、アマンダさんがまるでライフルの弾丸を射出するように、小杖の先端から魔法を放つ。


「さっきよりは精度の高い魔力ね。だーけーどーっ! 私には効かないわよ!」


 さっきのオネエさん!?


 やって来たのは、さっきたっくんを生贄いけにえにして追い払った、青髭割れ顎のオネエさんだった。

 オネエさんは魔法を避けずに、軽々と手ではらう。

 そして、そのまま勢いよくアマンダさんに接近した。

 オネエさんが接近すると、アマンダさんがすぐに横に跳躍した。

 アマンダさんが跳躍した瞬間、オネエさんの拳が、アマンダさんがさっきまで立っていた床を粉砕した。

 脱衣所に轟音が鳴り響く。

 あまりにも強い衝撃で、床が、地面が揺れて私とニクスちゃんがよろめいた。


「あら? やっぱり判断力は良いみたいね」


 なんで、アマンダさんとオネエさんが戦ってるの!?


「ジャス! アマンダさんが相手しとるんは、フルーレティの部下のプルソンや! 言われた通り逃げた方がええよ!」


 うそ!?

 オネエさんが、精霊さん達の居場所をつきとめた能力を持っていたプルソンだったの!?


「ジャス!」


 ニクスちゃんが焦りながら、私の腕をギュウッと掴む。


「ニクスちゃん?」


 ニクスちゃんの顔を見ると、凄く怯えて今にも泣きだしそうだった。

 それで、私は自分の馬鹿さ加減に気がついた。


 そうだ。

 ニクスちゃんは、私と歳が変わらない女の子なんだ。

 こんな小さな女の子を、こんな危険な場所にいつまでもいさせちゃダメだ。


「ごめん。ニクスちゃん。早くここから――」


 出よう。と、言葉を続けようとしたその時、脱衣所の壁が突然吹き飛ぶ。


 こ、今度は何ーっ!?


「ジャスミン! どこにいるのー!?」


「幼女先輩! 無事なのですか!?」


 破壊された壁の瓦礫がれきの上を歩いて、リリィとスミレちゃんが現れた。


「リ、リリィとスミレちゃん!?」


「ジャスミン!」


「幼女先輩!」


 リリィとスミレちゃんは、安堵したような笑みを浮かべて、私に近づいた。

 そして私に近づくと、2人は私の姿を見て、突然わなわなと体を震えさせる。


「ジャスミン。それ、誰にやられたの?」


 え?

 やられた?

 何の話?


「幼女先輩の服を脱がせた奴は、どこの誰なのですか?」


 スミレちゃんがもの凄く怖い顔で、周囲を見まわした。


 あ。そっか。

 もの凄い音がこの脱衣所でしてたから、2人とも心配して来てくれたんだ。

 それで脱衣所で私が裸になっていたから、男の人に無理矢理脱がされたって、勘違いしちゃったんだ。

 おバカだなぁ。2人とも。

 そんなわけないでしょう?

 それに、周りには一連の騒ぎで人一人いないのに。


 などと私が呑気に考えていると、2人がアマンダさんと戦っているオネエさんに目をつけた。

 そして――


「プルソン」


「あの顎殺すわ」


 2人はそう呟くと、もの凄い形相をして、オネエさん目掛けて走り出す。


 え?

 リリィ? スミレちゃん?

 どういう事?

 ……あ。

 もしかして、そう言う事なの?

 違うよ2人とも!

 アマンダさんが戦ってるけど、私が何かされたとかじゃないよ!


「待って!? 2人とも! これは私が自分で――」


 脱いだだけなの。と、伝えようとしたが遅かった。

 私の制止もむなしく、2人の怒りの鉄拳が、オネエさんを襲う。


「「くたばれロリコン野郎」なのよ」


 アマンダさんと激しい攻防を繰り返すオネエさんは、2人に気がつかない。

 と言うか、もはや早すぎて気づけないのかもしれない。


「ぇ? っぐぶぇ……!?」


 2人に気づけないオネエさんは、気がついた時にはもう遅く、2人の攻撃をもろに食らってしまった。

 もの凄い勢いで殴られたオネエさんは壁に激突する。

 そして、勢いはそれだけではおさまらなかった。

 オネエさんは、そのまま壁を勢いよく突き破って、大浴場まで吹っ飛んていく。

 そして、ザッパーンと勢いよく音を立てて、お風呂に沈んでしまった。


 わぁ。すごーい。

 息ぴったりだね2人とも。

 こんなに息が合うなんて、すっかり仲良し。

 ほら見て?

 アマンダさんが若干押され気味だったのに、あっという間に形勢逆転だよ?

 っじゃないよ!

 あわわわわわわわわ。

 死んでないよね?

 死んでないよね?

 オネエさん、死んでないよねーっ!?


「すご……」


 ニクスちゃんが、さっきまで恐怖で私の腕をギュウッと掴んでいた手を離して、呆然と立ち尽くす。

 アマンダさんも事の状況が、呑み込めていないようだ。

 お風呂に沈んだオネエさんと、リリィとスミレちゃんを、交互に何度も見て驚いている。


「ジャスミン! 怪我は無い? 大丈夫?」


 うん。リリィ。

 怪我は無いけど、オネエさんへの罪悪感で心が痛いよ。


「あのオカマ、幼女先輩の服をひん剥くとか、マジで地獄に落ちろなのよ」


 うんうん。スミレちゃん。

 どちらかと言うと、地獄に落ちるのはこっちかなぁ。


 小走りしながら私に近づく2人に対して、私はビシッと人差し指をさす。


「今すぐそこに座って、反省しなさい!」


「へ?」


「どういう事なのですか?」


 2人は私に言われた通りに、その場に座る。


「これは、私が自分で脱いで裸でいるだけなの!」


 バンッと、私は胸を張って自分の胸を叩く。


「え? 何で? ジャスミン。何で服を脱いでいるの?」


「お風呂に入る時に、服を脱ぐのは当然でしょう? 他に理由なんてありません!」


「な、何て事を……。ジャスミン。それじゃあ、男どもに裸を晒したの?」


「晒したって、確かにそうだけど、お風呂なんだから裸になるのは普通だよ」


「そんな事ないなのですよ! いったい何人の男どもが、幼女先輩の裸を、今夜のメインディッシュにする事かなのですよ!?」


「えー。大丈夫だよ。それに、別に見られたって言っても、たっくんと一緒に体の洗いっこしただけだし、あ。おデブな魔族にも、見られちゃったっけ?」


「あの糞男ぉおっ! やっぱり一度殺すべきね!」


「おデブな魔族!? アイツしかいないなのよ! エリゴスぶっ殺すなのよ!」


 2人とも大袈裟だなぁ。

 別に、怒るような事じゃないのに。

 それに、もの凄く物騒だから、殺すとか言っちゃダメだよ?

 って、そんな事お話してる場合じゃなかったよ!


「そんな事よりだよ! リリィとスミレちゃんが殴ったオネエさんは、私にタオルを渡してくれた良い人なんだよ! 今すぐ謝って来なさい!」


 2人は顔を真っ青にして、大量に汗を流しだす。


「私、何て事を!」


「言われてみれば、プルソンは男好きなのよ!」


 2人は立ち上がり、勢いよくオネエさんのもとへと駆け出した。


 良かった。

 流石に2人とも、わかってくれたみたい。

 もう、本当にやれやれな2人だよね。

 私の事心配してくれるのは、とっても嬉しいんだけどね。

 でも、今回は流石にやり過ぎだよ。


 私はため息を一つ吐く。


 それにしても……。

 町中で、スミレちゃんを追い詰めたアマンダさん。

 そのアマンダさんが苦戦していたオネエさんを、2人でとは言え、一発KOしちゃうなんて……。

 私が言うのもなんだけど、リリィって本当に私と同じ9歳だよね?

 やっぱり、私よりもリリィの方が転生者なんじゃ?

 なんて言うか、リリィが日に日にチート化していってる気がするよ。


 などと私が考えていると、慌てふためく2人の声が聞こえてきた。


「ちょっと! これヤバいんじゃないの!? 息してる!?」


「大丈夫なのよ! きっと叩いたら治るはずなのよ!」


 いやいや。

 スミレちゃん。

 昔の古いテレビじゃないんだから。

 って言うか、この世界じゃ皆そのネタ知らないよ。


「何言ってるのよ!? 叩いて治るわけないでしょう!? そんな事したら、本当に死んじゃうわよ!」


 ネタが通じてないし、良かったよ。

 やっぱりリリィは、現地の人なんだね。

 あれ?

 でも、そもそも叩いたら治るのネタを、若い子は知らないはず?

 じゃあ、やっぱりまだ可能性は!?

 って、今はそんなお馬鹿な事考えてる場合じゃないよね。


 私は、小さくため息を吐く。

 そして、ニクスちゃんに振り向いて、苦笑しながら口を開く。


「ニクスちゃん。私達も行こ?」


 ニクスちゃんもすでに落ち着いているようで、私の顔を見ると、同じように苦笑した。


「せやね。行こか」


 そして、未だに呆然と立ち尽くしていたアマンダさんに声をかけて、3人でリリィとスミレちゃんのもとまで向かった。

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