038 幼女と風邪をひいたお馬鹿
エロピエロとの戦い(?)を終えてから翌日の朝。
昨日の雨でチョコの実狩りが中止になって、どんよりした気持ちで宿の廊下を歩いていると、ラークと顔を合わせてしまった。
うぅ。
めんどくさいのと会っちゃったよ。
ラークには悪いけど、今はお馬鹿の相手をする気分じゃないのに。
ここは見なかった事にして、通り過ぎるが吉だよね?
私がそんな事を考えながら、てくてくと歩いて行こうとしたが、残念ながらラークが見逃してくれなかった。
ラークが「おい」と言って、私の肩を叩く。
「おめーが魔性の女ってのは、本当だったんだな?」
「へ?」
突然そんな事を言われて、私は意味が分からずポカーンと口を開ける。
そして、そんな私の顔を見たラークが、不機嫌そうな顔をして咳き込んだ。
「くっそー。ジャスミンに昨日雨の中会ったのが、俺の運の尽きだったぜ。風邪ひいたんだよ」
「それって、私のせいじゃないじゃない。雨の中で傘も差さずに、走り回ってた自分の責任でしょう?」
自分から傘も差さずに雨の中を走り回っておいて、私に会ったのが原因って酷い言いようだよ。
チョコの実狩りが中止になって落ち込んでいる時に、言いがかりをしないでほしいよ。
「わかってたなら、傘くらい貸してくれても良かっただろ? 本当に気が利かねー奴だな」
「なっ……」
思わずイラッとしたけど、私は前世で36年も生きた人生の大先輩。
そう。大人なのだ。
今は気持ちが落ち込んでいるから、大人な私は、こんなお馬鹿を相手に腹を立てたくないもん。
ここは営業スマイルでのりきろう。
「私も傘を持っていなかったのよ」
そう言って、私はとびっきりのスマイルをラークに向ける。
「ったく。だったら、取りに行けば良いだろ? これだから、困るんだよな。魔性の女とかあだ名つけられるような奴は。ったく。性格ねじ曲がってん――」
私のイライラがピークを迎えて、スマイルが崩れかけたその時、ラークの後頭部をドロップキックしてリリィが現れた。
「――でぅふぇぇっ」
「性格ねじ曲がってるのは、アンタでしょーが!」
あ。ナイスだよリリィ。
スッキリしたー。
リリィ大好き。
「まあ。魅力が溢れだしすぎて、皆を魅了しちゃうって意味では、魔性の女ってのは間違っちゃいないけどね」
今日もリリィは絶好調な様です。
それにしても、魔性の女って久々に聞いたよ。
そう言えば、私そんな風に言われていたんだっけ?
たしか、正確には魔性の幼女だったよね?
「いってー。俺は病人だぞ。病人は労われよ」
労わってほしいなら、もう少し憎まれ口を減らせばいいのに。
本当に馬鹿だなぁ。
ラークって。
「そう言えば、アンタにしては、随分おとなしいわね」
「あ。たしかに」
うんうん。と、私は頷く。
めんどくさい感じは、いつも通りだけど。
でも、声のボリュームが小さくて煩くないかも。
「風邪ひいたせいで喉が痛いんだよ。おかげで声もあんまり出ないんだぞ」
「そのわりには、随分よく喋るのね」
「たしかに饒舌だよね」
うんうん。と、私は頷く。
「こんな事になるなら、俺もジャスミンみたいに、昨日の服をとられた奴を家に送ってやればよかった」
「あら。そうだったの?」
「うん。って、あれ? 何でラークがその事知っているの?」
「さっき恩人だとかなんだとかで、山越えを手伝うって言って、集落の人達が爺ちゃんと話してたぞ」
「それ、ホント!?」
「本当だよ。俺は風邪ひいたせいで、母ちゃんと留守番だってのに、いい気なもんだぜ」
昨日の夜、エロピエロが服を置いて逃げ出したから、盗まれていた服を集落の人達にお返ししたのだ。
多分だけど、服を取り返してくれてありがとうって皆から言われたから、それが恩人って事なのかも。
それで、私達の村の村長のラークのお爺さんと話をしてるんだ。
諦めていたチョコの実狩りに、もしかしたら行けるかも!?
そう思った私は、じっとなんかしていられなくなった。
「行こう! リリィ!」
「ジャスミン!?」
私はリリィの腕を掴んで、一目散に駆け出した。
昨日の雨で、一時はチョコの実狩りが中止になっちゃったけど、山越えが出来るなら決行だよね!?
すっごい楽しみにしてたんだもん!
嬉しすぎるよー!
「俺を置いて行くなよ!」
背後からラークの声が聞こえるような気がするが、私は止まらない。
そうして、私は大急ぎで宿を出た。




