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030 幼女も諦める馬鹿な奴

 雨は次第に強くなり、私達は宿へと足を運んだ。

 すると、宿は何だか騒がしく、ブーゲンビリアお姉さんが駆け寄ってきた。


「ジャスミンちゃん? ああ。ごめんなさいね。ちょっと、大変な事になっちゃって、戻れなかったのよ」


「ビリアお姉さま。何かあったの?」


「実はね、ラークくんが、いなくなってしまったらしいのよ」


「ラークが?」


「そうなの。最近この集落で、女の子を狙った追い剥ぎがあるらしくて、それを聞いたラークくんが自分が解決するって言って出て行ってしまったらしいのよ」


 ブーゲンビリアお姉さんはそう言うと、また何処かへ行ってしまった。


 もう。ラークったら、ホント馬鹿なんだから。

 何だか頭が痛くなってきた。

 解決しに行こうという考えは少し見直したけど、でも、これは無謀としか思えないもん。

 だってそうでしょう?

 絶対危険な事だって、誰でもわかるもん。


 私が頭を抱えていると、リリィが私の耳元で囁いた。


「やばいわよジャスミン」


「うん。そうだよね。早く見つけて止めな――」


「このままだと、ラークに手柄を取られるわ」


「――え?」


 手柄? いやいや。

 リリィ、手柄とか言ってる場合じゃないよ?


「狙われているのは、女の子ばかり。つまり、犯人を捕まえれば、女の子達からモテモテになれるわ!」


「えー? そうはならないでしょ」


「私、行って来るわ!」


「え!? ちょっとリリィ!?」


 止める間もなく、リリィは傘も差さずに何処かへと走って行ってしまった。


 もう。リリィッたら、また暴走しちゃったよ。

 うーん……。

 スミレちゃんが近くにいるはずだから、多分大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配だよね。

 仕方がない。

 リリィを追いかけよう。


「ルピナスちゃん。私、リリィを追いかけるね」


「うん。いってらっしゃい」


 私はルピナスちゃんと別れて、リリィの後を追う。

 だけど、宿を出た時には、既にリリィの姿は見当たらなかった。


「えー! 嘘でしょ!? もういなくなっちゃったよぉ。リリィ何処行っちゃったのー?」


 こういう時の足の速さは、流石と言うか何と言うかだよ。

 とにかく捜さなきゃだよね。


 外は雨が降っているので、私は魔法で頭上に重力の壁を作りだし、雨が私を避ける様にする。

 そうして走っていると、雨の中駆け回る馬鹿、ラークを発見した。


「ラーク。こんな所にいたの? 皆が心配してたよ」


「何だジャスミンじゃねーか!」


「何だじゃないわよ」


「なあなあ! それより聞いてくれよ!?」


 本当に煩い。


 雨が降っていて音が響きにくく、聞こえ辛いはずなのに、ラークの声は一々煩くて思わず耳を塞ぐ。


「さっき、追い剥ぎの瞬間を見ちまったんだよ!」


「え? 本当?」


「本当だ!」


「それで、俺は犯人がわかっちまったぜ!」


「おー」


 凄い。と、正直に私はそう思った。

 まさか、ラークが追い剥ぎの瞬間を目撃するとは思わなかった。

 しかも、今まで目撃情報の無かった犯人がわかったのだ。

 流石に私も、素直にラークのお手柄に拍手をした。


「どうやら、犯人は透明になれるみたいなんだ!」


「透明に?」


「そうだ! しかも、盗んだ服まで透明になってたぜ!」


「そうなんだ。……うん?」


 透明?

 それってつまり。


「ラークは、犯人の顔を見たの?」


「透明なんだから見れるわけねーだろ! 馬鹿かお前!?」


「あのね。ラーク。顔を見てないのに、犯人がわかったって、どういう事なの?」


 ラークの言葉に、若干の苛立ちを覚えながらも、穏やかな声で確認する。


「犯人は透明人間だ! 間違いない!」 


 本当にムカつく!

 それ、何もわかってないのと変わらないじゃんか!


「まあ、お前が俺の勇姿に驚くのは無理もないけど、惚れんじゃねーぞ!」


「惚れるわけないでしょう! って言うか、追い剥ぎの瞬間を見たって事は、被害者の子がいたんだよね? その子はどうなったの?」


「ん? 裸にされただけだし、別にどうもしねーよ。そんなのほっといて、雨で輪郭りんかくが見えた透明人間を、追いかけたに決まってるだろ!」


「はあ?」


「そんな事より、流石に雨の中で輪郭だけを目印に追いかけるのも難しくて、見失っちまったんだよ! ジャスミンも手伝え!」


「あほー!」


 ぺちんっ。と、ほっぺたを平手打ちしてやる。

 裸にされた女の子を、その場に放置するとか、本当に最低だ。


「ラークは、何で犯人を捕まえようとしてるのよ? 女の子を助ける為じゃないの?」


「は? 何で俺がそんな事しなきゃいけないんだよ? んなもん、犯罪者を捕まえて、正義のヒーローになる為に決まってんだろ?」


「被害者の子をほったらかしにする正義のヒーローが、何処にいるのよ!?」


「たかが裸にされたくらいだろ? 別に良いじゃんかよ!」


 あ。

 駄目だこのお馬鹿。


 ようするに、ラークにとってのこの事件は、女の子が裸にされる事件ではなく、服を盗まれる事件なのだろう。

 たしかに、着ている服を盗む事も犯罪だよ。

 だけど、それよりも裸にされた子の心の傷の方が大事なのに、ラークにはわからないんだ。


 はあ。と、私は大きなため息をついた。

 よくよく考えてみれば、前もルピナスちゃんのトイレの邪魔してたし、性格歪んでるとしか思えない。

 ブーゲンビリアお姉さんから、ラークが事件を解決しに飛び出したと聞いた時は少し見直したけど、ラークはやっぱりラークなのだと痛感した。


「もういい。ほんっと、子供なんだか……ら…………」


 その時、私は自分の言った言葉で気がついてしまった。


 そっか。

 そうだよね。

 よく考えたら、今の私と一緒で、ラークは9歳の子供なんだもんね。

 9歳の男の子に、そこまで気を使えと言うのも無理があるよね。

 馬鹿だなぁ。私。

 子供相手にムキになっちゃって……。


 そう思った私は、大人げないぞ私!と、ぺちんと自分の頬を両手ではたく。


「何やってんだお前? 頭おかしくなったか!?」


「うっさい」


 頭がおかしいとか、ラークには言われたくないけど、私は大人。

 そう。

 年齢は子供でも、心は大人なのだ!

 見た目だとか頭脳だとかの、どっかで聞いたフレーズの様に!

 ここは、大人の女として、冷静にならなきゃだよね。


「ねえ。ラーク」


 私は大人の女として、ラークに微笑みかける。


「なんだよ? 言っておくけど、俺に惚れても無駄だからな! 告白に気合を入れる為に、今頬っぺた叩いたんだろ!? マジでやめてくれよな! 俺はお前みたいなガキには、興味ないんだよ!」


 やっぱり殴りたいこのお馬鹿ー!

 何で勘違いされて、何でフラれたの私!?

 意味わかんないんですけど!? 

 何が9歳だよ!

 子供とか関係ないよ!

 大馬鹿野郎だよ!

 やっぱり駄目だよこのお馬鹿は!

 私だって男になんて興味ないよ!

 ムキィーッ!


 それから、私は何とか冷静さをよそおって、ラークから被害にあった女の子が何処にいるか聞きだした。

 そして、ラークの事は放っておいて、その子の所へ向かう事にした。

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