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284 百合は静かに揺れ動く

 随分と遅くなってしまったわね。

 ジャスミンが無事ならいいのだけれど……。


 私は気絶したベルフェゴールを目覚めさせて、能力を全て解除する様に命じる。

 それから、精霊の集落で倒れていた精霊や、猫にされたサキュバスやエルフ、それに巻き込まれた人達を起こして回った。

 一通り犠牲にあった人達の目を覚まさせた所で、フルーレティが頼んだ人物を連れてやって来た。


「いやぁ。まさか天使リリちゃんに呼ばれるなんて、思わなかったぜ」


「黙りなさいキモ豚」


「流石は天使リリちゃんだぜ。そのゴミを見るような冷たい視線。興奮が止まらないぜ!」


「本当にキモいわね」


 私がフルーレティとオークに連れて来てほしいと頼んだ人物。

 それはキモ豚こと、ソイだった。


「あら? そう言えば、オークの奴はどうしたのよ?」


「ああ。オークなら別件があると言って、何処かへ行ってしまったよ」


「ふーん。まあ、あんなのはどうでも良いわね。それよりも」


 フルーレティが質問に答えたけど、私にとっては最早どうでも良い事。

 私は直ぐにキモ豚に視線を向けて話しかける。


「事情は聞いているのでしょう? さっさと私を、ジャスミンのいる所まで連れて行きなさい」


 私が命令してあげると、キモ豚は親指を立てて答える。


「任せとけ! 俺は今や、天使リリちゃんと聖母ジャスちゃんの架け橋さ」


 私はキモ豚の言葉を無視して、フルーレティに視線を戻す。


「フルーレティ、助かったわ。このお礼は、いつか返すわね」


「とんでもない。私の方こそ、この子達を助けてくれて、感謝しきれないんだ。本当にありがとう」


 フルーレティは私に頭を下げると、集まって来た猫にされているサキュバス達の頭を優しく撫でた。

 私はそれを見て、自然と顔が綻ぶ。

 それから、キモ豚に視線を戻して、ゴミを見る目で見て命令する。


「キモ豚、能力を使いなさい」


「ぶひー! 喜んで!」


 キモ豚は豚声を上げて、私に触れた。

 そして、キモ豚が触れた瞬間、私はネコネコ編集部出張所の建物の前に辿り着いた。


「便利な能力ね」


 私が呟くと、私の背後から声が聞こえた。


「そうだろ? 俺もこの能力は気にいってるんだ」


「アンタついて来たの?」


「そりゃあ、もちろんだぜ!」


 私は苦笑して、キモ豚の手を取った。


「ありがとう。助かったわ」


「……ぶひっ!?」


 私が感謝を述べると、キモ豚が驚いて、目を見開いて固まる。

 私は変な奴と思いながら手を離し、早速ジャスミンを捜す事にした。


 あれ何かしら?

 変な物があるわね。

 サガーチャが持って来たのかしら?


 ネコネコ編集部出張所の建物の前に、見た事も無い物があり、私は気になって調べようと近づく。

 するとその時、突然少し離れた場所から、もの凄く大きな音が聞こえてきた。


 何の音!?


 私は嫌な予感がして、急いで音の聞こえた方へ向かって走る。

 そして、音の聞こえた場所に辿り着いて、そこで目にした惨状に私は目を疑った。


「ジャスミン?」


 何が起こったの?

 何が起こっているの?


 私が見たものは、空高く放り出されたボロボロな姿へと変わり果てたジャスミンだった。

 ジャスミンは気を失っているのか動く様子も無く、地面に落下していく。

 ジャスミンの周りにはドゥーウィン達精霊がいて、大声でジャスミンを呼んでいた。


 そして、そこにベルゼビュートが現れる。

 ベルゼビュートは地面に開いていた大きな穴から飛んで出て来て、落下するジャスミンに近づいたのだ。


 私は考えるより先に走り出していた。

 そして、私は勢いよく跳躍してジャスミンの前に出て、ジャスミンに手をかけようとしたベルゼビュートを思い切り蹴り落とす。


「がはっ……!」


 ベルゼビュートが地面に激突し、大地が割れて轟音が鳴り響く。


「ジャスミン!」


 私は直ぐに、落下するジャスミンを強く抱きしめる。

 そして私は理解した。

 ジャスミンが、もう直ぐで死んでしまうのだと。

 それがわかった途端に、私は大量の涙が溢れてくるのを感じた。


「ご主人が死んじゃうッス。ボク達のせいで、ご主人が……ご主人が……」


「アンタ達のせいなわけないでしょう!? こんな時に馬鹿言わないでよ!」


「でも、ジャスはラテ達を護る為に魔法を使ったです! だから」


 ラテが泣きながら叫んでいると、ジャスミンの全身から、突然大量の魔力が放出され始めた。

 それは、まるで魔力が宿主を見捨てる様に、止まる事なく出続ける。


「死んじゃ嫌なんだぞ! 主様! 主様!」


「ジャチュ! ジャチュ!」


「何よこれ!? 何が起きてるのよ!?」


 私が大声を上げると、地面に蹴り落としたベルゼビュートが立ちあがり、私を見上げながら答える。


「精霊と契約を交わした者が、身に余る魔力を手にした時の末路だ」


「ベルゼビュート!」


 私はベルゼビュートを睨みつけ、ベルゼビュートはそれを退屈なものを見る様な目で見る。


「たかが人間風情が、精霊を四人も従えた末路だ。所詮は自業自得。受け入れる事だな」


 絶対に許さない!


 私はベルゼビュートに対して、今まで感じた事が無い程の殺意が湧く。

 だけど、その時、ジャスミンの言葉が私を止める。


「リ……リィ…………?」


 それは、ほんの小さな消え入りそうな小さな声だったけど、私の耳にしっかりと届いた。


「ジャスミン!」


 私はジャスミンの名前を呼ぶ。

 だけど、私の声は届いていない。

 ジャスミンは名前を呼んでも反応を見せなかった。

 それどころか、目が見えていないと私にも理解できる程に、見ていると悲しくなる様な虚ろな目をしていた。

 だけど、そんな状態だと言うのに、それでもジャスミンは優しく微笑んだ。

 そして、ジャスミンは微笑みながら、消え入りそうな小さな声で私に囁く。


「リリィ、大……好き…………」


 ジャスミンは囁くと、そのまま私の腕の中で息を引き取った。

 そして、ジャスミンから放出され続けていた魔力は、ジャスミンが息を引き取る時を最後に、全てを吐き出すかのように勢いよく飛び出して四散する。


「ジャスミン……」


 四散したジャスミンの魔力は大きな風を生んで、キラキラと光りながら、エルフの里に降り注ぐ。

 私は溢れる涙を流しながら、ジャスミンを強く抱きしめる。

 ドゥーウィン達も泣き叫び、私も大声を上げて泣きながら、目の前が真っ暗になる様な気持ちになった。


 私は今まで、こんなにも悲しい大好きは聞いた事がなかった。

 ジャスミンの小さな体が、こんなにも重いと感じる事がなかった。

 何よりも愛おしい大切な人を失う悲しみが、こんなにも辛い事だなんて思わなかった。


「私も大好きよ」


 私の言葉は、もう届かない。


「私も……大好きよ」


 それでも私は言い続ける。

 何度も、何度も言い続ける。


 でも、もう何も返ってこない。

 ジャスミンはもう目を覚まさない。


「幼女先輩!」


「嘘だろ? ジャスミン!」


 声が聞こえて顔を向けてると、地面の穴からスミレとタイムが出て来て、ジャスミンを見て涙を流していた。

 そしてそこにはサガーチャもいて、私達を見上げながら膝をついて、静かに涙を流していた。


「遅かったな。フェニックス」


 ベルゼビュートが愉快だと言わんばかりに笑いだす。

 それを見てタイムが怒り、怒声を上げて翼を広げる。


「許さないぞ! ベルゼビュ――うっ!?」


 タイムがベルゼビュートに勢いよく飛びかかろうとしたその時、タイムの額に何かが突き刺さる。

 そして、タイムはそのまま地面に崩れ落ちた。


「まさか!?」


 タイムが倒れると、ベルゼビュートが驚いて、慌てた様子でこちらに視線を向ける。

 そしてその時、私は奇跡を目のあたりにする。


 私の腕の中で静かに眠るジャスミンから、心臓の鼓動が聞こえ始める。

 そして、もう二度と聞く事が出来ないと思っていたジャスミンの声を、私の耳が感じ取る。


「リリィ? って、あれ? 私生きてる?」


 ジャスミンが目を覚まして、私と目を合わせて話しかけてくれたのだ。

 私の目から溢れてくる涙はその瞬間に意味を変え、絶望の涙は喜悦の涙となる。

 ジャスミンから放出され四散した光る魔力の欠片も、私とジャスミンを照らし、それがまるで主の目覚めを祝福するかの様に私の目に映った。


「ジャスミン!」


 私は延々と溢れてくる涙を流しながら、ジャスミンを強く抱きしめる。

 すると、ジャスミンは温かくてとても優しい声で囁きながら、私の頭を優しく撫でてくれた。


「リリィ。ただいま」

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