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280 幼女は感情を抑えるのが下手

 スミレちゃんがおバカな事を言ってベルゼビュートさんを威嚇すると、ベルゼビュートさんがスミレちゃんの額を、人差し指で触れる。

 すると、驚くべき事が起こってしまった。

 額を人差し指で触れられただけのスミレちゃんが、白目をむいて口から泡をふきだし、その場で気絶してしまったのだ。


「スミレちゃん!?」


 私が驚いてスミレちゃんを抱き起こすと、ベルゼビュートさんがつまらなそうに私に視線を向けた。


「哀れだな。バティン。貴様は我を裏切るべきでは無かった」


「ベルゼビュート! それがお前の暴食の力か!?」


 たっくんがベルゼビュートさんに飛びかかる。


「否。バティンの体内を流れる魔力の流れを、少し逆流させたにすぎん」


 ベルゼビュートさんはたっくんの攻撃をかわして答えて、私達から少し距離をとった。

 すると、ラテちゃんが私の頭の上で立ち上がり、ベルゼビュートさんを睨む。


「そんな事より、早くパンケーキの素を返すです!」


 ラテちゃんが怒りながら言うと、ベルゼビュートさんはつまらなそうに答える。


「パンケーキの素? ああ、アレか。アレは捨てた」


「捨て……たです!?」


 ラテちゃんは驚愕し、そして、勢いよく私の頭の上から宙に浮かんでベルゼビュートさんに向かって行く。

 私は慌ててラテちゃんを両手で掴み、ラテちゃんを止めた。


「ふざけんなです! 何て事をしてくれたですか!? ジャス離すです! あのバカに食べ物の大切さを教えてやるです!」


「ラテちゃん落ち着いて!? って、わあーっ! プリュちゃん! しっかりして!?」


 ラテちゃんを止めていると、プリュちゃんがパンケーキの素を捨てられたショックで、私の腕から落ちてしまったのだ。

 私は急いでプリュちゃんを抱き上げる。

 その時に気がついたのだけど、よく見るとラヴちゃんもポーチの中で白目をむいて、意気消沈してしまっていた。

 そして、トンちゃんは……。


「ライトニングストームッスー!」


 ベルゼビュートに向かって、トンちゃんが魔法を放つ。

 その魔法はもの凄い質量と威力を持っていて、もの凄い電撃が嵐のように巻き起こり、それは瞬く間にベルゼビュートさんを襲った。


「良い魔法だ。食すとしよう」


 え!?


 ベルゼビュートさんがトンちゃんの魔法の直撃を受けたと思ったその時、トンちゃんの魔法が吸い込まれるようにベルゼビュートさんのお腹に入ってしまった。

 そして、全ての魔法が消え去ると、ベルゼビュートさんがニヤリと笑う。


「これこそが、我の暴食の能力だ」


「た、食べられたッス」


「奴の暴食の能力は、魔法を無効化する能力って事か!?」


「いや。恐らくドゥーウィンくんが言った文字通りの、食べる能力みたいだね」


 たっくんの言葉に、片眼鏡をいつの間にか付けていたサガーチャちゃんが答えて、言葉を続ける。


「ベルゼビュートがドゥーウィンくんの魔法を吸収した後に、ベルゼビュートの魔力が少し上がったようだよ。暴食の能力は、魔力を吸収して力に変える能力と考えた方が良いだろうね」


 な、何それ?

 じゃあ、魔法は効かないどころか、使えば使う程、ベルゼビュートさんが強くなっちゃうって事だよね!?


 私がサガーチャちゃんの言葉に驚いていると、ベルゼビュートさんは更に恐ろしい事を言い出す。


「少々違うな。我の能力は、魔力以外の力も吸収する」


 魔力以外も!?


「あらゆる攻撃、全ての力をしょくし、己の力に変える。それが、我の暴食の力だ」


 私はごくりと唾を飲み込んだ。

 ベルゼビュートさんの暴食の能力は、思っていた以上に厄介で、正直私なんかじゃ太刀打ち出来ない強さだと感じてしまう。


「ご主人。ハニーを連れて来なかったのは、失敗だったかもしれないッスね」


 トンちゃんが私にそう話しかけると、それを聞いたベルゼビュートさんがニヤリと笑う。


「アスモデがいなくなってから、話し相手がいなくて、少々我も退屈をしていた所だ。少し話をしてやろう」


 ベルゼビュートさんはそう言うと、床を蹴り上げる。

 そして、破壊して出来た瓦礫の上に座って、私に視線を向けて話し始めた。


「そこにいる裏切者のプルソンから話を聞いていると思うが、人間風情の分際で魔王と呼ばれる小娘と、貴様を別々に行動させたのには理由がある」


「ハニーがいたら、いくらお前でも敵わないッスからね」


 トンちゃんがそう言うと、ベルゼビュートさんはニヤリと笑った。


「違うな。ただ、脅威にはなる。我が一番脅威と感じていたのは貴様だ。ジャスミン=イベリス」


「私?」


「ジャスが脅威です? 魔法を吸収できるお前が、何でジャスを脅威と感じるです?」


 ラテちゃんが訊ねると、ベルゼビュートさんは凄く冷たい眼差しを私に向けて答える。


「貴様は魔王と呼ばれる小娘を、唯一負かす事の出来る人物。それが、理由の一つだ」


 えーと……。

 多分ベルゼビュートさんが思ってる負かすとは、違う負かすだと思うよ?

 私、リリィ相手に戦ったら、1秒もかからずに負ける自信あるよ?


「だが、それ以上のものがある。我が今まで受けた配下からの報告。そして、この里に来てからの貴様の行ってきた事を、脅威と呼ばずしてなんと呼ぶ?」


「どう言う事?」


「お嬢ちゃん、気がつかない? お嬢ちゃんは本来出来ない事をやって来たのよ」


 私が首を傾げると、プルソンさんが答えて私の肩に触れた。


「本来は魔族と仲良くなんて、お嬢ちゃん達人間が出来るはずないのよ。それなのに、お嬢ちゃんは今まで沢山の魔族と心を打ち解けてきた。これは普通な事では無いのよ。とくにベルゼビュート様が驚いたのは、アスモデ様とマモン様に心を開かせた事よ」


「アスモデちゃんとマモンちゃん?」


「あのお二人はね。ベルゼビュート様に頼んだのよ。お嬢ちゃんにかけた呪いを解いてあげて欲しいって」


 そうだったんだ。

 嬉しい。

 私の事、2人とも心配してくれたんだ。


「だからなの? だからベルゼビュート様はアスモデちゃんを!」


 いつの間にか目を覚ましていたスミレちゃんが、ベルゼビュートさんに向かって走り出す。


「くだらん。アスモデは自ら選んでいなくなったにすぎん。ただそれだけだ」


 ベルゼビュートさんは向かってきたスミレちゃんのお腹を殴って、スミレちゃんは吹っ飛んだ。


「スミレちゃん!」


 スミレちゃんは吹っ飛ぶも、何とか途中で足をつけて、勢いを殺して踏み止まる。


「ほう。今のを受けて、立つ事が出来たか」


「こんなの、リリィの蹴りに比べたら、大した事ないなのよ!」


 私はホッと胸をなで下ろして、ベルゼビュートさんに視線を向ける。

 そして、深く深呼吸をして、真剣な眼差しでベルゼビュートさんを見た。


「ベルゼビュートさん。一つだけ、聞きたい事があるの」


 私が真剣な眼差しを向けてベルゼビュートさんに話しかけると、ベルゼビュートさんは私と目を合わせた。


「聞いてやろう」


 私はベルゼビュートさんの返事を聞いて、大きく息を吐いて目を閉じる。


 良かった。

 お話なんか聞いてくれると思ってなかったから、本当に良かったよ。

 でも、ここからだ。

 ベルゼビュートさんは、アスモデちゃんがいなくなって話し相手がいないから、暇つぶしに聞いてくれるだけなんだ。

 だから、このチャンスは、きっと一度きり。

 戦わなくて良いように、お話で解決してみせる!


 私は目を開けてベルゼビュートさんと視線を合わせる。

 そして、話そうとしたその時にベルゼビュートさんの顔を見て、私はついうっかり余計な事を考えてしまった。


 アスモデちゃんがいなくて話し相手がほしいだなんて、ベルゼビュートさんって結構可愛くない?

 1人はやっぱり寂しいんだね。

 きっと、猫ちゃんに話しかけて、猫ちゃんに悩みを聞いてもらっちゃうタイプなのかも。

 なんだかそう考えると、ベルゼビュートさんのイメージが可愛くなっちゃうよね。

 もしかして、アスモデちゃんとマモンちゃんが私に優しくするから、嫉妬しちゃったのかな?

 もしそうだったら、凄く可愛いよぉ。

 私の中で好感度アップかも。


「ご主人、顔がニヤケてるッス」


「ジャス、こんな時に何考えてるです?」


「主様、ニヨニヨしてるんだぞ?」


「がお」


「え!?」


「なるほどな。話を聞けと言うから何かと思ったが、我を馬鹿にする事でも考えていたか」


「え!? 違っ……」


「ならば、遠慮無く貴様を殺すとしようか」


 違うのに!

 あ、でも、たしかに可愛いとか思っちゃったけど、って、そんな事考えてる場合じゃ無いよ!

 私のおバカー!

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