278 幼女は大切な人を失い強く生きる
私とトンちゃんのお話を聞いていたスミレちゃんとサガーチャちゃんが、顔を見合わせて頷くと、スミレちゃんが走り出す。
「こっちなのよ」
サガーチャちゃんはスミレちゃんの後を追い、私もそれを追いかける。
「でも、トンペットはよく気がついたですね? ラテは全く気がつかなかったです」
「そんな凄いもんじゃないッスよ。それにラテの場合は寝ていたッスからね~。ご主人が化け猫に攻撃される直前で目を覚ましただけだから、記憶に残ってなくてもおかしくないッスよ」
「俺も全く気がつかなかった。流石は精霊様ってだけはあるな」
「ピーチクパーチク煩いッスね。フェニックスは黙っててほしいッス」
「トンちゃん。たっくんはトンちゃんを褒めたんだよ?」
「そうなんスか? 言葉がわからないから煩いだけッス」
煩いだけって、辛辣すぎない?
「ドゥーウィンは口が悪いだけだから、気にしない方が良いんだぞ」
「がお」
心なしか落ち込むたっくんを、プリュちゃんとラヴちゃんが励ます。
「これなのよ」
仕掛けがあると思われる猫ちゃんの石像の所まで来ると、サガーチャちゃんとスミレちゃんが猫ちゃんの石像を調べて始める。
サガーチャちゃんは着ている白衣のポケットから、片眼鏡のような物を取り出して、それを耳にかけて装着する。
そして、色んな漫画で何度も見た事があるような感じで、ポチと片眼鏡についている小さなスイッチを押した。
「なるほど。確かに、これには仕掛けが施されている様だね。しかも、魔力を宿しているのに、上手にそれが外に漏れない様に作られている。かなり精密な仕掛けの様だよ」
そう言って、サガーチャちゃんは猫ちゃんの石像の顎の下を撫で始めた。
すると、ゴゴゴッと音が鳴り響き、猫ちゃんの石像が沈んで地面に消えて、猫ちゃんの石像が立っていた後ろの壁が開かれる。
そして、開かれた場所からは、扉が現れた。
「どうやら解けた様だ」
「凄いなのよ。流石はサガーチャちゃんなのよ」
「この位は当然さ。さあ、先に進もう」
そう話ながらサガーチャちゃんは片眼鏡を外して笑うと、扉を開けて先に進んだ。
私達もサガーチャちゃんに続いて先に進むと、大きな空間に辿り着く。
その大きな空間は甲子園球場位の大きさで、そして、その中央にプルソンさんが立っていた。
プルソンさん?
「まさか、ここの仕掛けに気付くなんて思わなかったわ。流石と言ってあげる」
プルソンさんはそう言うと、私達全員を一瞥した。
そして、首を横に振ってため息を吐き出す。
「やっぱりベルゼビュート様の読み通りになってしまったわね」
「ベルゼビュート様の読み通りって、どう言う事なのよ?」
スミレちゃんがプルソンさんに近づきながら訊ねると、プルソンさんが持ち前の筋肉を膨らませて構えながら答える。
「ここにリリィって子がいないでしょ? 貴女達はベルゼビュート様の思い通りに動いてしまったのよ」
スミレちゃんとプルソンさんが睨み合う。
すると、2人が睨み合う中、たっくんが私の目の前に羽ばたいて話しかける。
「ジャスミン、あの魔族はもしかして、銭湯で会った奴か?」
「え? うん。って、あれ? たっくんって、エルフの里に来てからプルソンさんに会ってなかったの?」
「そうだな。俺は今まで色んな場所で監禁されていて、ごく一部の魔族しか俺と会えない様にされていたんだ」
「そうだったんだね」
「ああ。しかし厄介だな。あのプルソンとか言う魔族は、恐らくマンゴスチンの肉体強化の魔法薬を飲んでいる」
「そうなの?」
私が驚いてプルソンさんに視線を移す。
よく見るとプルソンさんの膨れ上がった筋肉からは、魔力が見えない私でも分かるくらいに、何かオーラのような物が浮かび上がって見えた。
「な、何あれ?」
「ボクにも変なオーラみたいなのが見えるッスよ」
「アレがマンゴスチンの魔法薬の効果です?」
「その様だね。元々彼は肉体を鍛えていたのだろう。その彼がマンゴスチンの魔法薬を飲む事で、肉体に魔力が混ざって馴染んだ事で、本来見えない筈の魔力を見える程にまで濃縮された様だ」
何それ怖い。
凄く強そうだよ?
「ムキムキ凄いんだぞ!」
「むきむきー!」
そう言ってラヴちゃんが両手を上げて声を上げると、それを合図にしたかのように、スミレちゃんとプルソンさんが同時に動く。
スミレちゃんは炎の魔法で半径1メートル位の大きさの炎の玉を出現させて、プルソンさんに向かって炎の玉を放つ。
プルソンさんは炎の玉に向かって行って、炎の玉を正面から殴って爆発させて、そのままスミレちゃんに接近する。
「バティン今の貴女では私には勝てないわ!」
「しまっ……!」
プルソンさんがスミレちゃんのお腹を殴り、スミレちゃんは勢いよく吹っ飛んで、壁に激突して倒れてしまった。
「スミレちゃん!」
私はスミレちゃんに駆け寄ろうと走り出す。
だけど、私の目の前に、プルソンさんが立ち塞がった。
「悪いわね。お嬢ちゃん。これもサキュバスの子達の為なのよ。お嬢ちゃんには悪いけど、私はフルーレティ様の忠実な下部として、お嬢ちゃんをここで倒さなくてはいけないのよ」
「オネエさん……」
私はごくりと唾を飲み込む。
プルソンさんを傷つけたくないけど、でも、そんな事言ってられないよね。
私も戦うんだ!
私がそう決意して、魔力を集中しようとしたその時、たっくんが私の前に出た。
「ジャスミンを傷つけさせたりはしないぞ! この子は俺の妹も同然の子なんだ! だから兄として、絶対に護ってみせる!」
「たっくん……」
私は思いもよらないたっくんの行動に、涙腺が緩み目を潤ませる。
「たっくんダメだよ! 今のたっくんは、小鳥さんなんだよ!? そんな事したら、死んじゃうよ!」
「良いんだジャスミン。妹を死んでも護るのが、兄の役目だろ?」
私がたっくんの言葉に一粒の涙を流したその時、プルソンさんがガシッとたっくんを掴み取る。
「たっくん!」
「くそっ! 離せっ……!」
私は手を伸ばすも、私の身長では届くはずも無く、たっくんはそのまま握りつぶ……頬ずりされた。
え!?
「何よお! もお! 誰かと思ったら、あの時の良い男じゃない!」
えーと……?
「は、離してくれ!」
「こんな可愛らしい姿になっちゃっても、私にはわかるわ。だって、私達は愛し合ってるんだもの。こんな辺境の地にまで、わざわざ私に会いに来てくれるなんて、胸がときめいちゃうじゃなーい。やあねー。嬉しいわあ」
……うん。
たっくん、今までありがとう。
お幸せにね。
私は涙を拭って、オネエさんの横を通って、倒れたスミレちゃんの許まで走り出す。
「ちょっ……え? ジャスミン!? 待ってくれ!」
背後から何か聞こえるけど、私は振り向かない。
きっと、この先後悔する時がくるかもしれない。
だけど私は振り向かないよ。
だって、兄のように親しかった大切な人を失う悲しみを乗り越えた先で、私は今よりも強くなれると信じてるから。
私、たっくんの分まで強くなるからね!
ありがとーたっくん!
たっくんの事、絶対忘れないよ!
「やめろっ! 頬ずりするな! って言うか、お願いだから離れろっ!」
「うふ。そんな事言って照れちゃって、可愛いわね」
「主様、フェニックスが大変な事になってるんだぞ?」
「うん? 気のせいだよ」
「が、がお」




