276 幼女もケモッ娘でモフりたい
リリィと別れてネコネコ編集部出張所に行く少し前、私はマンゴスチンさんから、認識阻害を無効化する為の魔法薬を貰った。
「これを飲めば、認識阻害の影響を受けなくなる。飲んで行きなさい」
「うん。ありがとー」
私はマンゴスチンさんから受け取った魔法薬を飲んで、周囲を見て驚いた。
何故なら、今まで見えていた景色が、まるで別の世界の物だったかのように変わったからだ。
相変わらず雪は吹雪いていたけれど、それでもわかる里の景色の違いに、私は驚いた。
建物には見た事も無い植物が絡むように蔓を伸ばして生えていたり、今まで見えていなかった大きなキノコがそこら中に生えていた。
目を凝らしてよく見ると、地面からは黄緑色の光の粒子がポコポコと飛び出していて、それはゆっくりと浮かんで空に向かって飛んで行く。
私はそんな不思議で幻想的な景色を見ながら、雪が消えた本当のエルフの里を見てみたいと感じた。
それから、能力を得る魔法薬を飲んだチェスナトちゃんは、体に起きた副作用で動けなくなってしまっていたので、マルメロちゃんがマンゴスチンさんと一緒にドリちゃんのいる御神木まで運ぶ事になった。
ドリちゃんは植物の魔法でも珍しい治癒を行えるらしく、多少は楽になるだろうと考えての事だった。
私はリリィと別れる直前で小鳥さんに戻ってしまったたっくんとスミレちゃんと一緒に、ベルゼビュートさんのいるネコネコ編集部出張所に向かう。
こんな事なら、ネコネコ編集部出張所を出なければ良かったとも思うけど、そんな事は言ってられない。
だけど、こんな吹雪の中戻らなくてはいけないけれど、スミレちゃんが一緒に来てくれる事になったので快適に来た道を戻る事は出来ていた。
何故なら、私達の頭上に、スミレちゃんが魔法で炎を常に出してくれているからだ。
これのおかげで雪が溶けて、と言うか雪が蒸発してくれるので、私達に雪が当たる事が無いのだ。
ただ、流石に雪を蒸発させる程の炎は危ないので、小鳥さんに戻ってしまったたっくんは私の左肩の上に乗っている。
そんなわけで、私の体の上は混雑していた。
トンちゃんは右肩に座り、ラテちゃんは頭の上に座り、プリュちゃんが腕に掴まっていて、ラヴちゃんはポーチの中。
おかげで私は可愛い皆に囲まれて、ルンルン気分で目的地まで進んで行く。
そうして、ネコネコ編集部出張所の前まで来ると、私は異様な光景に目を疑った。
「にゃー! やめろー! 助けてー!」
「あははははっ。覚悟するんだねマモンくん。君は魔科学の礎となるんだよ」
「サガーチャお姉ちゃん。マモンちゃんが可哀想だよ」
え?
何が起きているの?
ネコネコ編集部出張所の建物の前には、小学校の運動会や夏のお祭りなどでよく見かけるイベント用テントが建てられていた。
そしてその中で、実験台の上に寝かせられ身動きがとれなくなっているマモンちゃんと、ドリルを持って今にも何かやらかしそうなサガーチャちゃんと、それを止めようとしているルピナスちゃんがいた。
私は泣きながら助けを呼ぶマモンちゃんと、笑いながらドリルをマモンちゃんに近づけるサガーチャちゃんを見て、一瞬誰を助けに来たのかを忘れて固まった。
スミレちゃんも私と同じように、言葉を失ってその場で立ち尽していた。
私が固まっていると、マモンちゃんが私に気が付いて、顔を真っ赤にして私を見た。
それから、マモンちゃんはぶんぶんと首を横に振り、真っ赤に染まった泣き顔を私に向ける。
「い、良い所に来たな甘狸! 早く私を助けろ!」
「やあ。ジャスミンくん早かったね。少し待っててくれないか? 今から猫の姿から人の姿に変わる構造の解明を、魔科学の力で解き明かす所なんだよ」
これって、もしかしてマモンちゃんの強欲の能力の影響なのかな?
もしそうなら、マモンちゃんは思いっきり自滅だよね。
って、そんな事考えてる場合でもないよね。
「可哀想だからやめてあげて?」
私がそう言うと、サガーチャちゃんの顔がとてもガッカリした表情になり、肩を落とす。
「そうかい? 私としては、魔科学の発展に欠かせない小さな犠牲だったのだけど、ジャスミンくんがそう言うのなら止めておこう」
結構大きな犠牲だと思うよ?
「良かったね。マモンちゃん」
「甘狸、よくやったわ!」
「マモンちゃんアホ可愛いけど、一々偉そうなのよ」
「あはは……」
私は苦笑しながら、スミレちゃんと一緒にテントの中に入り、テントの天井を見上げて訊ねる。
「こんな吹雪の中なのに、全然ビクともしないのはなんで?」
「私は天才だからね。この里に着いてから、休憩の合間に気分転換で作ったんだよ。特殊な結界を張っているから、中に雪が侵入もしないのさ」
あっ。本当だ。
横から雪が一つも入って来てない。
凄いなぁ……って、あ。
そうだった。
凄いと言えば。
「サガーチャちゃん、指輪ありがとう」
私が笑顔で感謝すると、サガーチャちゃんはニマァッと笑みを浮かべる。
「ああ。少しでも楽になっていれば良いのだけど、もう魔法は使ってみたのかい?」
「ううん。まだなんだ。でも、なんとなくだけど、この指輪をつけたら少し体が楽になったかも」
「そうか。それなら良かったよ」
私とサガーチャちゃんが微笑み合うと、それを見ていたマモンちゃんがルピナスちゃんに実験台から降ろしてもらって立ち上がり、私に向かって指をさした。
「甘狸! 私を助けるなんて、本当に甘い奴だな! 今回はそれに免じて、見逃してやる!」
「え? うん。ありがとー」
「お礼を言ってんじゃないわよ!」
「マモンちゃん。助けてもらったら、ありがとうって言うんだよ」
ルピナスちゃんが眉根を上げて、マモンちゃんにめっと叱る。
すると、マモンちゃんが地団駄を踏んで顔を真っ赤にさせた。
「煩ーい! せっかくさっき良い感じに、別れてやったのに! 何なんだ!」
そう言えば、いつもと違う雰囲気で去って行ったもんね。
それなのに直ぐに再会して、しかも、サガーチャちゃんに掴まってたんだね。
でも、おマヌケ可愛いかも。
と言うか、狼のけもっ娘ルピナスちゃんと、猫のけもっ娘マモンちゃんって、並ぶと凄く可愛い。
二人をモフモフしながら眠りたくなる可愛さだよぉ。
「またご主人がニヤニヤしてるッス」
「ジャス、気持ち悪いからその顔やめるです」
「主様? 変な物でも食べたのか?」
「がお?」
「あははははっ。ジャスミンくん、その顔良いね」
「しまったなのよ! カメラを忘れたなのよー!」
い、いけない。
ルピナスちゃんとマモンちゃんの可愛さのコンボで、我を忘れる所だったよ。
って言うか、スミレちゃんまだカメラ持ってたの?
変な写真撮られないように、気をつけなきゃだよ。
「私を無視して盛り上がるなー! もう良い! おまえ達、これだけは覚えておけ! 今度は私も本気を出して、能力を使ってやるからな!」
あれ?
って言う事は、サガーチャちゃんとルピナスちゃんには使わなかったんだ?
マモンちゃん優しい。
でもそうなると、サガーチャちゃんは素でマモンちゃんを……うん。
考えないようにしよう。
「今度会ったら覚悟しろよー!」
マモンちゃんは捨て台詞を吐くと、吹雪の中を走って行ってしまった。
「捨て台詞がかっこいいんだぞ!」
「がお」
「あはは……」
かっこいいかな?
「さて、ベルゼビュートの配下であるマモンくんもいなくなった事だし、先に進もうか」
「え?」
「食べ物の恨みは怖いという事を、ベルゼビュートに思い知らせてあげないといけないからね!」
私は驚いてサガーチャちゃんに視線を向ける。
「サガーチャちゃん待って!」
サガーチャちゃんは私に振り向きもせずに、そのままネコネコ編集部出張所の建物の中に入って行った。
そう言えば、サガーチャちゃんがパンケーキの素を取り戻しに来たんだっけ?
あの様子だと、諦めてくれなさそうだよね?
うーん……どうしよう?




