272 幼女も困惑するおバカな戦いの幕開け
「そう言えば、言い忘れていたなのです。ルピナスちゃんとサガーチャちゃんがベルゼビュート様を追って、ネコネコ編集部出張所まで行っちゃったなのです」
リリィ達がパンケーキの素を盗まれた事で、打倒ベルゼビュートさんに闘志を燃やしていると、思い出したかのようにスミレちゃんが呟いた。
「え?」
私は思いもよらない言葉に驚いて固まる。
「それと、幼女先輩宛に、サガーチャちゃんから伝言と指輪を預かった来たなのです」
スミレちゃんはそう言って、ダイヤのような宝石がはめ込まれた綺麗な指輪を、私に差し出した。
「ま、待って? スミレちゃん! ルピナスちゃんとサガーチャちゃんがベルゼビュートさんを追ったって、どういう事なの!?」
「サガーチャちゃんが凄く怒って、パンケーキの素を取り返すって出て行って、ルピナスちゃんがサガーチャちゃんを追いかけて行ったなのです」
「ええぇーっ!? 大変だよ! って言うか、それを先に言ってよスミレちゃん!」
私は血の気が引くのを感じながら叫ぶ。
すると、スミレちゃんが更にとんでもない事を言い出す」
「ごめんなさいなのです。そ、それと、他にもあるなのです」
え?
他にも?
「忘れてしまっていたけど、精霊の集落って聞いて思い出したなのです。実は、ビリアとオぺ子ちゃんが精霊の集落に行ってしまったなのです」
「え!? なんで!?」
って言うか、そんな大事な事を忘れないで?
「ベルゼビュート様と一緒に、オークが来たなのですよ。オークはベルゼビュート様の味方になっていて、私達と敵対しなのです。それで、大変な事をしでかしたなのです」
「大変な事?」
な、なんだろう?
まさか、能力を使って、皆にエッチな事を!?
「オークは能力を使って」
能力を使って……。
ごくりと、私は緊張して唾を飲み込む。
「食べられるパンと食べられないパンの、二種類のパンを盗んで、精霊の集落にいるらしいベルフェゴールの許へ向かって行ったなのです」
「え? 何それ?」
何その小学生のなぞなぞみたいな問題。
私が首を傾げていると、スミレちゃんはもの凄く悔しそうに叫ぶ。
「幼女先輩のパンツと、パンケーキを焼く為のフライパンを盗まれたなのです!」
……うん。
どうしよう?
困ると言えば困るけど、どちらかと言うと、どうでもいいかな。
って言うか、両方とも食べられないよ?
そんな冷めた考えの私とは違って、リリィとトンちゃんとラテちゃんとマルメロちゃんが熱を帯びて騒ぎ出す。
「何ですって!? 許せないわ! あのパンツはジャスミンが穿いた後、私が美味しく頂く予定だったのよ!」
「あれはドワーフの鉱山街で買ったフライパンで、パンケーキを更に美味しく焼き上げるフライパンッス! 許せないッス!」
「パンケーキの邪魔をするなんて、許せないです!」
「許せません! 私だってジャスちゃんの使用済みパンツがほしいです!」
どうしよう?
もの凄くどうでも良い事で怒ってるよ?
って言うか、私のパンツを頂くのは止めてね?
「皆同じ気持ちなのよ! だからビリアが怒って、オークを追いかけて精霊の集落に向かって、それをオぺ子ちゃんが追いかけたなのよ!」
う、うーん。
とりあえずだよ。
サガーチャちゃんもブーゲンビリアお姉さんも、おバカな理由で怒って飛び出しちゃって、それをルピナスちゃんとオぺ子ちゃんがそれぞれ追いかけたんだね。
なんと言うか、もう少し冷静になろうよって感じだよね。
全部また買えば良い話だと思うの。
私がおバカな事態に困惑していると、リリィがスミレちゃんに訊ねる。
「事情はわかったわ。とにかく、私達も早く後を追う必要があるとは思うのだけれど、でもその前に聞くわ。アンタが今ジャスミンに渡した指輪って、サガーチャが作っていた発明品よね?」
「あ、そうなのよ。サガーチャちゃんからの伝言で、その指輪を左の薬指にはめる事で、精霊との契約の副作用を軽減出来るらしいなのよ」
え!?
「あくまでも軽減であって、完全に防ぐわけでは無いから、魔法の使いすぎには注意って聞いたなの。消耗品だから、使いすぎたり大きな魔法を使うと、粉々に砕け散るとも言っていたなの」
凄ぉい。
サガーチャちゃんってば流石すぎるよ!
そんな凄い物を作ってくれてたんだ!?
消耗品って言うけど、十分過ぎるよ!
私はスミレちゃんの説明に驚いていると、リリィが指輪を見ながら微笑む。
「最初に効いた時は驚いたわよね。その指輪を作る為に、出来るだけ時間がほしいって言いだして、私もその為に一晩待ってあげたんだもの。結局、朝になっても出来なくて、完成するのに今まで時間がかかっていたみたいだけど」
「そうだったんだ……」
サガーチャちゃん、ありがとーだよ!
私は心の中でサガーチャちゃんに感謝して、指輪を左手薬指にはめようとしたその時、リリィが大声で私を制止する。
「待って!?」
「え?」
リリィが真剣な面持ちで私と目を合わす。
「ジャスミン、お願い。私がジャスミンの指につけて良い?」
「え? うん」
私は返事をして、リリィに指輪を渡す。
すると、それを今まで黙って見ていたマルメロちゃんとマンゴスチンさんが騒ぎ出す。
「ちょっと待って下さい! それ、私もやりたいです!」
「何を言ってるんだい! 子供にはまだ早いよ! 私がやってあげるから、その指輪を今直ぐよこすんだよ!」
え?
急にどうしたの?
私が2人の様子に困惑していると、リリィが2人を無視して、私の左手薬指に指輪をはめた。
「「あああーっ!」」
顔を真っ青にさせて、マルメロちゃんとマンゴスチンさんの声がハモる。
その様子を見て、私が首を傾げていると、スミレちゃんが教えてくれた。
「幼女先輩。左手の薬指は、結婚指輪をはめる指なのですよ」
「あ。そう言えばそうだったね。指輪なんて、はめた事が無かったから、忘れてたよ」
それで3人が必死な感じだったんだね。
って、あっ。
でも……。
「この指輪って、魔法を使いすぎると粉々になっちゃうんだよね? これが結婚指輪なら、粉々になった時は離婚かな?」
私が冗談交じりに苦笑してそう言うと、リリィが今まで見た事が無いくらいに真っ青な顔をして、目を泳がしながら震えだす。
そして、リリィは口から血を吐いてニッコリ微笑みながら、ドサッと仰向けに倒れた。
「り、リリィ!?」
「ご主人、容赦ないッスね」
「流石ジャスです。リリィに致命傷を与えられるのは、この世でジャスだけです」
「リリさんしっかりするんだぞ!?」
「りり、ちんだ?」
「むごいなのよ」
「リリィちゃん、ジャスちゃんの事はわたしに任せて、安らかに眠って下さい」
「ジャスミン、友達は大切にしないと駄目じゃないか」
「ごめんなさい」
って、つい謝っちゃったけど、これって私のせいなの?
むぅ……。
と、私が納得出来ないと感じていると、マンゴスチンさんが懐から200ミリリットル位のペットボトルサイズの瓶を取り出した。
そして、その瓶を私に差し出す。
「私からもプレゼントだよ。ベルゼビュートの所に、ルピナスが行ったって事は、どうせジャスミンも今からベルゼビュートの所に行くんだろう? だったら、こいつを持って行きな」
「えっと、これはなんの魔法薬なの?」
私が首を傾げてマンゴスチンさんに訊ねると、マンゴスチンさんが微笑みながら答える。
「こいつはフェニックスに使ってやった特殊能力を封印する魔法薬の改良版だよ。こいつの効果はフェニックスが受けた様に、特殊能力を防ぐだけじゃない。こいつを飲み干した者が受けている特殊能力も、全て無にする効果があるのさ。これをベルゼビュートに飲ませれば、奴にかかった不老不死も無くなる」
「凄い! そんなものまであるんだ?」
「まあね。ただ、こいつは作るのに手間がかかるからね。これ一つっきりなんだ。失敗は許されないと思いな」
「うん」
私は返事をして、マンゴスチンさんから魔法薬を受け取った。
すると、リリィがフラフラと立ち上がり、吐いた血を拭いながら私に視線を向けた。
「ベルフェゴールは私に任せておいて、ジャスミンはスミレ達を連れてベルゼビュートの所に向かって? ベルフェゴールには借りもあるし、私は精霊の集落へ向かうわ」
「え!? 良いの?」
私はリリィがベルゼビュートさんの所に向かうと思っていたので、驚いて聞き返すと、リリィは優しく微笑んで答える。
「もちろんよ。心配なんでしょう? だから私に任せて」
「リリィ」
私は嬉しくなって、リリィに抱き付いた。
「ありがとー! やっぱり、リリィ大好き!」
「私も大好きよ。無理しないでね」
「うん!」
私は頷くと、リリィから体を離して、リリィと両手を繋いで微笑み合う。
「ジャスミンのパンツは、必ずとり戻して見せるわ!」
「う、うん?」
え? そっち?
ブーゲンビリアお姉さんとオぺ子ちゃんとサキュバスさん達、それに他の猫ちゃんにされた人達は?
パンツはどうでもいいよ?




