271 幼女のパンケーキは命より重い
私が考えるのをやめると、マンゴスチンさんが少し頬を染めながら私を見つめだす。
「そう言えばお前さんは、前世が男だったんだってね」
「え? う、うん」
「私ゃあね。この歳で、まさかまたこんな気持ちになるなんて、夢にも思わなかったよ」
う、うん?
なんの話をしているのかな?
私は何故だか嫌な予感がして、背筋に悪寒を感じとる。
「ルビーの様な可愛い天使の瞳に、曇りの無い白銀の綺麗な髪。透き通るような白い肌に小さな小顔。何故今まで気が付かなかったんだろうねえ。こんなにも素敵な人に出会っていたのに」
「えーと、マンゴスチンさん?」
「前世が男なら、女にだって興味があるだろう? 私をジャスミンのお嫁さんにしてくれんかのう?」
やっぱり!
やっぱりそうなっちゃったの!?
って言うか、どうしてそうなっちゃったの!?
そんな流れなかったよね!?
「悪いけど、ジャスミンと結婚するのは私よ」
しないよ?
リリィが私の前に出て、マンゴスチンさんを睨む。
「ほう。やはり、最大の敵はお前さんだった様だね。でも残念だったね。私は人妻。人妻の魅力に、お前さんは勝てるのかい?」
私は人妻属性ないんだよね。
って言うか、マンゴスチンさんって見た目が幼いから、全然人妻って感じがしないよね。
マンゴスチンさんとリリィが睨み合う。
そして、マルメロちゃんが睨み合う2人の間に入る。
「待って下さい! その、そう言うのは、ジャスちゃんの気持ちが大事と言うか、私も結婚したいですし……」
マルメロちゃんは段々と消え入りそうな声で喋りながら、顔を真っ赤にさせて私の方をチラリと見る。
やっぱりなの?
やっぱりマルメロちゃんもそうだったの?
「主様、モテモテなんだぞ」
「ジャチュ、もてもて~」
「あはは……」
私が苦笑すると、ラテちゃんが私の頭をペチペチと叩く。
「そんな事より、早くハチミツを貰いに行くです!」
「う、うん。そうだね」
私が返事をすると、丁度たっくんが目を覚まして起き上がる。
「いてててて……。酷い目に合った。って、おい。あの子大丈夫なのか?」
え?
たっくんの言葉で振り向くと、チェスナトちゃんが倒れている事に気が付いた。
私達は倒れているチェスナトちゃんに近づいて、マンゴスチンさんがチェスナトちゃんを抱き起こす。
「すまなかったねえ。体が限界を迎えてしまったんだね」
「はい。マンゴスチン様ごめんなさい。全身が痛くて、動けそうにないです」
「どういう事なの?」
私がそう訊ねると、マンゴスチンさんが私に目を合わせて答える。
「この子に飲ませた魔法薬は、強力だからね。副作用もあるのさ。体が慣れてないうちは、丸々三日は体が動かなくなる程の激痛が起こるんだよ」
丸々3日!?
しかも激痛だなんて……。
「大丈夫なの?」
私が心配になって訊ねると、チェスナトちゃんが力無く微笑んで答える。
「死にはしないから大丈夫よ。それに、ソイ様のお母様のマンゴスチン様の為だから、このくらい平気よ」
チェスナトちゃんはソイさんの名前を口にした時、ほんのりと頬を赤く染める。
「チェスナトちゃんは本当にソイ様の事を、お慕いしているんですね」
そうなんだ?
なんでだろう?
「当たり前じゃん。ソイ様は初めて私の事を認めてくれたお方なのよ。ソイ様の為なら、私は何だって出来る」
わぁ。
なんだか、こっちが照れちゃうくらい、凄く好きって気持ちが伝わってくるよぉ。
2人の間で何があったのかは知らないけど、そっかぁ。
チェスナトちゃんは、ソイさんの事が好きなんだ。
「見る目無いッスね~」
「こら。トンちゃん、そういう事言わないの」
「はいッス~」
トンちゃんは私が叱ると、返事をして口笛を吹く。
トンちゃんが口笛を吹くと、それを見ていたチェスナトちゃんが微笑む。
「よく言われる。だけど良いの。だって、好きって気持ちは変わらないから」
かっこいい!
そして可愛い!
ソイさんってば、こんなに素敵で可愛い女の子が側にいるのに、なんで気づかないかな!?
私、断然チェスナトちゃんを応援するよ!
と、私が目を輝かせて興奮していると、マンゴスチンさんが思い出したかのように話し出す。
「そう言えば、ジャスミンには言っておかないといけないね」
「え?」
「今降っているこの雪、吹雪きの事だよ。この吹雪は、チェスナトが来る前に、私が負けた時に決まっていた事なのさ」
「決まっていた? どういう事だ?」
たっくんが顔を顰めて訊ねる。
すると、マンゴスチンさんは空を見上げながら答える。
「まずは、ここ等一帯で降っていた雪の事から説明してあげるよ。里に降り続けていた雪は、私の息子の為に降っていた。だけど、里の外、森は別の目的があったんだよ」
うんうん。
ソイさんの汗を抑えるって言うのは聞いたけど、他にも理由があったんだね。
でも確かに、改めて考えてみると不思議かも。
だって、里の中と比べて、森の方は凄い雪なんだもん。
「その目的ってのは、ベルフェゴールの怠惰の能力の実験だよ」
「実験ッスか?」
マンゴスチンさんがこくりと頷いて、言葉を続ける。
「フルーレティの能力で雪を降らせて、その雪の中で、ベルフェゴールの能力が何処まで通用するかを、森の生物を使って試していたのさ。それを聞いた時は、私も最初は耳を疑ったよ。怠惰なんて能力で、寒さを忘れさせて生活出来るか試すだなんて、普通は思いつきもしないからね」
「めちゃくちゃね。そんな事をして、影響は出なかったの?」
「勿論多少の被害は出たよ。森の木の実や里の畑は育たなくなったからね。だから森の精霊達は怒り、訴える様になったんだ。そして、この吹雪は、実験の最終段階なんだよ」
「最終段階……」
「ジャスミン達は里に猫がいた事を知っていたんだろう? その猫が、今は一匹残らず里からいなくなっている事に、気が付いていたかい?」
「え?」
「あの猫達は知っている通り、フルーレティの配下のサキュバスだ。そして、私やベルゼビュートに逆らう里の住民や、森に迷い込んだ人たちだ。その者達は、皆実験の為に連れて行かれたんだよ。精霊達の住む集落にね」
「精霊の集落で? どういう事よ?」
リリィが顔を顰めて訊ねると、マンゴスチンさんはため息まじりに答える。
「ベルフェゴールの能力を使って、寒さに猫が耐えられる基準を調べる為だよ。ベルゼビュートは、いずれ世界中に雪を降らせて、人を根絶やしにしようと考えているのさ。集落に向かったのは、口煩い精霊達をまとめて始末する為さ」
「そんな……」
そんな事するなんて、酷すぎるよ。
ベルゼビュートさんにとっては、猫ちゃんに姿を変えられたサキュバスさん達は、どうでもいい命なの?
「そう言う事ッスか。確かに、寒すぎるのは人が暮らすうえで厄介ッスからね~」
「止めないと!」
私がそう言ったその時、私の事を呼ぶ声が聞こえた。
「幼女先輩ー」
スミレちゃん?
私はスミレちゃんの私を呼ぶ声を聞いて、声のした方へと振り向く。
そして、私は振り向いた先にいたスミレちゃんを見て、言葉を失う程に驚いた。
スミレちゃんは頭や腕、体のいたる所から大量に血を流し、ボロボロの姿でフラフラと私に近づいて来ていたからだ。
私は急いでスミレちゃんに駆け寄った。
すると、スミレちゃんは私の目の前で地面に膝を突き、涙を流しながら頭を下げた。
「幼女先輩。ごめんなさいなのです。守れなかったなのです」
「守れなかったって、何があったの?」
「ベルゼビュート様が来たなのです」
「ベルゼビュートさんが!?」
じゃあこの傷は……っ!
守れなかったって、まさか、ルピナスちゃん達に何か!?
「守れなかったなのです! 幼女先輩の特製パンケーキの素を守れなかったなのです!」
「そん……ん? パンケーキの素?」
「皆で必死に守ろうとしたなのです! だけど、必死の抵抗も虚しく、パンケーキの素を取られてしまったなのですよ!」
ど、どうしよう?
何事かと思ったら、凄くどうでもいいよ?
なんでそんなに涙を流しているの?
「ね、ねえ? スミレちゃん、その怪我は?」
「ここまで来るのに必死で、転んだ怪我なのです」
え、ええぇぇ……。
頭から血が出てるけど大丈夫?
どんな転び方したら、そうなっちゃったの?
私が困惑していると、トンちゃんとラテちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんが騒ぎ出す。
「これは大事件ッスよ!」
「ジャス! ハチミツを取りに行ってる場合じゃないです!」
「どうするんだぞ!? このままじゃ、主様のパンケーキが食べれなくなっちゃうんだぞ!」
「がお!?」
「あはは。皆大袈裟だなぁ」
私が苦笑すると、リリィが深刻な顔で口を開く。
「ジャスミン。そうも言ってられないわよ」
え?
リリィまでどうしたの?
「パンケーキの素を入れていた箱なのだけど、あの箱って、ジャスミンのお母様がジャスミンが六歳のお誕生日の日にプレゼントしてくれた箱よ」
「え? うん。そう言えばそうだったね」
懐かしいなぁ。
あの頃は何故かお片付けが楽しくて、色んな物を締まって楽しんでたんだよね。
それで、ママに誕生日のプレゼントは何が言いか聞かれて、箱がほしいって言って、変な子ねってママに言われてプレゼントしてもらえたんだっけ。
ただの箱だと味気ないからって、可愛いリボンとかつけてくれて、凄く嬉しかったなぁ。
「ジャスミンのお母様が心をこめて送ったプレゼントを、あんな糞共に取られたままではいられないわ! 命に代えてでも、取り戻す必要があるわ!」
「ボクも命懸けでパンケーキの素を取り戻すッス!」
「ジャス。ジャスを一人でなんか死なせないです! 死ぬ時は、パンケーキを食べてからです!」
「アタシもパンケーキの為に死ぬ気で頑張るんだぞ!」
「がおー!」
そんな事に命かけないで?
どうしよう?
リリィもトンちゃんもラテちゃんもプリュちゃんもラヴちゃんも、凄くやる気に満ちた顔してるよ?
「ねえ? 今は、そんな事より精霊の集落に行って、サキュバスさん達を助けに行こうよ?」
「そんなのどうでもいいわよ!」
「そうッスよ!」
「パンケーキの方が大事です!」
「え、ええぇぇ……」




