270 幼女は考えるのを諦める
リリィは立ち上がると、チェスナトちゃんに向かって勢いよく走る。
そして、間合いに入って、チェスナトちゃんの顔を蹴りあげようとした。
「遅いのよ!」
チェスナトちゃんはリリィの蹴りを避けて、リリィの後ろに回り込む。
「勝負を決めてあげる! 弾け飛べ!」
チェスナトちゃんがリリィの背中を殴る。
そして、リリィに攻撃が当たると2人を中心に暴風が巻き起こり、積もっていた雪が地面から巻き上がり、2人の姿が見えなくなる。
「終わったね。あの娘は死んだ。あれは触れた相手の細胞を爆発させる能力さ」
「リリィ!」
マンゴスチンさんが笑い、私はリリィの名を叫ぶ。
「何? ジャスミン呼んだ?」
「え?」
私がリリィの名を呼ぶと、リリィが私の目の前に来て首を傾げる。
あ、うん。
知ってた。
えーっと、まあでも、一応聞いておこうかなぁ。
「大丈夫なの? 細胞が爆発しなかった?」
「細胞が爆発? 細胞が爆発だなんて、そんなわけないでしょう?」
で、ですよねー。
「流石ハニーッスね」
「相変わらず、リリィには常識が通用しないです」
「リリさん凄いんだぞ」
「がおー!」
全く能力が効いていないリリィを見て、マンゴスチンさんが言葉を失って驚く。
「そ、そんなの嘘よ! やせ我慢が出来るのも今の内よ!」
チェスナトちゃんがリリィに向かって飛びかかる。
「私はマンゴスチン様の魔法薬で、あらゆる能力を手に入れた! その一つでお前も私の攻撃が避けられていないのが、その証拠だ!」
チェスナトちゃんがリリィの顔を殴――れない。
リリィはいとも簡単に避けてしまい、チェスナトちゃんがリリィの顔を、信じられないものを見ているかのような目で見た。
「嘘よ。私の能力、絶対に攻撃を当てる事が出来る能力が……」
チェスナトちゃんが呟いて、リリィを睨んで歯を食いしばる。
「チェスナト! 消滅させるんだよ!」
マンゴスチンさんがそう叫ぶと、チェスナトちゃんがニヤリと微笑む。
「マンゴスチン様わかりました。そうですよね。こんな奴。存在を消してしまえば良い!」
「今度は何?」
リリィがめんどくさそうに訊ねると、チェスナトちゃんが狂気に満ちた笑みを浮かべて答える。
「お前の存在を消してやるんだよ! 私の持つ最強の能力、触れた相手の全ての生きた証ごと消滅させて存在を消す能力でな!」
え?
何そのチートな能力!
そんなの、流石のリリィも……っ!
チェスナトちゃんがリリィに向かって走る。
すると、リリィが相変わらずめんどくさそうにして待ち構える。
「リリィ! ダメ! 攻撃を受けたら消えちゃう!」
私が叫ぶのと同時だった。
リリィはチェスナトちゃんの攻撃を左手で受け止めて、そのままチェスナトちゃんのお腹を蹴り上げた。
「が……はっ!」
あ、うん。
知ってた。
私知ってたよ。
そうなっちゃうよね。
チェスナトちゃんはその場でお腹を押さえて蹲り、マンゴスチンさんが驚きのあまりに再び言葉を失って硬直する。
そして、チェスナトちゃんが顔を上げて、顔を真っ青にさせながらリリィを見上げた。
「なん……で? 私の能力が効かないの……?」
「何でって、そんな事もわからないの?」
私もわかんないなぁ。
リリィはやれやれとでも言いたげな表情を浮かべて答える。
「攻撃が当たるだとか、存在が消滅するだとか、それってアンタの都合でしょ? 考えてもみなさいよ。何で私がアンタの都合に合わせなきゃいけないのよ? 私がアンタの都合に合わせてあげる義理なんてないわ。さっきから長々とアンタの都合を押し付ける様に説明して、つきあってられないわよ」
あっ。
もしかして、それでめんどくさそうな顔してたの?
「つ、都合? 何言ってるの? これは都合とか、そういう個人の感情的な話じゃなくて、そういう能力なのよ」
「だから、そういう能力っていう、アンタの都合でしょう?」
リリィの発言に、一瞬この場が静まりかえる。
そして……。
「……は、はい」
頷いちゃったよ。
でも、これで証明されちゃったね。
リリィには、きっとどんなチートな能力も効かないんだよ。
どんな能力も、アンタの都合の一言で片付けちゃうんだもん。
凄いなぁリリィ。
本当に存在がチートだよね。
チェスナトちゃんが話の通じないリリィの圧に押されて頷くと、マンゴスチンさんがぶつぶつと呟き出した。
「そんな筈はない。アレは私があの時から、長い年月をかけて作り出した魔法薬の力だ。あんな転生者でもないただの小娘に、それもこんなにも簡単に破られるはずがない。私は……」
うわぁ。
マンゴスチンさん、目が死んでるよぉ。
私がマンゴスチンさんが心配になって見つめていると、たっくんがマンゴスチンさんに近づいて話しかける。
「なあ、マンゴスチン。もう良いんじゃないか?」
マンゴスチンさんは虚ろな目をして、たっくんに視線を向けた。
たっくんはマンゴスチンさんを真剣な面持ちで見つめて、話を続ける。
「昔の君は、誰にでも優しい子だったじゃないか。君をこんな風に変えてしまった原因の一つでもある俺が、こんな事を言うのは筋違いかもしれない。だけど、それでも言わせてくれ。もう――」
と、たっくんが何かを言おうとしたその時、たっくんは顔から地面に叩きつけられる。
たっくんの顔を地面に叩きつけたのは、もちろんリリィだ。
そして、目を回し気絶するたっくんを、リリィはゴミを見るような目で見て口を開く。
「筋違いなら黙ってなさいよ糞野郎」
「ちょっとリリィ!? 何してるの!?」
「え? だってこいつ、要するにマンゴスチンとソイを不老不死に出来なくて、責任も取らずに逃げたくせに説教しようとしてたんでしょう? 糞野郎じゃない」
「そうッスね。糞野郎ッス」
「糞野郎で間違いないです」
「そうだったんですね。糞野郎です」
マルメロちゃんまで!?
皆辛辣だよ!
って、あ。
マルメロちゃん、もう体は大丈夫なんだね。
良かったぁ。
リリィとトンちゃんとラテちゃんとマルメロちゃんが、たっくんをゴミを見るような目で見つめていると、それを見ていたマンゴスチンさんが夢でも見ているかのような表情で4人を見た。
「お前さん達はフェニックスの仲間じゃなかったのかい?」
「仲間? 何か勘違いしてるようだけど違うわよ」
仲間だよ?
あ、そっか。
お友達って言いたいんだね。
「これはゴミよ。利用価値が無くなれば捨てるつもりよ」
こらこら。
「そうッスね。ただの踏み台ッス」
トンちゃんまで何言ってるの?
「どうやら、私は酷い勘違いをしていたようだね……」
勘違いをしているとしたら、それは今だと思うな。
リリィとトンちゃんの言葉を真に受けないで?
「すまなかったね」
マンゴスチンさんが私と目を合わせる。
そして、とても穏やかな表情を浮かべて微笑んだ。
「あ、あのね? マンゴスチンさん。たっくんは」
「良いんだよ。もうわかっているよ。お前さんは、ただフェニックスを利用しようとしていただけなんだろう?」
「そうじゃ――」
「そうッスよ」
「です」
ちょっと、トンちゃんとラテちゃん!
2人とも間髪入れずに、私の代わりに返事を入れないで!?
って言うか、あれれ?
おかしいよ?
なんで気絶してるたっくんを除いて、私以外皆凄く優しい顔で微笑み合っているの?
チェスナトちゃんまで、凄く良い顔してるよ?
何これ?
なんなの?
って、マルメロちゃんがチェスナトちゃんと握手して、チェスナトちゃんが涙を流しながら謝ってるよ?
……うん。
深く考えないでおこう。
それが良いよね。




