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268 幼女と精霊さんは甘い誘惑に弱い

 助けを呼ぶ声を聞きつけて、仕事部屋までやって来た私は、恐ろしい物を目にしてしまった。


「助けてー!」


「助けを呼んでも無駄だよ! 私の書いた聖書で、ここにいる連中は皆私に逆らえない!」


「書きたくない! オラは男同士の本なんて、書きたくないんだ!」


「黙りな! さっさと書くんだよ!」


 マンゴスチンさんは怒鳴り声を上げながら、鞭でオークの背中をバチンと叩く。

 どうやら、マンゴスチンさんとオークは、2人とも私達には気が付いていないようだ。


「そこまでよ!」


 リリィが声を上げて、マンゴスチンさんとオークに近づく。

 そして、リリィの声を聞いて、マンゴスチンさんとオークは私達の存在に気がついて驚いた。


「お、お前達、いつの間に!?」


「あまりにも熱中するあまり、私達に気がつかなかった様ね」


 リリィとマンゴスチンさんが睨み合う。

 そして、その場からオークが逃げ出して、私の所までやって来た。


「幼女先輩。助かりました」


「う、うん。ビーエルの漫画書かされてたの?」


 私が苦笑しながら訊ねると、オークが涙を流しながら、肩を震わせて答える。


「はい。今すぐ書けと、幼女先輩が昨日入浴したお風呂の水を人質にとられて、無理矢理……」


 え? 何それ?

 凄く気持ち悪いんだけど?


 私がオークの発言にドン引きしていると、私の横でそれを聞いていたマルメロちゃんが、ゴミを見るような目でオークを見た。


「最低ですね」


 マルメロちゃんがそう呟くのをオークは逃さない。

 オークは息を荒げながら、マルメロちゃんを見て口を開く。


「もう一回。もう一回言ってくれ」


 マルメロちゃんが顔を引きつらせて一歩後ずさり、オークが興奮気味に一歩前に出る。

 すると、マモンちゃんがオークの顔を爪で引っ掻いた。


「ぎゃーっ!」


「正気に戻れ馬鹿者」


「はっ!? オラは何を!?」


「無理矢理書きたくないものを書かされた時の、いつもの発作が出ただけよ」


「編集長がオラを戻してくれたんですね。お手数おかけしました」


「気にするな。私にも良いストレスの発散になったわ」


 何この会話?


「豚はやっぱりキモいッスね」


「最近似たような変態が多すぎるです」


 うん。

 私も、凄いエムっ気の高い変態が多い気がするよ。


 などと私がラテちゃんに同意していると、睨み合うリリィとマンゴスチンさんが動き出した。

 そして、驚く事に、リリィが何故か防戦一方になってしまった。


 マンゴスチンさんが懐から大量の小瓶を取り出して、蓋を開けて中に入っている液体を振りまく。

 すると、その液体は鋭い針のような形状となって、それがリリィに目掛けて飛翔する。

 それは、リリィなら簡単に避けれる程度の速度だったのだけど、何故かリリィは全て受けていた。

 ダメージを受けているのかいないのかわからないけれど、次々と飛んで来る針を受けるリリィの服は、それにあたって破れていく。


 リリィ?

 どうして避けないの?


「リリィちゃん、今助けます!」


 マルメロちゃんがそう言って、魔法を使おうとしたその時、リリィがマルメロちゃんに叫ぶ。


「駄目よ!」


「リリィちゃん?」


「私にはわかるわ。マンゴスチンの攻撃は、全て昨日ジャスミンが入ったお風呂の水よ! 避けたら勿体ないじゃない!」


 ……うん。


「プリュちゃん。リリィにアレが飛んで行かないように、守ってあげて?」


「わかったんだぞ!」


「ジャスミン待って!? 話を聞いて!?」


「なぁに?」


「私達、昨日は丸一日会えなかったわけでしょう? だから、私凄く寂しかったの。だから、ジャスミンの残り湯を頂きたいのよ!」


「リリィちゃん。そこまでジャスちゃんの事を……」


 マルメロちゃんが目を潤ませて、リリィを見つめる。

 私はマルメロちゃんを尻目にして、プリュちゃんに笑顔を向ける。


「プリュちゃん。頑張って!」


「任せるんだぞ!」


「待って!? プリュ! 一生のお願いよ!」


 そんなくだらない事に一生のお願い使わないで?


「主様……」


 プリュちゃんがリリィの必死のお願いに動揺して、私に視線を向ける。

 だから、私は笑顔で答える。


「リリィの事は気にしなくていいよ」


「わかったんだぞ!」


 そうして、プリュちゃんが元気に返事をして、リリィを助けようとしたのだけど、時すでに遅しだった。

 一部始終を見ていたマンゴスチンさんが、攻撃の手を止めてくれたのだ。

 と言うか、あまりにもリリィの変態っぷりが酷いおかげか、マンゴスチンさんは顔色を悪くさせて固まっていた。

 すると、マモンちゃんが呆れた顔をして、マンゴスチンさんを見て口を開く。


「おまえ程度じゃ、この変態には勝てないよ。悪い事は言わないから諦めな」


「う、煩い! 私の計画は、こんな小娘共に終わらされたりしないんだよ!」


「計画? ジャスミンから聞いたけど、男同士の恋愛漫画を書きたいなら、ドリアードに何を言われようが別に書けば良いじゃない。何なら、エルフの里じゃなくても、里を出て外の世界で書けばいい話でしょ?」


 リリィがマンゴスチンさんにそう言うと、マンゴスチンさんは突然声を荒げる。


「里を出てだって!? そんな事出来るわけないだろう! 私はもう騙されない! お前達に騙されたりなんか、絶対にしないよ!」


 騙されるって、どういう事?


 私がマンゴスチンさんの言葉に困惑していると、たっくんが仕事部屋に入って来て、私の隣に立った。

 すると、たっくんの姿を見たマンゴスチンさんが、もの凄い鬼の形相でたっくんを睨む。


「フェニックス! その姿で、二度と私の前に出て来るなと言った筈だよ!」


「ああ。そうだな」


 たっくんは、辛いだとか悲しいだとか、そう言ったものがたくさん混ざったような表情で答えた。

 

 たっくん?


 私はその表情を見てたっくんの事が心配になり、何か話しかけようとしたその時だ。

 いつの間にかマンゴスチンさんの背後に近づいていたトンちゃんとラテちゃんが、マンゴスチンさんに手をかざして、マンゴスチンさんを黄色と茶色の魔法陣が取り囲む。


「ライトニングッス」

「アースバインドです」


 トンちゃんとラテちゃんが同時に魔法を唱えて、魔法陣から魔法が飛び出してマンゴスチンさんを襲う。


「ぎゃあーっ!」


 トンちゃんが放った魔法は電撃で、マンゴスチンさんに強力な電撃を浴びせた。

 ラテちゃんが放った魔法は魔力を帯びた土石で、マンゴスチンさんを身動きが出来ないように手足を縛り付けた。

 と言うか、マンゴスチンさんはトンちゃんの魔法で気を失ってしまい、最早縛る必要が無いのでは?

 って感じになってしまった。


 ええぇっ!?


「ふ、2人とも何やってるの!?」


「ジャスが大変な時に、余計な事につきあってられないです。それに、今は一刻を争うです」


「そういう事ッス」


 う、うーん。

 気持ちは嬉しいけど、そこは空気を読んで、見守ってほしかったかも。


「ナイスよ2人とも。私に攻撃を止めた時点で、マンゴスチンには価値が無かったもの。当然の結果だわ」


 リリィ、それ言いすぎだよ?

 辛辣すぎて酷いレベルだよ?


「おまえ等って本当に容赦ないわね」


「マンゴスチン様がちょっと可哀想です」


「気にする事ないです。弱い奴が悪いって、自分で言ってたです」


 そう言えば、そんな事言ってたね。


「それより、マンゴスチンをドリアード様の所に早く連れて行くです。ハチミツをゲットするです!」


「そうッスよ。ボクもハチミツが楽しみッス」


 あれ?

 もしかして、これって……。


「ねえ? 2人とも。一刻を争うって……」


 私が笑顔を引きつらせながら訊ねると、2人は鼻息を荒くしながら答える。


「です。今はジャスが大変な時です。だから、早くハチミツを手に入れて、それから後の事を考えるです」


「そうッスね。早くハチミツを食べて、ご主人のこれからの事を考えるッス」


 そっかぁ。

 私の事より、ハチミツの方が上だったかぁ。

 うん。

 わかってた。

 わかってたよ2人とも。

 うん……ハチミツを取りに行こう。

 ハチミツ大事だもんね。


 私は笑顔のまま、目から一粒の涙を零れ落とす。

 そんな私を、プリュちゃんとラヴちゃんが察してくれて、頭を優しく撫でてくれた。


「主様、泣くほどハチミツが食べたかったのか? ドリアード様から、いっぱいいっぱいハチミツを貰える様に、アタシも頼むんだぞ」


「がお」


 あ。 違う。

 これ、察してないやつだ。

 思いっきり勘違いされてるよ!

 私が…………うん。

 頭撫でられて幸せだから、まあっかぁ。

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