263 幼女で学ぶ欲望の原点の間違った捉え方
リリィに襲われて私が騒いでいると、私からリリィを剥がそうとしてくれているマモンちゃんが、息を切らしながらリリィに指をさして大声を上げる。
「リリィ=アイビー! おまえの野望もここまでだ!」
マモンちゃんはそう言うと、尻尾を立てて膨らまして構える。
そして、リリィの背中を勢いよく殴った。
リリィは殴られた瞬間ピクリと体を震わせて、動きが止まる。
「おまえの食欲を極限まで増加させてやったわ!」
マモンちゃんが声を高らかに上げてそう言うと、リリィが私の顔を見てごくりと唾を飲み込んだ。
「流石ねマモン。確かに目の前にいるジャスミンを今すぐ食べたくて仕方がないわ!」
リリィはそう言うと、私のスカートどころか、服まで脱がそうと動き出す。
「マモンちゃん! 悪化してる! 悪化してるから!」
「何でよ!? おまえ、頭おかしいんじゃないの!?」
私は必死にリリィを抑えようと頑張る。
が、このままではリリィに勝てるわけも無いので覚悟を決める。
もう。
魔法を使うしか!
と、その時、私が魔法を使おうとしたのを察したトンちゃん達が動き出す。
「ハニーやめるッスよ!」
「いい加減にするです!」
「主様、魔法を使っちゃダメなんだぞ!」
「ジャチュ、まもる!」
「皆っ」
ラテちゃんの重力の魔法をメインにして、トンちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんがサポートをする。
だけど、それだけではリリィは止まらない。
「もう怒ったわ! リリィ=アイビー! これでどうだ!」
マモンちゃんが更に攻撃をリリィに仕掛ける。
今度はリリィの後頭部に、マモンちゃんの掌底が命中した。
「おまえの睡眠欲を極限まで高めてやったわ! さあ! 今すぐ眠れ!」
だけどリリィは止まらない。
「そうね! ジャスミン! 今すぐ私と寝ましょう!?」
「それ違う! それ違う意味の寝るだから! 本当にいい加減にしてー!?」
私が涙目で必死に訴えていると、スミレちゃんが真剣な面持ちで口を開く。
「リリィは大切な事を教えてくれたなの。人の三大欲求は、食欲と睡眠欲と性欲と言われているなのよ。だけど、確かに人は性欲を満たす時に、食べると表現する時もあれば寝ると表現する時もあるなの。つまり」
スミレちゃんが真剣な面持ちのまま、大声を上げる。
「人の欲求、欲望の原点は性欲にあるという事なのよ!」
どうでもいいよ!
何おバカな事を真剣に言ってるの!?
今それどころじゃないでしょう!?
「そうだったのね」
ブーゲンビリアお姉さんまで真顔で頷かないで?
「そんな、私の能力が効かないなんて……」
マモンちゃんが若干目を潤ませて、と言うか、今にも泣きそうな表情を見せる。
そして、マモンちゃんはがっくりと項垂れて膝をついた。
「ほらリリィ! マモンちゃんが戦意喪失になってるから! 早くやめて!?」
「まだよジャスミン! まだお楽しみはこれからじゃない!」
「お楽しまなくていいよ!」
「本当にハニー落ち着くッス!」
「いい加減にするです!」
「リリさんやめるんだぞ!」
「がおー!」
◇
リリィがようやく落ち着きをとり戻す頃、私は眉根を上げて頬を膨らませ、目の前に正座するリリィを見た。
正座するリリィの横には、ルピナスちゃんに尻尾を掴まれて、だらしなく横になっているマモンちゃんがいた。
更に、リリィの目の前には、珍しく怒っているラテちゃんが立っていた。
「リリィ、ジャスは今大変な時なんです! おバカな事をジャスにするなです!」
「ごめんなさい」
リリィが怒るラテちゃんに、しょぼんとした顔で素直に謝る。
私はその顔を見て、可愛いなぁと思いながら、マモンちゃんに視線を送る。
「マモンちゃん。悪い事したら、めって言ったでしょ?」
「ごめんにゃー。許してにゃ~」
う、うーん。
マモンちゃんは、むしろ私を助けてくれていた側なんだけどなぁ。
ある意味マモンちゃんも被害者なのでは?
と、私は思ったのだけど、事の発端がマモンちゃんなので黙っておく。
って言うか、ルピナスちゃんは私がリリィに襲われていた時、笑い転げてたよね?
そんな事を思いながら、私はマルメロちゃんのいる方へ視線を向ける。
実は、マモンちゃんがルピナスちゃんに掴まってから、マルメロちゃんのパパのキューカンヴァさんが可哀想な事になっていた。
キューカンヴァさんは、マモンちゃんがルピナスちゃんに捕まって驚いていたのだけど、そこでマルメロちゃんに言われた一言がこちら。
「お父さんなんて大っ嫌いです!」
私はドワーフのお城でも同じような事があったなぁと思いながら、キューカンヴァさんに同情した。
マルメロちゃんに大嫌いと言われて以来、キューカンヴァさんはまるで魂が抜けたかのように、真っ白になって佇んでいる。
それで今は、ブーゲンビリアお姉さんがマルメロちゃんを宥めながら、キューカンヴァさんを励ましていた。
ブーゲンビリアお姉さんって、奴隷にされていたって聞いたけど、奴隷と言うよりマルメロちゃんのお姉さんって感じだよね。
3人を見て私がそんな事を考えていると、トンちゃんが口を滑らせる。
「ハニー、わかってるッスよね? ご主人は今、本当にやばいんスよ? ハニーだって、負担をかけたくないって言ってたじゃないッスか。ご主人に魔法を使わせる気ッスか?」
え?
私は驚いてリリィ達に視線を戻す。
「幼女先輩がやばいって、何かあったなの?」
スミレちゃんが目を点にして首を傾げ、リリィは表情を曇らせて俯く。
「そうね。わかってる……。本当にごめん」
知ってた……の?
そこで私は気が付く。
側で話を聞いていたルピナスちゃんも、リリィ同様に表情を曇らせて俯いていたのだ。
ルピナスちゃんも知ってたの?
ラテちゃんがルピナスちゃんの反応を見て、トンちゃんを睨む。
「トンペット。これはどういう事です?」
「あっ」
トンちゃんが口を両手で押さえるけど、もう遅い。
言ってしまった言葉は戻って来ないのだ。
「もしかして、トンペットが喋ったです?」
「違うわ。あの時から、ジャスミンが私に心配させない様に無理に笑顔を作って何でもないって言ってくれたあの時から、私は知っていたのよ」
リリィが表情を曇らせて言葉を続ける。
「あの時ね。私は服を取りに行ったでしょう? でも、本当は違うの。あの時私は、服を取りに行ったふりをして、全部聞いてたのよ」
リリィが私と目を合わせて、目を潤ませる。
「黙っていてごめんなさい。皆に話したのは私よ」
「そんな……リリィは悪くないよ。黙っていたのは、私の方なんだし……」
「でもね、ジャスミンお姉ちゃん。リリィお姉ちゃんがジャスミンお姉ちゃんの事をお話したのは、サガーチャお姉ちゃんが喋ったからなんだよ」
「え? サガーチャちゃんが?」
「うん」
「博士は全部お見通しだったんだぞ。主様を御神木に助けに行く前に、博士が皆に喋ったんだぞ。出来るだけ、主様の負担を減らす為に協力してほしいって、頼んでくれたんだぞ」
「そうだったんだ……」
「あ、あの、私には話が見えてこないなのよ。どういう事なのよ?」
スミレちゃんが慌てた様子で訊ねると、リリィがスミレちゃんに視線を向けて口を開く。
「そう言えば、アンタは捕まっていて知らなかったのよね。アンタだけ知らないって言うのも、何だか可哀想だし……ジャスミン」
リリィが私に目を合わすので、私はこくりと頷く。
こうして私は、今私に起きている精霊さんと契約を交わした事による副作用について、説明する事になった。




