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261 幼女も驚く汗を抑える画期的手段

「えーっと、本当に色々あったんだね」


 ルピナスちゃんとスミレちゃんをおトイレに案内して戻って来てから、私達がいない間に遅めの昼食タイムに突入していたリリィから何があったか聞いた私は、苦笑しながらそう答える。

 正直言って、想像以上に大変だったみたいで、私は冷や汗を流した。


 ワンちゃんのうんちの事件は解決していなくて、あくまでベルフェゴールの怠惰の能力の可能性ってだけなんだなぁ。

 でも、たしかにお話を聞く限りなら、多分間違いないよね。

 って言うか、ご飯も食べずに、私の事を心配して色々頑張ってくれてたんだね。

 なんだか申し訳ないのと同時に、凄く嬉しいなぁ。

 このお返しは、絶対今度返そう。


 私がリリィから話を聞き終わると、トンちゃんが首を傾げて呟く。


「そう言えば、あれだけ吹っ飛ばしても何度も戻って来たアブラムシが、今回は戻って来ないッスね」


「言われてみたら、そうなんだぞ」


「がお」


 能力のせいで直ぐに戻って来るんだっけ?

 そのせいでリリィが私に泣きついたんだよね?


「あんなキモ豚、戻って来なくて良いわよ。顔も見たくないわ」


「でもおかしいわよね? 何かあったのかしら?」


 ブーゲンビリアお姉さんが疑問を口にすると、リリィに正座をさせられて反省中のペアちゃんとアプリコットちゃんが答える。


「ソイ様は寝返ったので、マンゴスチン様に謹慎処分を受けてるわ」


「雪まで止められてしまって……おいたわしい」


 え? 雪?

 どう言う事?

 雪雲が無くなって晴れた事に関係あるの?


 私が首を傾げると、察したドリちゃんが私に視線を向けて口を開く。


「先程まで止む事の無かった雪は、ソイの為に降らされていたのじゃ」


「何よそれ? 雪が降って、あのキモ豚に何の得があるのよ?」


 うんうん。


 と、リリィの疑問に私も頷く。


「奴は極度の汗っかきでのう。常日頃から汗をかき続けているような男なのじゃ。それでマンゴスチンはベルゼビュートと同盟を結ぶ時に、息子のソイの為に雪を降らし続ける事を条件の一つとして出したのじゃ」


 え、えぇぇ……。

 嘘でしょう?

 だってそれ、要するにソイさんが汗をかかなくても言いように、マンゴスチンさんが雪を降らせて気温を下げてって頼んだって事でしょう?

 そんなおバカな理由で雪を降らせていたの?


 私があまりにもおバカな理由に驚いて困惑していると、トンちゃんが納得した様子で呟く。


「なんか納得っす。アブラムシと最初にあった港町では、汗が凄かったッスからね」


 た、たしかに。

 って言うかだよ。

 それよりも……。


 私はペアちゃんとアプリコットちゃんを見てから、ドリちゃんに真剣な面持ちで目を合わす。


「認識を阻害されて、本来そこにあるのに、わからないようにされている物って何があるの?」


「話しておいた方が良さそうじゃの」


 ドリちゃんは私の問いにそう呟くと、一度大きく息を吐き出して、言葉を続ける。


「ジャスミン様や里に住むエルフ達は皆、マンゴスチンの作り出した認識阻害の薬の影響下におるが、実際はそれだけではない。ベルフェゴールの使う能力の影響も受けておるのじゃ」


「ベルフェゴールの能力ッスか? 怠惰の能力ッスよね」


「うむ。その能力とマンゴスチンの作り出した認識阻害の薬が相性が良く、この事実を知る関係者以外は、誰もこの事に気付いておらぬ」


 うーん。

 たしかに結構やばいコンボだよね。

 ベルフェゴールの怠惰の能力って、精神的なものや記憶にまで効果があるみたいだし。


「ジャスミン様が疑問に感じたものを上げると、この里にある施設や建物、そして妾達がいるこの御神木内部の十一階に続く階段なども、認識を阻害されておる」


「え? 階段なんてあったんだ?」


「私も知りませんでした」


 私が驚くと、それに続いてマルメロちゃんも驚く。

 ドリちゃんは驚く私達に頷いてから、話を再開する。


「他にも、魔族が泊まっている宿舎も認識を阻害されておるな。里には二つ宿があるのじゃが、片方に魔族共が泊まっておるのじゃ」


「フルーレティ様達が何処にいるのかわからなかったけど、そこに泊まっていたなのね」


「先程も話したが、猫達も認識を阻害されておる。だが、この猫は元々エルフだった者だけでなく、中には魔族や精霊の森に迷い込んだ旅人や商人や盗賊なども含まれておるな」


「もしかして、サキュバスのお姉ちゃん達も猫ちゃんにされてるの?」


 ルピナスちゃんが訊ねると、ドリちゃんはこくりと頷く。


「そして、猫にされた者達は、ベルフェゴールの能力で記憶を怠惰させられ、己が猫でなかった時の記憶を忘れておるのじゃ。その結果、己が猫だと認識しておる故に、野良猫の様に人を避け行動する」


「だから、今まで私達も気がつかなかったのね」


 ドリちゃんの説明に、ブーゲンビリアお姉さんが納得した様子で呟いた。


「認識の阻害を受けているものは、この位じゃったかのう。と言っても、あくまで妾が知っている事だけじゃ。妾も知らぬ何かがあるやも知れん」


「それだけ分かれば十分よ。概ね、サガーチャの予想した通りってわけね」


「え? サガーチャちゃん?」


 私は驚いてリリィに視線を向ける。

 ドリちゃんも微笑して、リリィを見て口を開く。


「ほう。ドワーフの第一王女、あの娘は予想しておったのか?」


「ええ。その通りよ」


 リリィはそう答えると、私の目を見て話し出す。 


「サガーチャって、マンゴスチンと協力していたでしょう? その時にマンゴスチンの研究を色々知ったのは、ジャスミンも知っているでしょう?」


「うん」


「認識阻害用の薬の事も、その中に入っていたのよ。だから、あの子はその事に気がついて、私達に教えてくれたの」


「サガーチャ殿下って凄いわよね。ベルフェゴールの能力を知って、ここに、エルフの里には目に見えない真実が幾つもあるって予想していたもの」


 リリィの言葉に、ブーゲンビリアお姉さんが続けると、ルピナスちゃんもそこへ加わる。


「えっとね。サガーチャお姉ちゃんが、怪しいのは御神木とネコネコ編集部出張所を含めた建物だって言ってたんだよ」


「博士はドワーフだから、里に着いてから、ずっと目に見える魔力に違和感を感じていたらしいんだぞ」


「それに、ボク達がエルフの里に来るまでの間に、ベルフェゴールから能力を受けていた可能性が非常に高いって言ってたッスね」


 サガーチャちゃんって本当に凄いなぁ。

 そこまでわかってたなんて。


「そのベルフェゴールじゃが、その魔族の能力が少々厄介でのう。妾も対処に困っておるのじゃ」


「どういう事よ?」


 ドリちゃんが眉根を下げてため息混じりに呟くと、リリィが顔を顰めてドリちゃんを見て質問した。

 すると、ドリちゃんはリリィと目を合わせて答える。


「先程話題に出した魔族が降らす雪。これの対処に使っておるのじゃ」


「わかったです! ジャス、この里に着いた時に、無謀にも川に手をつっこんだおバカなジャスを思い出すです!」


「え?」


 って、どさくさにまぎれておバカって言わないで?


 私は里に到着した時の事を思い出して、ハッとなる。


「あ。川の中が凄く冷たかったのに、お魚さんが泳いでたよ? あの時、不思議だなって思ったの」


「それです。あれは、ベルフェゴールの能力で、魚達が冷たい川の水の温度を感じなくなっていたですよ」


「良く気付いたな。流石は地の精霊じゃ。本来この地では、雪が降らぬのじゃ。そんな所で雪を降らし続けたら、どうなるかは其方達にもわかるであろう? 最悪の結果を招かぬ為に、ベルフェゴールの能力であらゆる生物の体感温度などを怠惰させて、環境の影響を極力受けぬ様にしたのじゃ」


「ベルフェゴール小父さん優しいんだね」


 ルピナスちゃんが笑顔を向けてドリちゃんにそう言うと、ドリちゃんは眉根を下げて首を振った。


「そうでは無い。あれは、あくまでこの地に影響を出さずに、里に放った猫共を暮らしやすくする為なのじゃ」


 そんな……って、あれ?

 それって、猫ちゃん達の為だから、やっぱり優しいのでは?

 ……あ。

 でも、そもそも猫ちゃん達は、エルフだったりサキュバスさんだったりが変身させられた姿だから、優しいとは言えないのかな?

 う、うーん……よくわからなくなってきたよ。

 ベルフェゴールってニスロクさんだったんだよね?

 そう考えたら……。


 私はエルフの里までの、ニスロクさんと過ごした道中を思い出す。


 うん。

 やっぱり、良い人だと私は思うな。

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