259 幼女と大精霊は手を結ぶ
ドリちゃんから出た意外な言葉に、私は素直に驚いた。
ベルゼビュートさんからマルメロちゃん達を護る為だなんて、正直思っていなかったからだ。
そして、マルメロちゃんも護る為と言われた事に驚いていた。
「ベルゼビュート様はマンゴスチン様のご親友だと、私はお聞きしました。何故、ドリアード様はマンゴスチン様のご親友から、私達を護る必要があるのでしょうか?」
ご親友?
マンゴスチンさんとベルゼビュートさんは、やっぱり協力してるんだね。
私はマルメロちゃんの言葉で納得したのだけど、ドリちゃんが目を鋭くして否定する。
「親友……か。それは表面上の話じゃ。マンゴスチンとベルゼビュートは互いに牙をむいておる」
「そんな……」
「マルメロ、其方が信じられぬと思うのも無理もない。じゃが、それが事実じゃ。奴等は互いに仮面を被り己を偽り、利用し合っているに過ぎぬのだ」
ドリちゃんの言葉を聞いて、マルメロちゃんは顔を俯かせる。
と、そこでリリィがドリちゃんに訊ねる。
「アンタがベルゼビュートからこの子達を護っているのはわかったけど、ここに閉じ込める必要があるの? それに、ジャスミンまで閉じ込める必要なんてないじゃない。そこ等辺しっかり説明しなさいよ」
「うむ。リリーの言う通りじゃな」
ドリちゃんはリリィにそう答えると、私をチラリと見て微笑んだ。
「妾は一目ジャスミン様を見た時から、ジャスミン様を好いてしまったのじゃ。ジャスミン様をここに連れて来た理由は、それだけで十分じゃ」
十分じゃないと思うよ?
それ、立派な犯罪だからね?
「それなら仕方がないわね」
「仕方がないなのよ」
「そうね。仕方がないわ」
「仕方がなくないよ!」
何故か納得しているリリィとスミレちゃんとブーゲンビリアお姉さんに、私が大声を上げると、ルピナスちゃんがお腹を抱えて笑い出す。
私はため息を一つ吐き出して、ドリちゃんに視線を向ける。
「皆を閉じ込めてる理由はなんなの?」
すっかり言葉使いに何も言わなくなったドリちゃんに、私はいつもの口調で訊ねた。
すると、ドリちゃんは深刻な面持ちで語り出した。
「あれは、少し前の事じゃった。ベルゼビュートがニクスと言う名の鳥人を連れて来たのじゃ」
ニクスちゃん?
って事は、私達がサガーチャちゃん達ドワーフに会う前の話だ。
「そのニクスと言う鳥人は、魔族をも人の姿に変えてしまうという能力を持っておった。そして、その能力をマンゴスチンが調べたのじゃ。その結果、マンゴスチンがニクスと言う鳥人の能力と同じ効力を持つ魔法薬を、完成させてしまったのじゃ」
「ドリアード様、魔法薬ってそんな事も出来るんスか?」
「うむ。妾も当時は目を疑った。マンゴスチンは過去の失敗から、能力を複製する術を模索していた様じゃ」
過去の失敗?
「そして、マンゴスチンはその薬を、ベルゼビュートに同盟の証として譲ったのじゃ」
「もしかして、里のそこ等中にいた猫達って、元はエルフだったの?」
「だから、あんなにもいっぱいいたのね」
「猫ちゃんいっぱいだったもんね~」
え?
猫ちゃんがいっぱい?
そんなに猫ちゃんいたっけ?
私がリリィとブーゲンビリアお姉さんとルピナスちゃんの言葉で首を傾げていると、トンちゃんが私の肩の上に乗って説明する。
「原因がハッキリとわかってはいないッスけど、猫達の存在を認識する事を阻害されていたッス。だから、里中に大量にいる猫達が見えてなかったんスよ」
「そうだったんだ?」
認識を阻害かぁ。
何処かで聞いたような……?
「よくわかったのう。リリー、其方の申す通りじゃ。猫の中には、猫の姿に変えられたエルフも混ざっておる」
私は記憶を思い出そうとしたけど、ドリちゃんが話を続け出したので、とりあえず思い出すのを止めて話に集中する。
「ベルゼビュートは薬を使って、意に背く者を人に変え、ケット=シー共の能力で猫の姿に変えていったのじゃ。マンゴスチンはベルゼビュートの蛮行を知っても尚、奴との関係を保とうとしておる」
「そんな……」
私がショックを受けて呟くと、ドリちゃんはとても悲しそうな顔をして、私の頬に触れて優しく微笑んだ。
「ジャスミン様の気持ちは痛いほどわかる。マンゴスチンは同族を売ると言う非道に走ったのじゃ。これは許される事では無い」
「ドリちゃん」
私は私の頬に触れるドリちゃんの手に、そっと手を添える。
そして、私は力強く言葉を紡ぐ。
「私、ドリちゃんの力になるよ! ベルゼビュートさんから、エルフの皆を護る!」
ドリちゃんは私の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑んだ。
「うむ。共にベルゼビュートからエルフの女子達を護ろう」
「う……ん? おなご?」
「憎きベルゼビュートの好きにはさせぬ。犬の姿に変えるなら救いはあった。じゃが、猫の姿など許してはおけぬ!」
い、犬?
あれ?
えーと……どうしよう?
嫌な予感がするよ?
うん。
落ち着け私。
いつも通り。
そう。
いつも通り、しっかりとお話を聞こう。
「えっと、あのね? エルフの皆を猫ちゃんにさせない為に、皆を御神木に匿ってるんだよね?」
「うむ。妾はエルフの女子を猫にされぬ為に、ここへ連れて来ておるのじゃ。マンゴスチンも、息子の嫁になる為に花嫁修業をしている女子を、犠牲者にしようなどと考えぬのでな」
「男の子は?」
「男など、勝手に猫にで何でもなれば良い。男と言うだけで汚らわしい。猫になった方が良いじゃろう?」
良くないよ?
えーと、愚問だけど一応聞いてみよう……。
「もし、猫ちゃんじゃなくてワンちゃんに姿を変えられていたら?」
「無論、何も問題ないのぅ」
……うん。
要するにだよ。
ドリちゃんはエルフを護るのではなく、女の子限定で護っている。
そして、これはどうでも良い事なのだけど、ドリちゃんは犬派らしい。
私は残念な真実に気がついて、リリィが開けた風穴に視線を向けて、外の景色を眺めた。
良い天気だなぁ。
すっかり空が晴れてるよ。
……え?
空が晴れてる?
私は自分の目を疑った。
晴れる事なく雪雲に覆われ続けていたエルフの里は、何故か晴れていて青空が広がっていたのだ。
私が目に映る青空に驚いていると、突然リリィが妙な事を言い出した。
「だいたい事情はわかったわ。マルメロだったかしら? アンタ達も災難よね。そう言えば、マルメロ以外の三人の名前を聞いてなかったわね。教えてもらえないかしら?」
え?
マルメロちゃん以外の……3人?
私がそう疑問に思った瞬間だった。
私の目の前に突然火の玉が現れて、ドリちゃんが私の前に立ち、それを扇子で弾く。
そしてその時、まるで今までそこにいたかのように、3人のエルフの女の子が姿を現した。
その3人は記憶に新しい見覚えのある女の子達。
髪がショートボブの女の子と、髪がセミロングの女の子と、髪がミディアムでゆるふわヘアーの女の子。
そう。
3人とも、マルメロちゃんを苛めようとしていた女の子だ。
私が3人に驚いて視線を向けると、ミディアムでゆるふわヘアーの女の子が舌打ちをして大声を上げた。
「認識阻害の薬の効果が切れたの!? まあいいわ! ペア、アプリコット! ここは二人に任せたわよ! 私はマンゴスチン様に報告に行くわ!」
「はいは~い。チェスナト」
「やっと暴れられるの? 待ちわびちゃった」
え? 何?
どういう事?
私が驚いて困惑している間に、チェスナトと呼ばれた髪がミディアムでゆるふわヘアーの女の子が、リリィが開けた風穴から外に出て行ってしまった。
そしてそれを追わせないかのように、ペアと呼ばれた髪がショートボブの女の子と、アプリコットと呼ばれた髪がセミロングの女の子が立ちふさがる。
「二人とも、どうして!?」
マルメロちゃんが叫ぶと、2人はマルメロちゃんを鋭く睨み殺気を放つ。
「どうしてだあ? それはこっちのセリフだよマルメロ。アンタ、マンゴスチン様に逆らうつもり?」
「優等生も地に落ちたって事でしょ? それより、この優等生ちゃんは殺しても良いってマンゴスチン様に言われてるんだし、さっさと殺っちゃおうよ」
正直、何がなんだか思考が追いつかなくて、私にはよくわからない。
だけど、マルメロちゃんを殺して良いわけがない事くらいは私にだってわかる。
私はマルメロちゃんの前に立つ。
「そんな事、絶対にさせないよ!」




