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251 百合の雫が零れ落ちる

 私はジャスミンにもうすぐで会えるのだと嬉しくなって、ウキウキ気分で御神木まで辿り着く。

 しかし、そんな天まで高く伸びる様な喜びに満ちた私の感情は、御神木で待っていた男によって地のどん底まで落とされてしまった。

 私は天国から地獄に落とされた様な気分を味わいながら、全身から寒気と鳥肌が立つのを感じて、スミレの肩を揺らす。


「どういう事よ!? 何でアイツがここにいるのよ!?」


「ど、どうしたなのよ? あのエルフが御神木の出入口を教えてくれるって、言ってくれたなのよ」


 気付くべきだったと、この時の私は後悔した。

 御神木に到着して私の目の前に現れた男は、マンゴスチンの息子のソイことキモ豚だったのだ。

 よく考えてみれば、御神木に自由に出入り出来るなんて情報を知っているのは、ごく一部の限られたエルフだけだ。

 そしてそれは、今私の目の前に現れたキモ豚の可能性が極めて高かった。

 それだと言うのに、私はジャスミンに後少しで会えるという喜びに思考が停止して、そんな簡単な事も気がつかなかったのだ。

 とは言え、そもそも私を陥れた馬鹿には、一言言ってやらないと気がすまない。


「馬鹿じゃないのアンタ!?」


 私は大声でスミレを怒鳴りつけた。


 最悪だわ!

 何でここでキモ豚と会わなきゃなんないのよ!?


「悪夢再びッス」


「リリさんがピンチなんだぞ!」


「がお……」


「す、スミレさん。あの人はね」


「リリィお姉ちゃんが好きなんだって」


「会いたかったよ。リリちゃーん!」


「ぎゃーっ! こっちに来るなー!」


 私はスミレの後ろに隠れてキモ豚を睨み威嚇する。


「もしかして、私はとんでもない奴に道案内をさせようとしていたなの?」


「その通りよ! 馬鹿!」


 キモ豚が私との距離を縮める為に、ゆっくりと歩き出す。


「聞いてくれよリリちゃん。ドリアードの奴に文句を言いに行ったら、リリちゃんとオぺ子ちゃんは知り合いだって言ってたんだ。それは本当なのかい?」


「そんなのアンタには関係ないでしょ!」


「関係あるよ。もし本当だったら、オぺ子ちゃんは俺の愛人には役不足なんだ。やっぱり、愛人に選ぶなら、リリちゃんが嫉妬しちゃうような子じゃなきゃ成り立たないだろ?」


「馬鹿なんじゃないの!? 私がアンタに嫉妬なんてしてあげるわけないでしょ!」


 私が怒鳴りつけると、キモ豚が気持ち悪い笑みを浮かべて立ち止まる。


「リリちゃんは本当にツンデレさんだな。可愛すぎてペロペロしてあげたいよ」


 私は全身に鳥肌を感じて、ぶるっと震える。


「……リリィ、こいつ気持ち悪いなのよ! とんでもなく犯罪者の臭いしかしないなのよ!」


「だから馬鹿じゃないのアンタって、さっきから言ってるでしょうが!」


「すまないなのよ! 本当に私が馬鹿だったなのよ!」


 私とスミレが抱き付き合って震えだす。

 すると、それを見たオークがスミレを睨みだした。


「おいババア! 俺の天使に抱き付いてるんじゃないぞ! 今すぐそこをルピナスちゃんと代われ! ルピナスちゃんならまだ見栄えが良い!」


「ちょっと貴方! 女性に対して失礼だと思わないの!? スミレさんに謝りなさいよ!」


 ビリアが眉根を上げて前に出て、キモ豚を睨みつける。


「誰かと思ったら、奴隷のババアか。これだからババアはヒスを起こして目も当てらんねーぜ」


「何ですって!? いい加減に――」


「待つなのよ! 悔しいけれど、その気持ちの悪い男の言う通りなのよ。リリィとルピナスちゃんが抱き付いた方が、最高な展開なのよ!」


「スミレさん、貴女はそれで良いの?」


「どうやら、そっちのババアは自分の身をわきまえてるようだな。さあ、ルピナスちゃん。早くリリちゃんと抱き合うんだ!」


 キモ豚がルピナスちゃんに視線を向ける。

 しかし、ルピナスちゃんはキモ豚を無視して、耳をピクピクと動かして私を見た。


「リリィお姉ちゃん。ジャスミンお姉ちゃんの声が聞こえるよ」


「本当!?」


「うん」


 私はルピナスちゃんに駆け寄る。

 すると、キモ豚が急に態度を変えて、眉根を上げた。


「ジャスミンだと? あの偽物幼女の名前を口にしちゃいけないなあ」


「偽物幼女?」


 私がキモ豚に顔を向けて聞き返すと、キモ豚は哀れむ様な目を私に向けた。


「前世が男だった様な糞みたいな奴だ。偽物幼女と呼ぶにふさわしいだろ? 本当に気持ちの悪い存在だ。里の連中の何人かには人気があるみたいだけど、あんな糞みたいな気持ちの悪い奴の何処が良いのか俺にはわからんね。本当に吐き気がする」


 この時、私の中にあったキモ豚へ対する恐怖心が何処かへ消え去った。


「豚の分際でぶーぶーぶーぶーと煩いわね。今すぐ挽き肉にして二度と喋れないようにしてやるわ」


「ああ、可哀想なリリちゃん。あんな気持ちの悪い偽物幼女に騙されているんだね? 俺が君の目を覚まさせてあげ――るべえっっ……!」


 キモ豚の言葉を最後まで聞く必要は無い。

 私はキモ豚を力の限り全力で蹴り飛ばす。

 キモ豚は無様な悲鳴を上げて瞬く間に吹っ飛んでいった。


「ハニーのおかげで気持ちが少しスカッとしたッス」


「主様の悪口を言うなんて、許せないんだぞ!」


「ジャチュ、わるくいっちゃだめ!」


「全くなのよ。あの糞野郎、出来ればもっと苦しめたかったなのよ」


「それは悪い事したわね。ところで、スミレに頼みたいのだけど、アンタの能力でジャスミンの居場所がわからないかしら?」


 実は御神木の中にジャスミンがいるとわかった時点で、私が考えていた事だ。

 スミレの能力は、障害物を全て無視してパンツを見る事が出来る能力。

 その能力があれば、ジャスミンの位置がわかるはずだと考えていた。


「やってみるなのよ」


 そう言って、スミレは御神木に視線を向けた。

 私もスミレに触れて、御神木の中のジャスミンを一緒に捜し始める。


 あら?

 スミレの能力、前より進化してない?


 私がそう感じたのは、今までと違い、パンツだけでなく穿いている人物も見えたからだ。

 今までの能力はあくまでもパンツを見る為だけの能力で、人体などを、障害物を透かして見る事が出来なかったからだ。


 これって、覚醒ってやつなんじゃないの?


 と、私が考えていたその時だ。

 私の背後から気持ちの悪い声が聞こえてきた。


「酷いじゃないかリリちゃ~ん」


 私はその声に驚いて後ろに振り向く。

 するとそこには、今さっき蹴り飛ばしたばかりのキモ豚の姿があった。


「え!?」


 後ろに振り向いたとほぼ同時だった。

 キモ豚は私に向かってジャンプして跳びついて来て、私はキモ豚に抱き付かれそうになり、急いで距離をとろうと後ろに下がる。

 しかし、振り向くのが少し遅れてしまったせいで、キモ豚は私の足にしがみついてしまった。


 その瞬間、怒りで忘れてしまっていた拒絶反応が再び動き出す。

 全身に再び鳥肌が走り、背筋に凍るような悪寒を感じて私は叫ぶ。


「ぎゃーっ!」


 私が叫んだ直後、スミレが私の手を掴んで、御神木の上の方に向かって指をさす。


「見つけたなのよ! あそこに幼女先輩がいるなのよ!」


「もう離さないよリリちゃん! 俺達の愛は永遠だ!」


「ハニーから離れろッスー!」


「リリさんがピンチなんだぞ!」


「がおー!」


「ソイくん、リリィお姉ちゃんが嫌がってるでしょー!?」


「ルピナスちゃんの言う通りよ! その手を離しなさい!」


 皆が必死になって、私からキモ豚を剥がそうとする。


 あそこにジャスミンがいる!

 あそこにジャスミンがいる!

 あそこにジャスミンがいる!


 私は呪文を唱える様に何度も自分に言い聞かせて、スミレの指をさした方向を見て、信じられないものを目にしてしまう。

 それは、パンツ姿のジャスミンに、ドリアードが抱き付いている姿だった。

 私は何か糸が切れる様な感覚を覚え、キモ豚を足にくっつけたまま、勢いよくスミレが指をさした方向へと跳躍して叫ぶ。


「くぉらーっ! 私のジャスミンに抱き付いてんじゃないわよーっ!」


 私は叫ぶと、御神木の木の幹を粉砕して中に飛び込んだ。

 そして、私は何よりも大切なジャスミンと、やっと再会を果たす事が出来た。

 私はジャスミンの姿を見て、自然と笑みが零れだす。


 しかし、再会を喜んでばかりもいられない。

 私はジャスミンに話しかけながら、上着を一枚脱いで、パンツ一枚のジャスミンに着せてあげる。


「助けに来たわよ! ジャスミン!」


「リリィ、ありが……え?」 


 当然ではあった。

 直ぐにジャスミンも、私の足にしがみつく気持ち悪いキモ豚に気が付いた。

 コイツさえいなければ、私は我を忘れてジャスミンに飛びついていた事だろう。


「あ、あのね? リリィ、足になんかついてるよ?」


 きっと誰よりも優しいジャスミンの顔を見る事で、安心して気が緩んでしまったせいだろう。

 私はこのキモ豚のせいで起きた今までの苦労を思い出して、段々と涙が溢れてきた。

 そして、私はついにその感情に耐えきれずに、自然と弱音を吐くのだった。


「ジャスミン、助けてー」

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