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249 百合は小さな光を見つけ出す

「ただいま。リリィくんの読み通り、ソイはネコネコ編集部出張所の建物の外にいたよ」


「はあ。やっぱりいたのね」


 私は大きなため息を吐き出して、ぐったりと項垂れる。


 私がキモ豚のソイと会ってから、今は随分と時間が経っていた。

 あれから私は何度か宿の外に出て、ネコネコ編集部出張所に行こうとしたのだけど、その度にキモ豚が私を邪魔していた。

 私はその度に色々と逃走方法を変えて宿屋に逃げ込んでいたのだけど、流石に体力も精神も疲れてしまい、サガーチャに頼んで代わりにスミレの様子を見に行ってくれないかとお願いしたのだ。

 サガーチャも流石に事情が事情だけに、作業を一旦休止にして私の頼みを聞いてくれて、今戻って来た所だ。


「あの男とは何度も顔を合わせているけれど、あんなに気持ち悪い男だとは思わなかったよ」


 サガーチャは椅子に腰かけて、大きく息を吐き出した。


「それと、リリィくん。この宿に泊まっている事は、既に知られている様だよ。隠れても意味が無いみたいだ」


「嘘でしょう?」


 私は背筋に寒気を感じて、布団にくるまる。

 私が布団にくるまると、ルピナスちゃんが私を心配して、私の頭を撫で始めた。


「やばいッスね。かつてないピンチッスよ」


「リリさんがここまで怯えるなんて、今まで無かったんだぞ」


「リリ、だいじょうぶ?」


「大丈夫じゃないわ。何で居場所が知られちゃってるのよ?」


 私が落ち込みながら話すと、サガーチャが苦笑して答える。


「その件に関しては考えるまでもなく、当たり前だったんだ。この里に着いてからの私達の行動は、プルソンやケット=シー達のおかげで筒抜けだったろう? そしてニスロク……ベルフェゴールまで里に来る前から私達と行動していた事を考えると、ここに泊まっている事くらいわかるだろう。まあ、ソイが宿屋まで来ない理由は、男は待ち合わせ場所で待つものだからと言っていたよ。彼にとって、初めて君と出会ったあの場所で、君と待ち合わせている事になっている様だね」


 迷惑極まりない話に、私が顔を青ざめさせていると、ビリアが顔を顰めて呟く。


「ニスロクさんがベルフェゴールだったのよね? ずっと考えていたのだけど、私はベルフェゴールを見た事があるのに、何で今まで気がつかなかったのかしら?」


「そうだね……。ベルフェゴールの持つ能力に関係あるかもしれない」


「怠惰させる能力ってやつッスか? 力が抜ける効果だったッスよ?」


 ドゥーウィンがそう答えると、サガーチャが微笑して立ち上がった。


「実はね。それに答えられる助っ人を連れて来たんだ」


「助っ人?」


 私達は首を傾げて、立ち上がったサガーチャに注目する。

 すると、サガーチャは丸いボールを取り出して、それを目の前に転がした。


「サルガタナスの能力を参考に作った私の新作だ。何処で誰に見られているかわからないからね。念の為、こいつを使ったんだ」


 サガーチャが説明をし終えると、ボールから煙が立ち上がり、煙の中から前髪がポンパの白い和服姿の女の子が現れ――いや違った。

 煙の中から現れたのは、なんとオぺ子ちゃんだった。


「お、オぺ子ちゃん!?」


「やあ。リリィ久しぶり。それにビリアさんも、無事そうで良かったよ」


「え、ええ。そうね。お互い無事で良かったわ。でも、オぺ子ちゃんがどうしてサガーチャ殿下と一緒に?」


 ビリアが驚きながらもオぺ子ちゃんに訊ねると、サガーチャが再び腰を下ろして口を開く。


「それには私がお答えしよう。実は私がスミレくんの様子を見に行った帰り道、リリィくんに合わせろと、ソイがしつこくつきまとって来たんだ」


 サガーチャは話ながら、オぺ子ちゃんに椅子に腰かけるように手で誘導して、オぺ子ちゃんが椅子に腰を下ろす。


「そんな時、オぺ子くんが現れて、ソイを追い払ってくれたんだよ。それで私はオぺ子くんとソイとの関係が気になって、二人の関係を思い切って訊ねてみたんだ。そうしたら、ジャスミンくんが助けようとしていたオぺ子くんだと気がついて、ここまで連れて来たんだ」


「あ。追い払ったって言っても、僕を見たソイさんが怒って、能力を使って消えちゃっただけなんだけどね。多分、ドリアード様に抗議しに行ったんじゃないかな?」


 サガーチャの言葉にオぺ子ちゃんが補足したが、私を含め、ここにいる全員が理解出来ない。


「つ、つまり、どういう事ッスか?」


「つまり、オぺ子くんは御神木の中から来たって事だよ」


「御神木の中から? それって、もしかしてジャスミンが今閉じ込められている場所なんじゃないの!?」


 私がくるまっていた布団を勢いよく投げ捨てて、声を上げてオぺ子ちゃんに迫ると、オぺ子ちゃんは苦笑しながら答える。


「そうだよ。僕はドリアード様に頼まれて、事件を解決しに来たんだ」


「事件ッスか?」


「うん。里で起きている、朝起きると犬の糞が枕元にある事件だよ。それを解決すれば、ジャスミンを外に出してあげられるんだ」


「主様を外に出して貰えるのか!?」


「私もここに来る途中で話を聞いていたんだけど、どうやら、ジャスミンくんとオぺ子くんは立場が逆転してしまったらしいね」


 サガーチャはそう言って、愉快そうに笑いだした。


「ご主人……なんと言うか、相変わらずッスね」


「そうね。ジャスミンちゃんって、いつも気が付くと被害者側にまわっているのよね」


 ドゥーウィンが呆れた様な顔をして、ビリアは苦笑する。


「さて、そろそろ話を戻そう。オぺ子くん、ベルフェゴールの能力について、知っている事を教えてもらえるかい?」


「もちろんだよ」


 オぺ子ちゃんは返事をすると、真剣な面持ちになる。


「ベルフェゴールの能力、怠惰の能力は、あらゆる現象を怠惰させる能力なんだ」


「あらゆる現象?」


「うん」


 私が訊ねると、オぺ子ちゃんは頷いて言葉を続ける。


「それは、人の持つ感情だったり、肌で感じる感触や温度だったり、目に見える視界だったり、記憶すらも怠惰させられるんだ。それに物質にも効果があるんだよ。例えば、石の強度を怠惰させて、柔らかくする事も出来るよ」


 オぺ子ちゃんの言葉に、私達全員が驚愕し耳を疑った。

 ドゥーウィンがオぺ子ちゃんの目の前まで飛んで行き、眉根を下げて訊ねる。


「色々と気になる所が多いッスね。僕っ子、その中の記憶を怠惰させるって、どういう意味ッスか?」


「例えば、記憶力を怠惰……要は低下だね。それで一度出会った人と再会した時に、初めて出会った様に錯覚させる事が出来るんだよ」


 それを聞いたビリアがボソリと呟く。


「だから、私はベルフェゴールとニスロクさんが同一人物だって事に、気がつかなかったのね」


「そうでしょうね」


 私はビリアの呟きに頷いた。


「マモンの強欲の能力に続いて、ベルフェゴールの怠惰の能力か……。魔族って言うのは、随分と厄介な能力を持っているね」


 確かに厄介ね。

 欲望を膨らませて暴走させるマモンと、あらゆるものを怠けさせて失わせるベルフェゴール。


 そこまで考えた時、私は一つの可能性を思いつく。


「ねえ? もしかして、ベルフェゴールの能力が、犬の糞の事件の真相なんじゃない?」


「え? リリィ、どうしてそう思ったの?」


 オぺ子ちゃんが驚いて私に視線を向ける。


「ここの住人って、基本は皆犬を飼っているんでしょう? なら、その犬に能力を使って、散歩まで我慢出来なくしちゃえばいいのよ」


「そうか。たしかにそうなのかもしれない」


 と、オぺ子ちゃんが呟く。

 するとその時、部屋の扉を誰かがトントンと叩く。


「だ、誰ッスか? まさか、アブラムシッスか!?」


「ちょっと、嫌な事言わないでよ!」


 私がドゥーウィンの言葉に身を震わせると、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「私だ。フルーレティだ」


 フルーレティ?


「私を監視していたベルフェゴールが、突然消息不明になったと聞いたんだ。確認しておきたい事があるのだけど、開けてもらえないか?」


 ジャスミンと精霊の集落に行った時に、協力すると言っていた事を思い出し、私は扉を開けて良いか皆に確認をとって扉を開ける。


「ありがとう。確認したい事の前に、まずは私の能力について手短に話すよ」


 フルーレティは部屋に入ると、そう言って今も尚降り続ける雪の能力について説明を始める。

 それは、念じれば雪を強く降らす事も止ます事も出来る事と、積もった雪を一瞬で消す事も出来るというものだった。

 フルーレティはベルフェゴールがいなくなった事で、私達が倒したのではと考えて確認しに来たらしく、もしそうなら雪を消すつもりだったらしい。

 それが確認したい事だったようだ。

 結局は倒したわけでは無かったので、事情を聞いたフルーレティは、いつ戻って来るかもわからないと判断して、慌てて直ぐに部屋を出て行った。

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