247 百合に這い寄るアブラムシ
私がベルフェゴールと呼ばれたニスロクと目を合わせ驚いていると、ニスロクが大きなため息を吐き出した。
そして、私とルピナスちゃんを見た後に、オークに冷たい視線を向ける。
「オーク、貴方は私と同じベルゼビュート様直属の配下であるにもかかわらず、随分と面倒事を起こしてくれましたね」
ベルゼビュート直属?
このオークが?
「え? ベルゼビュート様の? ベルフェゴールさんもそうだったんですか?」
オークが驚いて訊ねると、ニスロクが顔を顰めて、また大きなため息を吐き出して呟く。
「なんと言う愚問。ベルゼビュート様の苦労を心中お察ししますよ。どうりで抹殺対象を殺しもせずに、仲良く一緒にお喋りしているわけでございますか」
「ニスロク、アンタが本当にベルフェゴールなわけ?」
「もう隠しても無駄でしょうから、お答えしましょう。その質問はイエスでございます」
「ただのコックってわけでは無かったってわけね。まんまと騙されたわ」
「それなら、ニスロクさんにベルゼビュートの居場所を聞けば良いんだぞ」
「がお」
プリュとラヴがベルフェゴールに近づこうと歩み始める。
すると、ベルフェゴールが二人に向けて手をかざして、直径十センチ程の大きさの黒い炎の玉を放った。
「わっ!」
「がお!」
二人は慌ててそれを避けて、私の所まで大急ぎで逃げて、私にしがみつく。
「お前達と慣れ合うつもりはありません。おままごとは終わりでございます」
ベルフェゴールは間違いなく私達の敵であると、私は確信する。
私はベルフェゴールを睨みつけ、ベルフェゴールも私に向けて殺気を放った。
「ハニー、どうするッスか?」
「どうせいつかは戦わないといかないのだから、ここで始末するわ」
私がドゥーウィンに答えると、ルピナスちゃんが私の腕を掴んだ。
「待って? リリィお姉ちゃん。ベルフェゴール小父さんは本当は凄く良い人なんだよ」
「ルピナスちゃん?」
ルピナスちゃんは私の腕を離して、私の前に立ってベルフェゴールに目を合わせて両手を広げた。
「ベルフェゴール小父さん。喧嘩はしないで!?」
ベルフェゴールが大きくため息を吐き出して、ルピナスちゃんに冷たい目を向ける。
「何か勘違いをしているようですが、私はあくまで命令に従って貴方の相手をしていただけ。私に命令を下せるのは、この世でたった一人。ベルゼビュート様のみでございます」
ベルフェゴールがルピナスちゃんに一瞬で近づき、拳を振り上げる。
「思い上がるのもその辺にしてもらいましょうか!」
私は瞬時にルピナスちゃんの前に立ち、ベルフェゴールの拳を受け止める。
「私に触れたな?」
「だからなんだっての……よ?」
突然、全身からくるダルさが私を襲う。
「何よ……これ?」
「リリィお姉ちゃん?」
私は何故か力が入らなくなり、その場に力無く座り込む。
その様子を見たベルフェゴールが、私を見下ろして微笑する。
「ドワーフ共の鉱山街からエルフの里までの間、今まで貴女の戦いを見て来ましたが、やはり私の能力の前では無力な様ですね」
「アンタの……能力?」
「そうです。私の能力は怠惰の能力。触れてしまえば、生物であろうが物質であろうが、あらゆるものを怠惰させる事が出来る能力でございます」
あらゆるものを怠惰?
マモンの時と言い、今までの魔族とは全然タイプが違うわね。
こんな事考えたくもないけど、流石にきついわね。
一向に立ち上がる事の出来ない私を見て、ドゥーウィン達が騒ぎ出す。
「これって、結構やばくないッスか!?」
「やばいんだぞ!」
「ルピ、にげて。わたち、リリをまもる」
「そんな事出来ないよ。私もリリィお姉ちゃんを護る!」
「アンタ達駄目よ! 逃げなさい!」
私は焦った。
ジャスミンと今まで旅をしてきて、それなりに危ない場面はあったと思うけれど、ここまで危険な状況は今まで無かった。
どんな厳しい状況でも、ジャスミンがいれば私は無限に力が湧いていた。
だけど、今はジャスミンがいない。
正直な話、私にはそれが一番堪えていた。
だからこそ、力が出なくなったこの状況を打破出来るビジョンが、私には見えてこない。
「べ、ベルフェゴールさん! 待って下さい! 事情はオラにはわかりませ――ぶぁっ!」
オークが私を助けようとして、ベルフェゴールに殴られ顔を地面に叩きつけられる。
「馬鹿! 何やってんのよ!」
私が声を上げるも、オークからの返事は返って来ない。
オークは地面に顔を叩きつけられたまま倒れ、気絶してしまった。
「ベルゼビュート様の考えも理解出来ぬまま、私に意見を言うなど、恥を知りなさい。ベルゼビュート様から与えられた任務を携わっていなければ、この場で殺していましたよ」
ベルフェゴールは手を掃い、私に視線を向けた。
「さて、ベルゼビュート様の為にも、ここで死んで頂きます」
「駄目!」
「ハニーは殺させないッスよ!」
「させないんだぞ!」
「がお!」
「アンタ達やめなさい!」
私の目の前に出て、私を庇うように立つルピナスちゃん達に向けて私は叫ぶ。
その時、ベルフェゴールの背後から、脂っぽいボサボサ髪の大きな太った男が現れた。
「よお。ベルフェゴール、何してんだ?」
仲間!?
こんな時に!
「これはこれはソイ坊ちゃん。私は憎き魔性の幼女の仲間の始末をしている所です。ソイ坊ちゃんこそ、この様な所に何の御用でございますか?」
ソイ坊ちゃん?
なら、こいつがマンゴスチンの息子?
あら?
こいつの顔、何処かで……。
「俺は気分転換にって、何? 魔性の幼女の仲間?」
そう言って、ソイが私達に視線を向ける。
そして、ソイはルピナスちゃんと目を合わせた。
「おい! ルピナスちゃんがいるじゃねーかよ! 始末ってどうい――」
と、そこまでソイは喋ると、チラリと一瞬だけ私と目が合う。
いいや。
一瞬では無い。
直ぐに私から視線を逸らしたかと思うと、ソイが私を五度見ぐらいしだした。
「俺は夢でも見ているのか? ツルっとパイけつ魔女っ娘ジャスたん第六十六話から登場したライバルキャラの、ユリーちゃんのモデルになったリリィ=アイビーちゃんがいるぞ? あ、そうか! だからキューカンヴァの奴がサインなんて持ってたのか!」
「ソイ坊ちゃん、この者をご存知で? この女は子供と言えど、ソイ坊ちゃん達エルフの平和を脅かす悪者でございます。私が今始末しま――」
「馬鹿野郎ーっ!」
ベルフェゴールが話している途中で、ソイがベルフェゴールを殴り、ベルフェゴールが殴られた瞬間に消えてしまった。
私はもちろん、それを見ていた私達全員が驚いて、ソイを凝視した。
すると、ソイが私に振り向いて両手を広げる。
「もう大丈夫だよ! 無能な馬鹿は俺の能力で飛ばしてやったぜ!」
能力?
そう言えば、ソイの能力がワープの能力みたいな事を、ビリアが言っていたわね。
「君を見て気が付いたよ! 俺は君と出会う為に今まで童貞であった事に!」
「は? アンタ何言ってんの?」
「俺と君は運命の赤い糸で繋がっているんだよ!」
本当に何言ってんのこいつ?
「なんか随分と濃いのが出て来たッスね」
「リリさんとあの人は赤い糸で繋がってるのか?」
「がお?」
「私も最初ソイくんと会った時に言われたよ」
「それ、ただの浮気性のクズなアブラムシじゃないッスか」
私の側でドゥーウィン達が、ソイに注目しながら話していると、ソイがゆっくりと私に向かって歩き出す。
「俺と運命の赤い糸で繋がったマイエンジェル! リリちゃん。さあ、結婚しよう!」
ソイがニヤァっと薄気味悪い笑みを浮かべて、私に告白した。
この時、私は全身に鳥肌が立つのを感じて背筋にも悪寒が走り、ぶるっと身を震わせた。




