245 百合も肥料に困らされる
馬車小屋までやって来て、サガーチャとビリアを見つけた私は、二人の様子を見て顔を訝しめる。
何があったのかは知らないが、二人は言い争っていたのだ。
あの子達は……いた。
私は周囲を見回して、プリュとラヴを見つけた。
二人は近くにあった椅子の上に座って、言い争うサガーチャとビリアを眺めている。
私がプリュとラヴに近づくと、プリュとラヴが私に気が付いた。
「あ。リリさん」
「リリ」
「あの二人、何を言い争ってるの?」
私が話しかけると、二人は眉根を下げて答える。
「ドゥーウィンの事とかを話したら、博士が言ったんだぞ。発明を続けるから、そっちはそっちで頑張れって。それで、ビリアさんが博士に怒ったんだぞ」
「ビリ、プンプン」
「それからビリアさんが、手伝うからさっさと終わらせてって言い出して、二人で何か始めちゃったんだぞ」
私は言われて再びサガーチャとビリアに視線を向ける。
確かに、言い争ってはいるけれど、喧嘩と言うよりは意見の出し合いの様にも見える。
「だから、ビリアくん。君の言い分もわかると言っているだろう? だけど、そんな素人の判断で、これは完成させられないのだよ」
「いいえ。サガーチャ殿下は何もわかって無いわ。こういう時こそ、素人の声に耳を傾けて、新しい発見の可能性を考えるべきだと思うわ。そう言うわけだから、ここにはもやしでは無く、魔法薬での使用が多いこの人参を入れるべきよ」
もやし? 人参?
あの二人、料理でも作ってるの?
呑気なものね。
仕方がない。
放っておきましょ。
私はサガーチャとビリアのよくわからない言い争いを聞いて、放置しようと判断して、プリュとラヴだけにドゥーウィンとルピナスちゃんから聞いた事を説明する。
説明を終えると、私はサガーチャとビリアを放置して、ルピナスちゃんを連れて精霊達と一緒に馬車小屋を出た。
小屋を出ると、まずはスミレが捕まっている場所へと向かう。
そして向かう途中で、ルピナスちゃんからスミレが捕まるに至った経緯を詳しく聞く。
「スミレお姉ちゃんとマンゴスチンお婆ちゃんのお家まで行ったんだけど、誰もいなかったの。だから、スミレお姉ちゃんと、誰か帰って来ないか少しだけ待ってたんだよ」
ルピナスちゃんがそう言うと、私の腕にしがみついているプリュがルピナスちゃんに質問する。
「誰か帰って来てから、スミレさんが捕まったのか?」
「ううん。結局誰も帰って来なかったの。だから最初は待ってたんだけど、私とスミレお姉ちゃんもトンちゃんの事が心配だったから、直ぐに宿屋に戻ろうって話したの」
「そうだったッスか。心配かけたッスね。ありがとうッス」
「うん」
ルピナスちゃんがドゥーウィンに笑顔で頷く。
「それでね、宿屋に戻る途中で、スミレお姉ちゃんが急に立ち止まったの」
ルピナスちゃんが珍しく真剣な面持ちをする。
「がお?」
「私がどうしたのかなって思ったら、スミレお姉ちゃんが、ワンちゃんの散歩をしていた私より年下くらいの女の子を指さして言ったの。あの子のパンツは縞パンだって」
「バカッスか?」
「縞パンの意味がわからなかったけど、その途端に、突然たくさんの大人の人に囲まれたんだよ。それでスミレお姉ちゃんが捕まっちゃったんだ~」
「が、がお」
「それは捕まって当然ッスね」
「そうなのか? アタシにはよくわからないんだぞ?」
「プリュ、確かにアナタにはまだ早いかもしれないわね。しかしそうね。ドゥーウィンの言う通りだわ。公衆の面前で、女の子のパンツの柄を言うなんて……。せめて女の子の許可を得るべきだわ」
「それもどうなんスか?」
「なるほどなんだぞ。確かに、本人の許可は必要だぞ」
「がお?」
「それで、何でそこから、神隠しと犬の糞の事件の犯人にされてしまったの?」
私がそう話を戻すと、ルピナスちゃんは真剣な面持ちで答える。
「その女の子のお家も、ワンちゃんのうんちが枕元にあった事件の被害にあっていたんだよ。それと、スミレお姉ちゃんの女の子を見る目が、凄く犯罪者の目をしているからって大人の人が言ってたよ」
「ハニー、結構やばくないッスか? あながち間違っていないッスよ? 確かにおっぱい女の幼女を見る目は、犯罪者以外の何物でもないッス」
「そうね。犬の糞の方はともかく、そっちは言い逃れ出来ないわ」
私とドゥーウィンは頷き合う。
「とにかく、先を急ぎましょう。これ以上、スミレに罪を重ねさせるわけにはいかないわ。ルピナスちゃん、急ぐわよ!」
「うん!」
「そうッスね。無罪とまではいかないまでも、出来るだけ罪が軽くなるように支えてあげるッスよ!」
「二人ともおかしいんだぞ。スミレさんは無罪なんだぞ。免罪なんだぞ」
「がお?」
私達はスミレの罪を少しでも軽くしてあげる為に先を急ぐ。
スミレとは気が付けば長い付き合いになった。
だからこそ、それなりに信頼しているし、大切な仲間だと思っている。
例えスミレが犯罪に手を染めようとも、私はスミレの仲間でありたいと思う様にはなっていた。
「あ。ハニー危ないッス。止まるッス」
「え?」
私は突然ドゥーウィンに呼び止められて、何事かと立ち止まると、ドゥーウィンが地面に指をさして顔を顰める。
「犬の糞ッス」
言われて確認すると、後少しの所で、私は地面に転がる犬の糞を踏みそうになっていたようだ。
「よく見ると、いっぱい落ちてるんだぞ」
「がお」
「本当ね」
危ないわね。
後始末位しっかりやりなさいよね。
本当に最悪だわ。
よく見ると、本当に沢山落ちていて、今まで踏まなかったのが奇跡なんじゃないかと思える程だ。
私が犬の糞を見て、心底嫌な気持ちになっていると、ルピナスちゃんが苦笑して説明する。
「エルフって、皆ワンちゃんの散歩で、うんちをかたづけないみたいだよ」
「皆? 本当に迷惑な話ね」
「でもおかしいんだぞ。昨日も今朝も落ちてなかったんだぞ」
「えっとね。いつも気が付いたら無くなってるんだ~」
「片付ける係の人でもいるんスかね?」
「多分そうなんだと思う」
「何にせよ、今度から足元に気をつけて歩いた方が良いわね」
私はそう言って、足元に気をつけながら再び歩き出す。
それから暫らくして、前を歩くルピナスちゃんが足を止めた。
「着いたよ」
スミレが捕まっている場所まで到着したようだ。
「この中にスミレお姉ちゃんがいるよ」
そう言って、ルピナスちゃんが建物に指をさす。
私は指をさされた建物を見上げた。
建物はエルフの里には似つかわしくない大きな建物で、建物の入り口の上には看板があり、ネコネコ編集部出張所と書かれている。
「ネコネコ編集部出張所?」
「本当にここに連れて来られたッスか?」
「うん。スミレお姉ちゃんを捕まえた人の一人が、ここで攫った子供達を何処にやったのか聞き出して、罪を裁くって言ってたよ」
「なら、間違いないわね」
その時、建物の中からオークが現れる。
私は建物から出て来たオークと目が合い、オークが先に口を開く。
「あれ? 皆さんお揃いで。どうしてここに?」
「丁度良い所に来たわね。アンタに聞きたい事があるのだけど、良いわよね?」
私がそう言ってオークに微笑むと、オークは顔を青ざめさせて大量に汗を流しながら、こくりと無言で頷いた。
「り、リリさん。目が笑ってないんだぞ……」
「が、がお……」




