241 幼女の朝はデレ木で始まる
神隠しにあって、御神木に監禁されてマンゴスチンさんと料理勝負をした次の日、私は朝早くから非常に戸惑っていた。
何故なら、ドリアードさんが私の部屋に突然訪問して来たのだ。
おかげで私は寝起きで着替える間もなく、パジャマ姿で髪に寝癖までついている。
ドリアードさんはと言うと、お風呂上りなのか石鹸の凄く良い匂いがして、髪もほんのり湿っていた。
それでいて相変わらず着物を着崩して着ていて、肩やら胸の谷間やらが見えていたので、なんだかとても色っぽい感じになっていた。
私は部屋のドアを開けてから、部屋の中に招く事なく、その場でドリアードさんと向かい合う。
「あ、あのぅ……。なんのご用でしょうか?」
私が恐る恐る訊ねると、ドリアードさんは私を睨みながら答える。
「これじゃ」
「……はあ?」
ドリアードさんがこれと言って、可愛らしいランチクロスに包まれたお弁当箱を私に渡す。
私がそれを困惑しながら受け取ると、ドリアードさんが私から目を逸らしながら、頬を染めて話す。
「ジャスミン様――」
ジャスミン様?
ドリアードさんは染めた頬を真っ赤にして、咳払いを一つして言い直す。
「其方はマンゴスチンと昨日、料理勝負をしていたであろう? あれに妾も触発されてのう。今朝は珍しく、たまたま早く目が覚めてしまったので、弁当を作ったのじゃ。そうしたら、作りすぎて余ってしまってのう。捨ててしまうのも、もったいないであろう? 捨ててしまうくらいならと、まだここに来て間もない其方に、仕方がないのでわけてやりに来たのじゃ」
「……はあ?」
ツンデレかな?
って言うか、どうしよう?
私の考えが間違いじゃなかったら、あまり考えたくないけど、私ドリアードさんに惚れられてないかな?
い、いやいやいや。
それは考えすぎだよね?
冷静になれ私。
前世童貞だった私は恋愛経験ゼロなんだ。
まずは冷静になってドリアードさんを分析しよう!
これは、きっと何かの罠だよ!
私はごくりと唾を飲み込み、ドリアードさんを見上げて目を見て話そうとしたその時、私と目を合わせたドリアードさんが瞳の中心をハートにして口元を手で押さえた。
え? 何?
ど、どうしたの!?
私がドリアードさんの反応に困惑していると、ドリアードさんが声を裏返らせながら話し出す。
「な、何を企んでおる。その様な上目遣いで妾を誘惑するなどと」
あ、あぁ……。
そう言うつもりじゃなかったんだけど、うん。
身長に差がありすぎて、ドリアードさん的にはそう見えてるんだね。
って、そんな事よりだよ。
「せ、せっかくだけど、これは受け取れな――」
お弁当箱を前に出して、そこまで喋った時に私は言葉を詰まらせる。
何故なら……。
なんでそんなに悲しそうな顔してるの?
さっきまでと顔の表情の落差が激し過ぎだよ?
そんな悲しそうな瞳で、私が返そうとして前に出したお弁当箱を見ないで?
私は耐えれずにお弁当箱を両手で抱えた。
「と思ったけど、やっぱりありがたく頂戴します」
私がそう言うと、ドリアードさんは目を輝かせて口を開く。
「ふん。意地汚い奴よのう。妾としても不本意だが、其方がどうしてもと言うのなら、妾も鬼では無い。くれてやろうぞ」
「あはは。ありがとー」
「む? 言葉使いに気をつけよ」
「ありがとうございます」
「ふむ。よろしい」
め、めんどくさい!
もの凄くめんどくさいよドリアードさん!
「そろそろマルメロが其方を迎えに来る時間じゃな。妾も暇ではない。其方に構ってやるのも、この位にしておくとしようかの」
そう言って、ドリアードさんは立ち去る。
私はドリアードさんの後姿を見つめながら小さく手を振った。
「ドリアードさん、またねー」
その時、ドリアードさんは数歩歩いたかと思うと立ち止まる。
私がそれを、どうしたんだろうと見つめていると、ドリアードさんが私に振り向いた。
うわっ。
もの凄く目が鋭くなってる。
あっ。そっか。
またねーが駄目だったのかも?
別れの挨拶って、またねー以外だとなんて言うんだっけ?
えーと、えーっと……。
お元気で?
私が慌てて考えていると、ドリアードさんが私の目の前に再びやって来て、私を見下ろす。
「一つ、言い忘れておったわ」
「ふぇ?」
わっ。
変な声出ちゃったよ。
「其方、ラテールには親しみやすく、あだ名でラテちゃんと呼んでいるそうじゃの?」
え?
もしかして、それも駄目とか言い出すの?
むう。
もしそうなら、それは絶対譲れないお話だよ!
徹底抗戦なんだからね!
「そ、其方がどうしてもと言うのならば、妾も鬼では無い。妾の事も、好きにあだ名で呼んでも良いのだぞ?」
え、ええぇぇ……。
そっちかぁ。
そっちだったのかぁ。
もうここまで来ると、ツンデレどころかデレデレの領域なんじゃないかな?
ドリアードさん、また頬染めてるし。
うーん……どうしよう?
「えーと、それなら……ドリちゃんで」
私が笑顔で答えると、ドリアードさん改めドリちゃんが瞳の中心をハートに変えて、染まった頬を両手で押さえた。
そして、照れ臭そうにしながら、私から視線を逸らす。
「仕方がないのう。其方がそこまで言うのなら、妾も不本意ではあるが、そう呼ぶ事を許そう」
「あはは。ありがとうございます」
「うむ。ではな。ジャスミン様」
「うん。ドリちゃん、またねー」
私は今度こそ去って行くドリちゃんに手を振った。
って、あれ?
今、様って言わなかった?
これが2回目の気もするけど……うん。
聞かなかった事にしよう。
私はドリちゃんが去って行くと、ドアを閉めて、部屋のベッドに座る。
すると、ラテちゃんが私の足の上にぴょんっと乗った。
「あ。ラテちゃん、おはよー」
「おはようです」
ラテちゃんは挨拶をすると、私が持っているランチクロスに包まれたお弁当箱を見る。
「ずっと見ていたですけど、ドリアード様はジャスにデレデレしてたですね」
「う、うーん。やっぱりそうだよねぇ。って、見てたんだね」
「ジャスがお弁当を受け取るのを断ろうとしたあたりで、目が覚めたです」
「そっかぁ……。あ、そうだ」
私はふと思いつく。
「もうこの際だから、私がドリちゃんに直接ここから出してって頼んだら、条件とか無しで出してもらえないかな?」
我ながら良い考えだと思う。
あの調子なら、私、何だかいけそうな気がするよ。
と、私が考えていると、ラテちゃんが突然不機嫌になる。
「何を言ってるです! ハチミツがかかっているですよ!?」
そう言ってラテちゃんが私の太ももをペチペチ叩くので、私は冷や汗をかきながら苦笑する。
「ごめんねラテちゃん。条件を満たす為に頑張るから許して?」
「分かればいいです!」
うーん……仕方がないよね。
ラテちゃんの為に、ビーエル漫画を書いてる人を調べよう。
「って、いけない。早く準備しなきゃ。私まだパジャマだよ」
私が慌ててベッドから立ち上がろうとしたその時、トントンと、部屋のドアが叩かれる音がした。
「ジャスちゃーん」
「ま、マルメロちゃん。直ぐに支度するから、もう少し待っててー!?」
私はドアの向こうから呼ぶ声に大声で答えて、急いで着物に着替え始めたのだった。




