233 百合の芽を摘む強欲な魔の手
サガーチャのおかげでジャスミンの居場所がわかった私は、早速その場所へ向かう事を決意する。
「乗り込むわよ!」
「リリィ落ち着くなのよ。乗り込むって言っても、どうやって中に入るつもりなのよ?」
「出入り口なんて、叩いて壊せばいいじゃない」
私が質問に答えると、スミレは顔を真っ青にして首を横に振る。
「そんな事をしてエルフ全員と対立する事になったら、大変な事になるなのよ」
「そんな事どうでもいいわ。ジャスミンに何かあったらどうするのよ!?」
私がイライラとしながらスミレに怒鳴ると、プリュが目を潤ませながら私の腕を掴んだ。
「リリさん、落ち着くんだぞ。エルフと戦う事になったら、主様がきっと悲しむんだぞ」
「プリュ……」
頭に血が上って、冷静でいられなくなってたみたいね。
プリュの言う通りだわ。
今のまま乗り込んでも、怒りに任せて無意味に暴力を奮うだけになる。
そんな事をしたら、きっとジャスミンが悲しむわよね。
私は落ち着きを取り戻して、プリュの頭を優しく撫でる。
「ありがとう」
私がお礼を言うと、プリュは笑顔を私に向けた。
「私から提案があるのだけど、聞いてくれるかい?」
サガーチャが私に視線を向けて、怪しく笑みを浮かべながら手を挙げた。
「提案?」
「ああ。ジャスミンくんが捕まっている場所に乗り込むのは、最終手段で良いと思うんだ。このエルフの里に来てから、私には不可解な事が多くてね」
「不可解な事なの?」
「そうだね。その内の一つが神隠しについてなのだけど。まあ、このままジャスミン君を助けに行くのも勿論良いのだけど、それだけでは解決しない事もありそうなんだ」
「サガーチャ殿下、何かに気が付いたんですか?」
ビリアが質問すると、サガーチャは苦笑して答える。
「私は皆と違って、魔力を見る事の出来る目があるからね。それでも、秒な違和感を感じる程度にはって程の事だよ。だから、今は上手く説明出来ない」
「で? それでアンタは、どうしたいって言うのよ?」
私がサガーチャの、結局答えになっていない言葉に呆れて質問すると、サガーチャはニマァッと笑みを浮かべて私の質問に答える。
「これからマンゴスチンの家に行き、この里の長の息子であるソイを、拷問してあげるって言うのはどうだろうか?」
「ご、拷問するのか!? 可哀想なんだぞ!?」
「が、がお」
「それは良いアイデアなのよ」
「良いアイデアなのか!? アタシは怖いから嫌なんだぞ!」
「いいえ。プリュイちゃん。息子のソイは変態クズ男。その位で丁度良いわ。あの男が、何度ルピナスちゃんにいかがわしい服を着せた事か!」
「ソイくんお洋服いっぱい持ってたよ」
「許せないなのよ! 拷問じゃ物足りないなのよ! この世に生まれてきた事を後悔させて、いかがわしい服を頂いて、幼女先輩に着てもらうなのよ!」
スミレの言葉に、私とビリアが頷く。
「決まりね。いかがわしい服を頂くわよ!」
「ええ。きっと、ジャスミンちゃんの魅力を最大限まで引き出してくれるわ!」
「長の息子も、年貢の納め時なのよ!」
私達の決意が確かなものになると、サガーチャが突然笑い出す。
「あはははは。君達、目的が変わっているよ?」
「がお?」
「ルピナスさんは、息子さんにお洋服を着せられてたのか?」
「うん。婚約者だからお洋服いっぱいあげるねーって、変なのばっかだったけど、可愛いのもあったよ」
待ってなさいよ!
必ず、いかがわしい服を奪ってみせるわ!
私達はマンゴスチンの家へと乗り込むべく、準備をして宿を出る。
ただ、サガーチャは他にする事があるからと言って、一人残って馬車小屋へと向かって行った。
◇
マンゴスチンの家へ向かう途中で、見知らぬ猫の獣人が突然現れて、私達に話しかける。
「待て!」
「猫耳幼女なのよ!?」
「マモンちゃんだ」
「ルピナスちゃんの知り合い?」
私が訊ねると、ルピナスちゃんは笑顔で頷く。
「ソイくんが私に変な事しない様にって、マンゴスチンお婆ちゃんが連れて来たんだよ」
「おかげでルピナスちゃんの純潔は守られたわね」
と、ビリアが補足する。
「それを聞いたら、ジャスミンが喜ぶわね。ジャスミンったら、怖くて聞き出せないって、言ってたのよ。むしろ考えない様にしていたみたいなのよね」
「まあ、その気持ちはわかるわ」
「良かったなのよ」
私達が話していると、マモンが突然怒り出す。
「私を無視して盛り上がるな! もう怒ったわ! リリィ=アイビー! トランスファでの借りを返させてもらうよ!」
「トランスファでの借り?」
私が首を傾げると、ルピナスちゃんが答える。
「マモンちゃんはケット=シーちゃん達のリーダーだよ」
「え? ケット=シーのリーダー?」
ケット=シーのリーダーと言えば、見た目が猫だったはずよね?
私は獣人を舐めるように見る。
猫耳ではあるが、どう見ても人の顔。
オレンジ色のミディアムヘアーで、茶色の瞳のつり目の女の子。
着ている服は、ジャスミンから教えて貰った話では恐らく浴衣。
浴衣のスカートの様な所からは、猫の尻尾が見えていた。
どう見ても猫の獣人にしか見えない。
つまり。
と、私は結論付ける。
「そんなのがいたような気もするけど……アンタ、獣人だったのね」
私がそう口にすると、マモンは尻尾を激しく左右に動かし始める。
「何喜んでるのよ?」
「怒ってるのよ! 私はケット=シーだ! 獣人なんかと一緒にするな! 前世の記憶が甦って、人型になれる様になったんだ!」
私はめんどくさいと思ったので、先を急ぐことにする。
「はいはい。悪かったわね。じゃっ」
「逃げるんじゃないよ!」
「はあ。何なのよ?」
「今からおまえ達、特におまえだリリィ=アイビー! おまえを八つ裂きにしてやる!」
マモンが甲高く大声を上げると、マモンの手の爪が異様に長く伸びた。
私は煩いなと思いながら、マモンに迷惑だと目で訴えてみる。
だけど、目で訴える程度では、私の気持ちを察してくれない様だ。
マモンは勢いよく私に向かって走り出す。
「私は前世の記憶と一緒に、強欲の力を手に入れたんだ! この前の様にはいかないからな!」
マモンが無駄口を叩きながら、私に飛びかかって伸ばした爪で切り裂こうとしてきた。
私は受けるのもめんどくさいので、軽く横に移動して避ける。
すると、マモンはそのまま私を通り過ぎて、背後にいたスミレに向かって行く。
「裏切り者! まずはおまえからだ!」
「しまった!」
スミレを狙ってくるとは思いもよらず、私は一瞬出遅れる。
そして、その一瞬が最悪な事態を招いてしまった。
「きゃ……っ」
マモンの動きにスミレはついていけず、スミレは腕をクロスさせて身を守る。
スミレはマモンの爪でクロスさせた腕を切られ、お腹に蹴りを入れられて後方へ吹っ飛んだ。
「スミレお姉ちゃん!」
ルピナスちゃんが吹っ飛んだスミレを追いかけて、抱き起こす。
ビリアは恐怖で顔を青ざめさせて声も出せずに、その場で尻餅をついて震えた。
プリュが私の肩に乗り、耳元で話す。
「スミレさんが蹴られた時に、変な感じがしたんだぞ」
「変な感じ?」
私がプリュに聞き返したその時、ラヴが慌てた様子でルピナスちゃんに近づく。
「ルピ、チュミにちかづいちゃだめ」
その時、スミレがルピナスちゃんを突然地面に抑えつけた。
「スミレお姉ちゃん?」
「何やってるのよスミレ!?」
私は急いでスミレをルピナスちゃんから引き剥がし、スミレの両腕を掴んで抑える。
すると、その様子を見ていたマモンが愉快そうに笑いだした。
「あーっはっはっはっはっ!」
「何笑ってんのよ!?」
私がマモンを睨むと、マモンはニヤリと笑みを浮かべる。
「おまえ達が滑稽で面白いから、笑いたいと感じる欲に従って笑ってるのよ。ありのまま欲を受け入れなきゃ、強欲とは言えないでしょう?」
「はあ? 何言って……って、あーもう! スミレいい加減にしなさいよ!?」
スミレは我を忘れたかの様に、私から逃れようと呻き声を上げながら暴れる。
しかもそれは、予想以上の力で手加減なしで暴れてくれるので、流石に私もスミレを傷つけない様に抑えるのに苦戦してしまう。
本当に何なのよ!?
こんな事してる場合では無いのに!




