231 幼女に夜道は危険が危ない
皆が寝静まった夜。
計画していた御神木調査を決行するべく、私はこっそりと宿を出た。
私はハァッと両手に息を吐き出して、両手の手の平を擦り合わせて温める。
よーし。
上手く抜け出せたみたいだね。
むっふっふ~。
私って、隠密の才能あるのかも。
前世以来すっかりご無沙汰になってしまった深夜の一人歩きで、若干ハイテンションになった私は、気分を良くして鼻歌まじりに歩き出す。
前世では深夜の時間帯になったら、近くのコンビニによく一人でお夜食を買いに行ったなぁ。
なんだか懐かしいよ。
あの頃は人を避ける為に昼間は出歩かないようにしてたんだよね。
それに私は夜型だったし。
「ご主人、何処に行くッスか?」
え?
「こんな時間に出歩くのは危ないです」
この声は……。
私はゆっくりと声のした背後へと振り返る。
トンちゃんとラテちゃん。
あはは。
全然隠密出来て無かったかぁ。
私は苦笑しながら2人に話しかける。
「ごめんね。起こしちゃった?」
私がそう訊ねると、2人は心配そうに私にしがみつく。
「どうしたの2人とも?」
「何処か行くなら、ボクもついて行くッス」
「ラテも一緒に行くです」
「あはは……」
昼間にあんな事があったからなぁ。
うーん……仕方がないか。
私はトンちゃんとラテちゃんに御神木を調べに行く事を教えて、2人と一緒に御神木に向かう事になった。
御神木へ向かう途中。
突然、猫ちゃんが屋根の上からぴょんっと跳躍して、私の前に降り立った。
あれ?
この子、何処かで見た事あるような?
私が猫ちゃんを見て首を傾げていると、猫ちゃんが私に話しかけてきた。
「久しぶりね。いなくなったボスの代わりに私が注意しに来てあげたわ」
いなくなった?
いなくなったって、どうい――
「ご主人。この猫はご主人の村で出会ったケット=シーッスよ」
「え? あ。言われてみると、そうだったかも」
たしか、リーダーって言われてた子だよね?
「めんどくさいのが出て来たッスね。何しに来たッスか!?」
「ふん。おまえは黙ってな」
「相変わらず、ニャーニャー言ってるだけで、何言ってるかわからないッスね」
あ。
そう言えば、トンちゃんは言葉がわからないんだっけ?
「おまえ達がいくらあがいた所で、ベルゼビュート様の邪魔な――」
「やるッスか!? やるならボクが相手になるッスよ!」
「ベルゼビュート様の邪魔なんて――」
「お前なんかご主人が相手をするまでもないッス!」
「ベルぜビュ――」
「どうしたッス! こないんならこっちから行くッスよ!?」
「だあーっ! もう! 煩いなー!」
う、うーん。
言葉通じないし、こんなもんだよね?
「バカとバカが揃うと煩いです。ご近所迷惑です」
あぁ、うん。
あはは……たしかにご近所迷惑だね。
トンちゃんとケット=シーちゃんが睨み合って騒ぎ出す。
私は苦笑して、ラテちゃんは呆れて、2人の会話の成り立っていない口喧嘩を見守った。
すると暫らくして、ケット=シーちゃんが後ろに跳躍して距離をとる。
「本当は、こんな所で見せるつもりじゃなかったけど良いわ! 見せてあげる!」
ケット=シーちゃんがそう言った途端、ケット=シーちゃんの姿がみるみると変わっていく。
そして、アスモデちゃんのように、人の姿へと変身した。
その姿は、アスモデちゃんとは違って、猫耳と猫尻尾を生やしていた。
髪はミディアムでオレンジ色。
目はつり目で茶色の瞳。
身長はリリィと同じ位だろうか。
スタイルは普通だった。
ただ、一つ気になる事がある。
それは……。
「裸?」
私がそう呟くと、人の姿になったケット=シーちゃんが顔を真っ赤にさせて、大事な所を手で隠す。
そして、ぶるっと体を震わせたかと思うと、くしゅんっとくしゃみを一つして私を睨む。
「こ、今度会ったら覚悟しろよー!」
ケット=シーちゃんはそう言うと、目にいっぱい涙を溜めながら逃げて行った。
え、ええぇぇぇ……。
「あの化け猫、何がしたかったッスか?」
「バカの考える事は、ラテにはわからないです」
「あはは……。本当、なんだったんだろうね……」
って言うか、思いっきり負け犬の捨て台詞だよ。
そもそも、私達何もしてないし、ただの自爆だし……。
あの子、あんなキャラだったの?
私は苦笑して、ケット=シーちゃんが去って行った方を見つめた。
それから私は再び歩き出して、御神木を囲う湖までやって来た。
「よし。まずは湖に何かないか調べよう」
「ラジャーッス」
「わかったです」
私の開始の合図にトンちゃんとラテちゃんが返事をして、私達は湖を調べ出す。
「ご主人、湖に落ちない様に気をつけるッスよ」
「大丈夫だよ」
「心配しなくても、落ちても水の加護で平気です。そんな事より、さっさと調べて、さっさと帰るです」
「そうだね。あんまり遅くなっちゃうと、リリィ達が起きて、心配しちゃうかもしれないもんね」
「じゃあ、ボクはあっちを見て来るッス」
「なら、ラテは向こうです。ジャスは……ここ等辺にいるです」
「うん。わかったよ」
私は返事をしてから、ふと、目の前の湖を眺めた。
湖の上には相変わらず様々の色の光が煌めいていて、今が夜だと言うのもあって、とても幻想的で美しく綺麗だった。
あまりにも綺麗だったので、私は湖を調べるのを忘れて、その幻想的な景色をボーっと眺める。
この時、私は油断してしまっていた。
後になって思えば、トンちゃんとラテちゃんが一緒だとは言え、何故一人で調べようと考えたのか不思議な位だ。
そして、私は音も無く襲われる。
私はなんの前ぶれも無く叩きつけられるような眠気を感じて、眠ると言うよりは意識を遮断され失うかのように、一瞬で目の前が真っ暗になり深い眠りについた。
ただ、ブーゲンビリアお姉さんの言葉だけが、その時に私の頭の中をよぎる。
今、エルフの里では神隠しの事件が起きているのよ。
私の意識は一瞬で無くなり、その言葉さえも直ぐに消えてしまったけれど、私は無意識に愚かな事をしてしまったと酷く後悔したのだった。




