224 幼女も呆れる能力の活用法
それは、関係者控室でオークを待っている時の事だった。
「ねえ、リリィ。それって何巻まで出てるの?」
「これ? そうね……二十巻みたいね」
「に、20巻?」
私は耳を疑った。
何故なら、普通に考えて、それがその巻数はあり得ない筈だからだ。
それとは、もちろん何度も私の頭を悩ませた作品、ツルっとパイけつ魔女っ娘ジャスたんの事だ。
今だからこそ、アモーレちゃんが私をジャスたんと可愛く呼んでくれるから、許しているのだけれど……って、それはともかくである。
チョコ林での事件があってから、多分だけど一ヶ月も経っていない筈なのだ。
私の前世の記憶が正しければ、どれだけ早くても三ヶ月だったか四ヶ月だったか位には、最新刊が出るまで時間がかかっていた。
それが、一月もしない間に20巻とはこれ如何にって感じだ。
あまりにも恐ろしいペースで出続けるその漫画は、私にとって疑問を抱かずにはいられなかった。
と言うわけで、私はオークが休憩に入って関係者控室にやって来ると、どうしたらそんなペースで書けるのか聞いてみた。
「アシスタントをしているゴブリン達が百人位いるんですよ。基本はオラがプロットとネームと下書き、それと大事なシーンのペン入れをしています。ゴブリン達には、それ以外のペン入れと仕上げを全部任せてるんですよ。トーンの無いこの世界ですから、最初はベタや集中線とかの簡単な物しか任せてなかったんですけど、今は集中線だけでなく効果線の類は勿論として、背景から何まで全てやってもらってるんです。それに……」
……うん。
専門的すぎて、何言ってるかわかんない。
オークは今も尚、何かを喋っているのだけれど、全て私の耳から耳へと通り過ぎていく。
私は何を言ってるのかわからずに、ただただ微笑んで聞いているだけだ。
すると、オークは突然重要な事を話し出す。
「とまあ、そんなわけですけど、実はオラも前世の記憶を思い出して、もう一つとても便利な能力が身についたんです」
「ふぇ?」
うぅ。
突然前世とか言いだすから、変な声が出ちゃったよ。
私が変な声を出して恥ずかしがっていると、リリィがジト目でオークを見る。
「どうせ水の中で呼吸が出来るってだけでしょ? それが何の役に立つのよ?」
あぁ、そっか。
そう言えば、前世の記憶を思い出したオークさんと以前会ったもんね。
水の中で呼吸出来るみたいな事言ってたっけ?
「水の中で呼吸? 違います違います。あーそうか。幼女先輩達は、そういう能力を持ったオークに会ったんですね。それなら説明しましょう」
「どういう事よ?」
「転生者が、と言うよりはオラ達魔族が前世の記憶を思い出した時に得る二つ目の能力は、前世の影響が色濃く出るんですよ。だから、オラ達オークは種族として元々持ってる能力は一緒だけど、二つ目は違って当然なんですよ」
「そうなんだ?」
「と言っても、逆にベルゼビュート様に飼われているケット=シー達の様に、同じ境遇で前世も育っていれば、よっぽどの事でもない限りは二つ目の能力も一緒なんですけどね。幼女先輩もご存知のアスモデ様は、そのよっぽどに入ります」
「へ~」
じゃあ、ケット=シーちゃん達の能力の二つ目が開花しても、アスモデちゃんみたいにはならないのかぁ。
「転生者の能力に、そんな仕組みがあったッスか。ボクも知らなかったッス」
「知らなくても、おかしくは無いですよ。オラ達の様に魔族でもない限り、この法則は基本当てはまらないですからね。人に転生した者の能力が、最初からどれも違うのが何よりの証拠です」
「言われてみればそうだね」
「はい。それと今では、あっ。脱線してしまいましたね。話を戻します」
今では?
「うん」
オークは私の返事を聞くと、一つ咳払いをして話を続ける。
「オラの二つ目の能力は、息を止めてから5秒経過すると、その後の息を止め続けている間の時間を停止出来る能力です」
じ、時間を止める!?
何それどこの吸血鬼!?
「この能力のおかげで、オラはもの凄い速度で漫画を書き続ける事に成功してるんです」
オークが真顔で、驚く私に視線を向ける。
「これが、オラが脅威のスピードで漫画を描いて、幼女先輩のおかげで有名になった理由です」
私はごくりと唾を飲み込み、恐る恐るオークに訊ねる。
「じ、時間を止める能力を、他の事に使ったりは……?」
時間を止めちゃえるって事は、知らない間にあんな事やこんな事、人には言えないエッチな事まで出来ちゃうよ!
やばいよ!
オークは変態だもん!
どんな事をしでかすか、わかったもんじゃないよね!?
「他の事ですか?」
オークは私にそのまま言葉を返して、私が無言で頷くと、真剣な面持ちで考え込んだ。
暫らくの間オークは考え込むと、汗を大量に流し出して突然ジャンプする。
そしてジャンプは綺麗な弧を描き、それは無駄の動きのないジャンピング土下座へと変わる。
「申し訳ございませんでしたー! さっき幼女先輩のパンツを拝見したくて使いましたっ! 眼福でございます!」
バカなの?
リリィのこめかみに血管が浮かび上がる。
すると、すかさずオークが土下座の体制のまま、リリィに向けて何かの本を取り出して差し出した。
「何よこれ?」
「オラがこっそり書いた、魔女っ娘ジャスたん大人向けでございます」
オークが差し出した本をリリィが受け取る。
そして、リリィは受け取った本をパラパラと捲り鼻血を出して、とても良い笑顔をオークに向ける。
「次は無いわよ」
「ははあっ」
……本当におバカだなぁ。
って言うかだよ。
なんだか、凄く安心したよ。
もちろんパンツを見られたのは嫌だけど、時間を止めれるのにパンツを見るだけだなんて、逆にそれで良いのって聞きたくなっちゃうよ。
どんだけパンツ好きなの?
とりあえず、あの大人向けとか言う本は、後で燃やしておこう。
「ご主人、オークって皆馬鹿なんスか?」
「あはは。そうかもね」
「がお?」
後で確認してわかった事なのだけど、オークは私のパンツを見た時以外は、本当に漫画を書く時にしか使っていなかったようだ。
リリィが時間を止められるなら、私をイタズラし放題だとか恐ろしい事を言い出した時のオーク曰く。
「オラは神から漫画の書き方を教わったあの時、神に誓ったんです。手を出して良いのは紙に描かれたジャスたんだけ。その教えを神から頂いたプライドにかけて、パンツを覗いても触れたりしません!」
だそうだ。
それもどうなんだろうと思ったけど、とりあえずおバカなんだなと私は思いました。




