215 幼女は魔性だと気づかされる
鉱山街を出て4日目の朝。
朝食を終えた後、私達を乗せた馬車は盗賊に襲われた。
私は馬車から顔を出し、必死に声を上げる。
「逃げて!」
だけど、世の中そんなに甘くない。
私の必死の呼びかけもむなしく、盗賊たちは私達の乗る馬車を囲んでしまった。
私は馬車から外に出て、私達を取り囲む盗賊達を見まわして、ごくりと唾を飲み込んだ。
「へっへっへっ。中々の上玉じゃねーか。こりゃあ、今夜が楽しみだ」
「お願い! こんな事はやめて!?」
私は盗賊達に呼びかける。
だけど、私の話を全く聞こうともしてくれない。
「やめねーよ! お前は今から俺達に襲われるのさ! 泣こうが喚こうが、もう逃げられねーんだよ!」
もうダメだ。
このままじゃ……。
私は肩を落とし、盗賊達に哀れみの目を向けた。
そして、私の背後に忍び寄る悍ましい気配。
私は背後に振り向く。
「アンタ達、覚悟は出来ているんでしょうね?」
「幼女先輩をいやらしい目で見てんじゃねーなのよ」
「ざっと10人程度か。あっ。リリィくん、スミレくん、人体実験したいから、何人かは痛めつけないでくれないかな?」
「お願いみんな待って! きっと、話し合えば分かり合えるよ!」
「ジャスミンちゃん、諦めましょう。襲って来た盗賊が悪いのよ」
「でもっ……」
私は盗賊達に視線を向ける。
「お願い! 逃げて!?」
「逃げてだと? 自分の立場がわか――ぐぁっぶ……!」
盗賊達の中でも、リーダー格と思われる人物がリリィの蹴りを顔面に食らい、もの凄い速度で吹っ飛んでいく。
その瞬間、やっと自分達の立場を理解した盗賊達が、悲鳴を上げて逃げ惑う。
だけどもう遅い。
リリィとスミレちゃん、更にはサガーチャちゃんまでもが、盗賊達を根絶やしにするかのごとく襲い掛かる。
「馬鹿ッスね~。襲う相手は選んだ方が良いッス」
「盗賊なんて碌でもない連中は、この位が丁度良いです」
「盗賊多すぎなんだぞ」
「がお」
そう。
鉱山街を出てからというもの、1日最低2回は盗賊に襲われている。
最初は私も盗賊達をこらしめるのに参加していたのだけど、段々と盗賊達に同情するようになって、今では私達を狙った盗賊達に逃げるように呼びかけていた。
そんな中、私は盗賊達のロリコンの多さに頭を悩ませていた。
襲ってくる盗賊は、ほぼ100パーセントと言っていい程にロリコンばかりなのだ。
捕まえた盗賊達は、サガーチャちゃんが開発した運ぶくんと言う名前の装置に乗せている。
この運ぶくんは大きさが畳の二畳くらいの大きさの板で、車輪と噴射口が付いた物だ。
そして、行き先を設定すると、設定した場所まで荷物を運んでくれるとても便利な装置だ。
だけど、難点もある。
それが何かと言うと、運ぶ速度が走った方が早い程度のスピードなのだ。
なので、捕まえた盗賊が運ばれている最中に、その身に何かあったらごめんなさいな感じで使っている。
ちなみに行き先は、サガーチャちゃんが後々が楽だからと、ドワーフ城に設定している。
とまあ、それはともかくとして、今回もリリィ達の手で生き地獄を味わわされた盗賊を捕らえた頃の事だ。
サガーチャちゃんが不思議そうにリリィに訊ねる。
「君はどうやって、そこまでの強さを手に入れたんだい?」
「そんなの、毎日の欠かさない修行の成果に決まってるじゃない」
毎日欠かさない?
あれ?
おかしいな……。
確かに私も以前そんな事を聞いた事があったような気がするけれど、一緒に旅をしてから、そんな姿を見た事ないんだよね。
だから、今は何もしていないはずだけれど?
私が首を傾げて考えていると、サガーチャちゃんも不思議に思ったらしく、首を傾げてリリィに訊ねる。
「毎日と言っても、私はリリィくんが修行とやらをしている姿を、目にした事が無いのだけれど?」
「そんなの、見えるわけないじゃない」
え? 見えるわけない?
どういう事だろう?
もしかして、今では高速に動きすぎて、目で追えないって事かな?
私とサガーチャちゃんが更に首を傾げると、リリィはやれやれとでも言いたそうな顔をして、サガーチャちゃんを見た。
「私がやっている修行は、イメージトレーニングよ」
私は思わずガクッと転びそうになった。
「い、イメージトレーニング?」
流石にサガーチャちゃんも困惑しているようだ。
「そうよ。私は毎日欠かさずイメージトレーニングをする事で、今の強さを手に入れたのよ」
いやいやいや。
それ違う。
確かにそう言うのも大事かもしれないけどって、よくそんなので強くなれたね?
本当にリリィは意味わかんないなぁ。
うーん……あっ。
でも、前世で見た事あるかも。
アニメのキャラが宇宙船の中で、2人でイメトレしてたんだよね。
もしかしたら、武術を極めた人達にしかわからないものなのかも?
でもそれだと、極める前からイメージトレーニングしてたから元々極めてたって事?
そんな事ないよ。
だって、リリィは最初はこんなにもチートじゃなかったもん。
という事は、イメージトレーニングするとチートになれる?
私が迷走気味に意味のわからない事を考えていると、リリィが話を続け出す。
「例えばそうね。ジャスミンが雨の中で、ずぶ濡れになっていたとするでしょう?」
「あ、ああ」
サガーチャちゃんが若干引き気味で相槌を打つ。
「雨で濡れたジャスミンは、いつもよりほんの少し色っぽいの。だから、私はジャスミンに傘を差してあげて、こう言うのよ」
リリィが怪しい笑みを浮かべる。
「今夜は家に、ママとパパが帰って来ないのって。そして2人は……」
リリィが不気味に笑いだす。
こ、怖い。
私は背筋に悪寒を感じて、ぶるっと震える。
「私は、いつもこうやってイメージトレーニングをしているのよ。今ので、少し強くなった気がするわ」
いやそれもうただの妄想だよ!
欲望まみれの妄想で、イメージトレーニングですらないよ!
どうやったらそんな事で、ここまで強くなれるの!?
ああ、なんだか頭が痛くなってきたよ。
私は頭を抱えてしゃがみ込む。
サガーチャちゃんもリリィから少し距離をとった。
すると、スミレちゃんがリリィの妄想に頷きながら、何やら納得した様子で口を開く。
「流石リリィなのよ。私も見習うなのよ。そう言うわけで、幼女先輩のパンツを見て、イメージトレーニングするなのよ」
リリィが無言でスミレちゃんと手を繋ぎ、2人で私を見つめる。
どうせ隠しても、隠しきれないので私が半ば諦めていると、サガーチャちゃんが私に視線を向けて話しかける。
「ジャスミンくんは、もう少し厳しくなった方が良いかもしれないね」
「え?」
「ここ何日か一緒にいて思ったのだけど、ジャスミンくんは甘すぎるんだよ。リリィくんやスミレくんが何をしても、怒らないのは良くないと思うな~」
そうかなぁ?
これでも、怒る時は怒ってると思うんだけどなぁ。
この前だってスカートを捲るのを何度もやめてって言うのに、やめてくれなかったから、1時間くらい口を聞いてあげなかったもん。
そしたら、ごめんなさいって、ちゃんと反省してくれたよ?
「ボクも甘々だと思うッス~」
「むぅ……」
そんな事ないと思うけどなぁ。
リリィが不機嫌そうにして、サガーチャちゃんに反論をする。
「アンタ偉そうな事を言ってるけど、アンタだってジャスミンに甘やかされているじゃない」
「私がかい?」
「そうよ。ニスロクが作るご飯を一口も食べずに、ジャスミンにパンケーキを作らせているでしょう?」
「精霊達のパンケーキを焼くついでなのだから、問題ないだろう? それに、ジャスミンくんだって喜んでるじゃないか」
そう言ってサガーチャちゃんが私を見る。
私はそれを、言葉の代わりに苦笑で答えておいた。
実際、私は喜んで食べてくれるサガーチャちゃんに応えたいと思って、楽しくパンケーキを焼いている。
と言うか、リリィから見ると、私がサガーチャちゃんを甘やかしているように見えるんだなと少し驚いた。
あれ? 私ってそんなに甘いの?
ちょっと自分が心配になってきたよ。
なんだか、村のお姉さん達に魔性の幼女って言われるのも、頷ける感じなのかも。
どうしよう……だからって、私自身は言われても、何が甘い行為になっちゃってるのかわかんない。
直そうにも言われなきゃ、どれが甘いのかわかんないよ。
私は頭を抱えて悩みだす。
甘い人間と言うのは、周囲の人間を我が儘で駄目な人間へと変えてしまうと相場で決まっているのだ。
全員とは言わないけれど、甘やかされて育った子供は、大人になったら自分勝手になる。
私は前世で、そう言う人間を何人も見てきた。
たまたま、そう言う人間ばかりが周りにいただけかもしれないけれども……。
と言うか、私もその内の1人だった気がする。
このままでは、優しくて大好きなリリィが駄目な大人になってしまう。
……よし。
私は決心して立ち上がる。
私が悩んでいる間も口論を続けていた2人を見て、私は声を高らかに宣言した。
「私は今日から、甘さを捨てるよ!」
すると、そんな私を見た2人は、顔を見合わせて頷いたかと思うと、2人合わせて私を見て息ぴったりに呟いた。
「無理ね」
「無理だね」
と。
あのぅ。
無理って言うけど、甘さをどうにかしろって話じゃ無かったの?




