207 幼女の新たなる伝説の幕が上がる
「「ゾンビ達のあの怯えよう……。サルガタナスはジャスミンちゃんに任せても大丈夫そうですな~。念の為にゾンビ達が街の人を襲わないか見て来るぜい」」
「え!?」
「主様がいれば大丈夫なんだぞ。任せるんだぞ!」
「フウ、ラン、そっちは任せるわね!」
「「任せたまへ~」」
フウさんとランさんは逃げたゾンビを追いかけて行ってしまった。
私が若干の不安を感じながら2人の背中を見送っていると、ゾンビ達から取り残されたサルガタナスが、もの凄く怒りをあらわにして私を睨んだ。
「くそっ。あの恐れを知らないゾンビ共が、まさかお前の顔を見て逃げるなんてね! やっぱりビフロンスの子分なんか、あてにならないね」
「あ、あはは……」
サルガタナスの言葉に私が苦笑していると、リリィが弾みながら私の前に出る。
そして、突然光り出した。
「ジャスミン、心配かけたわね」
「え?」
私は目を疑った。
何故なら、リリィは光りながら、みるみると元の人間の姿に戻っていくからだ。
リリィが人の姿に戻ると、次第にリリィを覆っていた光が消えて、全裸のリリィが姿を現す。
そして、それを目のあたりにしたサルガタナスが、目を見開いて驚愕した。
「リリさん凄いんだぞ!」
「凄くなんかないわ。ゾンビ達の姿を見て、そして言葉を聞いて、私はただ思い出しただけよ。アイツ等には感謝しないといけないわね」
「馬鹿な! オイラは能力を解いた覚えはないぞ! いったいどうやって!?」
うんうん。と、私はサルガタナスの言葉に首を縦に振る。
「おかしな事を言うのね。わからないの?」
「何だと!?」
サルガタナスがリリィを睨み、リリィがサルガタナスを失笑する。
「以前ビフロンスがゾンビに包帯を巻かせて、ミイラに見せかけていたのよ」
え? うん。
そんな事もあったけど、それになんの関係が?
「でも、結局それは、包帯を取ってしまえばゾンビに戻る。何故だかわかる?」
「わかったんだぞ! 包帯の下は、ゾンビだからだぞ!」
「そうよプリュ。賢いわね」
リリィがプリュちゃんに微笑んで、優しく頭を撫でる。
そして、サルガタナスに視線を向けて、勝ち誇ったような顔をして言葉を続ける。
「つまり、ボールに姿を変えられても中身は私だから、ボールの皮を取ってしまえばいいのよ!」
ええぇぇーっ!?
意味わかんないよ!
「リリさん、すっごくすっごく凄いんだぞ! かっこいいんだぞ!」
「意味のわからない御託を並べて、オイラの能力を解きやがって! 何て奴だよ!」
うん。
本当に私もそう思うよ。
ボールの皮を取ってしまえばって何?
って感じだよね。
私は相変わらずのリリィの常識外れっぷりに肩を落としながら、着ていた上着を一つ脱いで、リリィに後ろから着せてあげる。
それと、男装用に穿いていたズボンも脱いで、リリィに穿かせてあげた。
本当に、スカートも穿いて来て良かったよ。
流石に私も、仕方なくてもパンツだけになるのは嫌だもん。
「リリィ、女の子なんだから、ちゃんと隠さなきゃだよ」
「ジャスミン、ありがとう」
リリィが笑顔で私にお礼を言うと、それを見ていたサルガタナスが眉根を上げて、虹色に輝く宝石を取り出した。
「お前達は本当に腹の立つ連中だよ……。だけど、まあいいよ。オイラにはこれがあるんだ」
特殊能力を一時的に無効化する装置……。
もしかして、私の能力を防ぐつもりなのかな?
でも私の能力って、まともなのは2種類以上の魔法を使えるってだけだよね?
防がれても、あまり意味無いような……。
「リリィとか言ったね? お前のその常人離れした力は、能力以外に説明がつかない! お前は間違いなく転生者だ!」
リリィが転生者!?
そんな……ううん。
たしかに、それなら今までの事に全部説明がつく。
「はあ? 私が転生者? そんなわけないじゃない。私には前世とか言う記憶なんてないわよ」
「それは、お前がまだ転生者として目覚めきってないからだ! だからこそ目覚める前に、この装置を使ってお前の能力を封印するんだよ!」
「主様!」
「うん!」
もし、本当にリリィが転生者だったら、あの装置を使われたら不味いよね。
止めなきゃ!
プリュちゃんが水の加護を魔力に変換して、私は魔力を両手に集中する。
「もう遅いよ魔性の幼女! オイラの魔法は既に発動済みだよ!」
「え!?」
サルガタナスの言葉を合図に、私を上下から挟むように魔法陣が浮かび上がる。
「ジャスミン!」
私を上下に挟む魔法陣から大きな鉄の塊が現れて、私を押し潰すように迫りくる。
ダメだ!
これじゃあ防ぐのがせいいっぱいで、リリィを助けられない!
私がサルガタナスの魔法を防ごうとしたその時、リリィがサルガタナスに向かってもの凄い速度で走り出す。
「アンタァッ! 私のジャスミンにーっ!」
「馬鹿め! お前の能力は最早脅威ではないんだよ!」
サルガタナスがリリィに向かって装置をかざし、そして装置が光り出す。
「リリィだめ! 逃げてーっ!」
「手ぇ出してんじゃーっないわよおーっ!」
「さあ! これでもうお前は終わ――びぶぁっ!?」
なんという事でしょう。
サルガタナスは装置を起動するも意味が無く、転生者では無かったリリィがサルガタナスを装置ごと蹴り飛ばし、装置は粉々になりサルガタナスは吹っ飛んでいきました。
サルガタナスが吹っ飛ぶと、私を襲うサルガタナスの魔法も姿を消した。
「リリさん凄いんだぞ! 憧れるんだぞー!」
さっすがリリィ。
やっぱり転生者じゃなかったんだね。
うんうん。
やっぱり、リリィはただの変態だったんだ。
と言うかだよ。
「サルガタナスが本当に死んじゃうよ!?」
サルガタナスは私達がいる北側の魔科学研究地区から、南側の居住地区の方へ向かってお城の屋根を破壊して、それはもうもの凄い勢いで吹っ飛んでいったのだ。
「大丈夫よジャスミン。ジャスミンに手を出したんだもの。あれ位で済んだ事を、きっとアイツなりに感謝してくれるわ」
「またそれ!? 大丈夫じゃないし、するわけないよ!」
私が慌てていると、トンちゃんから加護を使った通信が入る。
『ご主人、死にかけのエロピエロが、空から降ってきたッスよ。そっちで何があったッスか?』
し、死にかけ!?
急がなきゃ!
『トンちゃん、そこ何処!?』
『ドワーフ鉱山街の入口ッス』
『ありがとうトンちゃん!』
私はトンちゃんにお礼を言って通信を切ると、直ぐに魔力を集中する。
「ごめん、リリィ。私、ちょっと行って来るから!」
「ジャスミン?」
私はリリィに背を向けて、勢いよく空を飛んで、全速力で鉱山街の出入口へと向かう。
「プリュちゃん。お願い」
「わかってるんだぞ」
プリュちゃんが私に返事をして、水の加護を魔力に変換してくれて、私も魔力を両手に集中させ詠唱を始める。
「慈悲深き癒しを司る水の神々よ」
私はお城を飛び越えて、鉱山街の出入口を確認しながら飛び進む。
「生命の息吹を我が力を糧とし」
設置型のアブソーバーキューブの影響で、魔力が吸収されていく感じがする。
でも、アブソーバーキューブキャンセラー無しで、魔法を使うんだ。
魔力の流れを複雑に細かく絡め、そして限りなく広げるイメージ。
今ならわかる。
加護を利用して、トンちゃん達にお話をする時と一緒なんだ。
真っ直ぐじゃダメなんだ。
「悪を憎まぬ憂いに満ちたその御心をもって、彼の悪を慈愛で包み癒したまえ」
鉱山街の出入口に到着し、全身が何故かひび割れて倒れていたサルガタナスを見つけた。
そして、サルガタナスに向かって私は手をかざして、魔法陣を浮かび上がらせて狙いを定める。
今度こそ、アブソーバーキューブの妨害を超えて見せるんだから!
「聖雫神癒」
私が詠唱を終えると、魔法陣から光る大量の泡が飛び出して、次々とサルガタナスを包んでいく。
私の魔法に包まれたサルガタナスから、全身にあったひび割れが消えていく。
私は間に合った事に安堵して、ゆっくりとサルガタナスの側に降り立った。
すると私を囲むように、コラッジオさんや兵隊さん達がやって来た。
そして私は周囲を見て気が付いた。
周りにはコラッジオさんや兵隊さん達だけでなく、街の人々や、サーカスを見に来た人達が集まっていた事に。
必死で気が付かなかったけど、ここには人がいっぱいいたんだね。
それなら、こっち側で戦闘が無くて逆に良かったかも。
「ご主人ー!」
「ジャチュー!」
「あっ。トンちゃん、ラヴちゃんも」
私は飛びついて来た2人を抱きしめて、笑顔を向けた。
するとその時、私は私の耳を疑ってしまうような声を聞いてしまった。
「女神様だ! パンツの女神様が降臨なさった!」
……え?
私がその声に耳を疑うのも束の間、次第に周囲が騒めき出し、人々が声を上げる。
「パンツの女神様万歳ー!」
「ありがたや。ありがたや」
「うおおぉぉっ! パンツの女神様だー!」
待って?
本当にちょっと待って?
魔性の幼女から純白の天使で、次はパンツの女神?
やめて?
本当にやめてよそれ。
どうしてそうなったの?
「ぱ、パンツの女神。ぷぷぷ。ご主人、ボクを笑い殺す気ッスか? ぷぷぷ」
「主様、かっこいいんだぞ」
「ジャチュ、パンチュ?」
「ジャスがまた一つ、変なあだ名を増やしたです」
ラテちゃんいつの間に起きてたの!?
って、そんな事より本当に勘弁してよぅ。
もうやだお家帰りたい。




