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198 幼女もハラハラドキドキと青くなる

 サルガタナスのネコネコサーカスは随分と期待されているようで、開演前のサーカステントの周辺は、大勢の人達で大賑わいだった。

 ドワーフ達が出店を開き、この街に住むドワーフだけでなく、サーカスを見に来た様々な種族の人達でひしめきあう。

 サーカスを見に来た子供達には、ケット=シーちゃん達が風船を配りまわっていた。

 他にもケット=シーちゃんによる玉乗りチラシ配りだったり、ケット=シーちゃんと記念撮影だったりと、色々な事をやっていた。


 だけど私は全く楽しむ余裕も無く、サーカステント内の応接室で、今もの凄く緊張して顔を青ざめさせていた。

 何故緊張しているのか答えは簡単。

 私は男性用の服を着て、男装をさせられている状態で、サルガタナスの目の前にいるからだ。

 ビシッと決まった男性用の大きめのスーツを着て、厚底の革靴を履き、ベレー帽を被っている。

 更には、なんでこんな物がという感じで、髭付鼻眼鏡を顔に付けていた。

 私はそんなおかしな男装姿で、サルガタナスの目の前でソファーに腰かけている。

 サルガタナスはコラッジオさんと楽しそうにお話をしていて、私はサガーチャちゃんの横に座りながら、それをハラハラドキドキしながら聞いていた。


 何故このような事になってしまったのかと言うと、それは作戦開始前の出来事だった……。





 ここはサガーチャちゃんの研究室。

 サーカスの公演の時間が迫って来たので、サガーチャちゃんのお着替えの手伝いの為に、リリィと一緒にサガーチャちゃんの研究室に来ていた。


「ねえ、サガーチャちゃん。本当にさっきの作戦でいくの?」


 私は珍しく綺麗なドレスを着ているお姫様姿のサガーチャちゃんに、視線を向けて訊ねた。

 すると、お姫様姿のサガーチャちゃんは、いつもの口調で私に答える。


「勿論さ。君には私の婚約者として、一緒にサーカスを見に行ってもらう」


 サガーチャちゃんがそう答えると、それを私の横で聞いていたリリィが、眉根を上げてサガーチャちゃんを睨んだ。


「やっぱり駄目よ。演技とは言え、絶対に駄目だわ。そんなの、スミレにでもやらせておきなさいよ」


「そうは言うけどリリィくん。スミレくんだと身長が大きすぎるし、何よりも見た目が派手だから、直ぐに気づかれてしまうだろう?」


 リリィの睨みに物怖じせずにサガーチャちゃんが答えると、リリィが一歩前に出る。


「それなら、私がジャスミンの代わりになるわ」


「残念だけど、君は作戦に欠かせない主戦力だ。表立って行動はしてほしくない。なにより、君は胸が多少あるじゃないか。正直、万が一の時に変装がバレてしまう要素が大きいんだ」


 サガーチャちゃんがそう言うと、リリィは自分の胸を触って、凄く悔しそうな顔をした。


 わぁ。

 リリィが凄く悔しそうな顔してる。

 ちょっと珍しいかも。

 なんだか可愛いなぁ。


「まあ、そんなわけだから、ここは胸も全く無い身長も私より少し高い程度の、ジャスミンくんが適役なのさ」


「ご主人、何気にけなされてるけど、あまり気にして無さそうッスね?」


「え? そうなの?」


「おっぱいが全く無いって言われてるッスよ」


「褒め言葉でしょう?」


「……ご主人って、そう言えば元々ロリコンだったッスね」


 トンちゃん、ロリの世界にも、ロリ巨乳っていうものがあってだね……って、今はそんなのどうでもいいよね。


 そんな風に私がおバカな事を考えていると、そこへベッラさんがやって来た。


「サガーチャ、準備は出来たの?」


「この通りさ。それより、ジャスミンくんに着てもらう服の準備は?」


「その事なのだけど、アレを使おうと思って確認しに来たの」


 アレ?


「あ~。アレね。良いんじゃないかな?」


「うふふ。決定ね。ちょっと待っててね」


 ベッラさんはそう言うと、急いで研究室を飛び出した。


 はあ……どうしよう?

 婚約者かぁ。

 バレたら絶対ヤバいやつだよね!?

 でも、他に方法が思いつかないし……。


「まあ、そんなに心配する必要は無いさ。それに嫌かもしれないが、ジャスミンくんがニクスって子を助けるまでの辛抱なんだ。公演の順がこのパンフレット通りなら、そんなに長い話でもないだろう?」


「別に嫌とかじゃないけど……」


 私はそう呟いて、サガーチャちゃんが取り出したパンフレットを見る。

 そこには、今日のサーカスで何をやるのかが、順番に簡単に説明されていた。

 それを見て、私の横でリリィが呟く。


「うさ耳バードの空中演舞ねぇ。それまでに退路を確保。必要あれば敵を皆殺し。ま、何とかなるでしょ」


「皆殺ししちゃダメだよ!」


「じゃあ、半殺しね」


「う……ん? それも物騒で怖いから、優しく気絶させてあげて?」


「難しいわね」


「あはははは。優しく気絶させるって何だい? ジャスミンくん。本当に君は面白いね~」


 サガーチャちゃんはお腹を抱えて笑いながら、スタスタと歩いて行く。

 そして、棚の引き出しから、直径2センチ位の大きさの小さなサイコロを取り出した。


「これはサイコロ型の目くらまし装置なんだ」


 そう言って、サガーチャちゃんが私の所まで来て、私にサイコロを差し出す。

 私は差し出されたサイコロを受け取ると、手でつまんで凝視した。


「サイコロの赤い目を押すと、一瞬だけ周囲に光を放出する仕掛けになっていてね。もしサルガタナスの仲間に見つかったら、それを使うと良い」


「うん。ありがとー」


 私がサガーチャちゃんにお礼を言うと、サガーチャちゃんは微笑んだ。

 するとその時、ベッラさんが戻って来て、私達の様子を見て微笑む。


「うふふ。楽しそうね」


「ベッラさん、おかえりな……さっ!?」


 私はベッラさんに振り向いて驚いた。

 ベッラさんが男性用のスーツを持ちながら、髭付鼻眼鏡を顔に付けて入って来たからだ。

 まるで宴会芸で使われるようなそれは、滑稽と言う言葉がよく似合う。


「べ、ベッラさん?」


「うふふ。これ、良いでしょう? 男装するなら、是非これを付けてほしいの」


 そう言って、ベッラさんは髭付鼻眼鏡を外す。

 そして、ニコニコとした笑顔で、なんの悪びれも無く私に差し出す。


 こ、これ、本当につけるの?


 私は髭付鼻眼鏡を受け取って、ベッラさんに視線を向けると、ベッラさんが期待に満ちた綺麗な瞳で私と目を合わす。


 こ、断れない!

 こんな綺麗な目で見つめられたら、断れないよ!

 そうだ!

 リリィ、リリィならきっと……え?

 なんでリリィまで、そんな期待に満ちた目で私を見つめているの?

 サガーチャちゃんに至っては、ニマニマ笑って楽しそうだし……。

 もしかして、だからさっき良いとか言ったの!?

 楽しそうとか思ったに違いないよ!

 誰か助けて?


「ぷぷ。ご主人、絶対似合うッスよ。ぷぷっ」


「主様、アタシもそれほしいんだぞ!」


「がおー!」


 トンちゃんが笑いを堪え、プリュちゃんとラヴちゃんが目をキラキラと輝かせて私を見た。





 と、こんな感じで私は今、サガーチャちゃんの婚約者になりすましていた。

 そして、サガーチャちゃん達ドワーフ王家と一緒に行動していて、今はサルガタナスと応接室でお話中。

 トンちゃんとプリュちゃんとラヴちゃんは、今はリリィ達と一緒に行動している。

 作戦が開始されれば、トンちゃん達もそれぞれ持ち場に移動する予定だ。

 リリィ達は警備の兵隊さん達と一緒に行動して、公演時間まで待機をしながら、作戦の準備をしているのだ。


 私は気が付かれてしまうんじゃないかとハラハラドキドキしながら、出来るだけサルガタナスと目を合わさないように視線を逸らす。


 うぅ……本当に大丈夫かなぁ?

 と言うか、この状況は色んな意味で、私の心臓に悪すぎだよぅ。

 こんな髭付鼻眼鏡なんて、絶対変だって怪しまれちゃうよね?

 やっぱり、ちゃんと勇気を出して断れば良かったよぉ。

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