197 幼女は友人を諦めない
「幼女先輩」
私が半ば放心状態でトイレを出ると、スミレちゃんに呼ばれて振り向く。
スミレちゃんは何か慌てた様子で私に近づくと、心配そうに私を見た。
「ニクスちゃんの後を、アスモデちゃんが追いかけて行ったなのですよ。トイレで何があったなのですか?」
私はスミレちゃんの顔を見上げて答える。
「戻ってから話すよ」
私はそう答えると、さっきの事を頭の中で整理しながら皆の所へ戻る。
そんな私を、スミレちゃんとアマンダさんが心配そうに見つめていた。
そうして皆の所まで戻ると、コラッジオさんが既に戻って来ていて、何やら真剣な面持ちで唸っていた。
だけど、コラッジオさんは私が戻って来た事に気が付くと、私に微笑んで椅子に座るように施してきた。
私が椅子に座ると、コラッジオさんは咳払いを一つして、真剣な面持ちで話を始める。
「まず初めに言っておこう。ビフロンスがサルガタナスに捕まっているようだ」
「どうりで昨日の夕ご飯の時から見かけなかったなのよ」
あっ。
言われてみれば、いなかったかも。
「うむ。ビフロンスにはサルガタナスへ嘘の報告をさせに行かせたのだが、それが裏目に出たようだ」
「嘘の報告ですか?」
アマンダさんがそう訊ねると、コラッジオさんが顔を渋らせて、こくりと頷く。
「ジャスたん様を再度捕まえたという報告だ。実は、サルガタナスが連れている猫は、街のあちこちにいるのだ。それ故に、ジャスたん様が城に昨日入って行く所を見られている。こちらとしても、どうなったか知らせておく必要があったからな。それでうその報告をしたというわけだ」
「ふーん。でも、それが何で嘘だってバレたのかしら?」
リリィがコラッジオさんの言葉に疑問を言うと、サガーチャちゃんがそれに答える。
「バレたのではなく、問題はビフロンス自身だよ」
ビフロンス自身?
「一昨日、ビフロンスが魔族のお姉さんを助けだそうとしていた事を、サルガタナスは知っているからね」
あー。
なるほどだよ。
って、それなのに報告に行かせたんだ。
完全に人選ミスだよ。
「風呂掃除の罰を与えたともサルガタナスには伝えていたのだが、まさかそれで許されないとは思わなかった」
コラッジオさんって結構アレな人だよね。
「とにかく、だ。ビフロンスには嘘の報告ついでに、偵察に行かせたのだが、期待出来そうもない」
コラッジオさんがそう言ってため息を一つ吐き出すと、アマンダさんが話しかける。
「陛下、確認させて頂きたい事があるのですが、よろしいですか?」
「うむ。言ってみよ」
「現時点でサルガタナスに伝えて、認識されている我々の中で捕らわれている人物は誰なのでしょうか? それによって、今後の行動を決めたいのですが」
「確かに、お前達も知る必要があるな。サルガタナスに報告したのは、ジャスたん様とリリィと言ったか? この二名だ。先程のサルガタナスの様子では、他の者が城に入った事は知らぬようだったな。私も他の者は未だに逃げられたままだと伝えた」
「そうですか」
コラッジオさんに答えてもらうと、アマンダさんは顎に手を当てて、何かを考え込む。
すると、皆がアマンダさんに注目する中で、スミレちゃんが私に視線を向けて目を合わした。
「幼女先輩。さっきの話の続きをして下さいなのです」
「さっきの話の続き? ジャスミン、何かあったの? スミレとアマンダと一緒に、サルガタナスを見に行ったって聞いていたけど」
「うん」
私はリリィに返事をして、椅子から立ち上がる。
そして、一度目を閉じで深呼吸する。
アスモデちゃんに言われた私の事は、今は黙っておこう。
多分言ったら、リリィが余計な心配しちゃうもんね。
だから、話すのはニクスちゃんの事だけにしよう。
そこまで考えると、私はここに来るまでに整理したニクスちゃんの事を話す為に、ゆっくりと目を開けた。
「サルガタナスと一緒に、ニクスちゃんが来ていたの。それでニクスちゃんとお話をしたら、自分の意志でサルガタナスと一緒にいるから、放っておいてって拒否されちゃったんだ」
「ニクスが!? そんな、どうして?」
「わからないの。でも、何か理由が……契約があるみたいだったよ」
「それで幼女先輩の様子が変だったなのですね。そう言えば、アスモデちゃんは何でお城にいたなのですか?」
スミレちゃんがアスモデちゃんの名前を出すと、リリィが驚いてスミレちゃんに視線を向けた。
「あの子もいたの?」
「そうなのよ。ニクスちゃんの後を追って行ったなの」
「アスモデちゃんは私達に関わるつもりは無いみたいだよ。むしろ、サルガタナスには黙っててあげるから、これ以上関わるなって忠告されたよ」
「まさかアスモデまでいたなんてね。スミレは気が付かなかったの?」
「ニクスちゃんと同じなのよ。匂いがわからないように、何らかの対策がとられているみたいなのよ」
「そうなのね」
「ご主人」
「うん? トンちゃん、どうしたの?」
「結果的に猫女の忠告通り、ボク達がサルガタナスと関わる理由が無くなったッスね。方言娘を助ける必要が無いし、これからどうするんスか?」
「うん。そうなんだけど、私も色々と考えたんだ。だけど思ったの」
私は一度大きく息を吸って、深く息を吐き出す。
「私はやっぱり、ニクスちゃんを助けに行くよ」
「でも、肝心のニクスが放っておいてほしいって、言ってるのでしょう? 何か理由があるの?」
「うん。私に放っておいてって言ったニクスちゃんが、とても苦しそうな顔をしていたの」
それに、ラテちゃんからも連絡がこない。
ニクスちゃんがサルガタナスと一緒にいる理由を、きっとラテちゃんは知っているんだ。
だから私は思うんだ。
きっと、何か言えない事情があるんだって。
だから、だから私は。
「ニクスちゃんを助けたい! あんなに苦しそうな顔をしたニクスちゃんを、放ってなんかおけないよ!」
私が力強く答えると、リリィは立ち上がって私に微笑む。
「それなら決まりね」
「アタシも全力で協力するんだぞ!」
「がおー!」
「ご主人は人が良いっすからね~」
「私もニクスちゃんを助ける為に、頑張るなのですよ!」
「ジャスミン、もちろん私も協力するわ。それに、フウとランの事も心配だものね」
「皆、ありがとー!」
私が笑顔で皆に感謝すると、それを見ていたサガーチャちゃんが「ちょっと良いかい?」と言って、立ち上がる。
「ジャスミンくん。私も微力ながらに協力させてもらうよ。それで一つ確認なのだけど、君達は公演中に作戦に出るんだよね?」
「そうよ。その方が、エロピエロの行動を制限出来るから、何かと動きやすいのよ」
「そういう事なら、私にも良い考えがあるんだ。一つ提案しても良いかい? ジャスミンくん」
そう言って、サガーチャちゃんは私に視線を向けてニマァッっと笑みを浮かべた。




