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189 幼女に手をあげた罪は重い

「フェールッ! よく来た! 褒めてつかわすぞ!」


 食堂から現れたフェルちゃんを見て、ドワーフの王様が大声を上げて笑い出す。

 すると、その声につられて食堂から出て来たフェルちゃんとビフロンスが、王様と私達を交互に見て驚いた。


「うげっ。なんなんだよこの修羅場! だから俺は来たくなかったんだよ!」


「煩いですわよ。助けてあげたんだから、文句を言うんじゃありませんのよ」


 2人の姿を確認すると、私の横であからさまに嫌そうな顔をして、リリィがビフロンスを見た。


「ったくよー。これだったら、まだ風呂掃除してた方が良かったぜ」


 え? 何?

 無事だったのかと思ったら、お風呂掃除やらされてたの?

 って、そんな事を考えてる場合じゃ……。


 私がそう思った瞬間だった。

 ドワーフの王様は両刃の斧を持ち上げたまま大きく跳躍して、フェルちゃんに近づいた。

 そしてフェルちゃんの目の前に立ち、側にいたビフロンスを威圧しながら、フェルちゃんに話しかける。


「よく来てくれた。私だけでは少々厄介な相手でな。フェール、お前の力が必要な所だったのだ」


「ま、待って下さいませ! 私は戦いを止めに来たのですわ!」


「なんだと?」


「コラッジオ、今すぐ戦いをやめるのですわ!」


「そうそう。俺もその方が良いと思いますよ。こんなくだらない事してないで、あっちにいるお后様とアモーレ姫を――」


 ビフロンスが話している途中で、ドワーフの王様が雄叫びを上げて、ビフロンスを裏拳を繰り出した。


「ぐがぁっ……!」


 ビフロンスは裏拳をまともに食らってしまい、もの凄い速度で横に吹っ飛ぶ。

 すると、ドワーフの王様がフェルちゃんを左手で掴み、吹っ飛ぶビフロンスを追った。


「リリィ! お願い!」


 私は直ぐに危険だと感じて、リリィに呼びかける。

 だけど、流石のリリィだった。

 リリィは私の呼びかけよりも早く、吹っ飛ぶビフロンスを追っていた。


「死んだ妻と娘の仇をとる事をくだらないだと!? 貴様ぁぁあっっ!」


 ドワーフの王様が吹っ飛び続けるビフロンスを追いながら、両刃の斧を振り上げる。


「待って下さいませ! ベッラとアモーレが死んだ!? 何を言っていますの? コラッジオ、貴方勘ち――」


「黙れぇいっ!」


「きゃあっ!」


 ドワーフの王様がフェルちゃんを力強く握り締め、フェルちゃんが悲鳴を上げて気絶する。

 ビフロンスは勢いよく地面に転がって、城を囲む塀にぶつかって横たわる。

 そして、ドワーフの王様は両刃の斧をビフロンスに向かって投げ飛ばした。


 両刃の斧はもの凄い勢いでビフロンスに向かって飛んで行き、ビフロンスに命中――しない。

 間一髪の所でリリィが追い付いて、ビフロンスの前に立ち両刃の斧の刃を受け止めたのだ。


 しかし、ドワーフの王様の勢いはまだ治まらない。

 ドワーフの王様はそのまま両刃の斧を掴んで、リリィを押し切ろうと力を込める。


「死ねえぇーっ!」


「いい加減にーっ!」


 リリィが両刃の斧の刃を掴んだ手に力を入れる。


「話を聞きなさいよっ! この勘違い野郎ーっ!」


 リリィが大声を上げて、両刃の斧を掴んだまま粉砕した。


「ならば!」


 ドワーフの王様が刃を粉々にされた両刃の斧を捨てて、リリィに殴り掛かる。

 だけどその瞬間、ドワーフの王様の左足を水の銃弾が何発も撃ちぬいた。


「ぐっおおっ……!?」


 アマンダさんだ!


 王様は崩れるように、撃ちぬかれた左足の膝を地面に付ける。

 左足からは大量に血が流れだし、常人なら最早動けない程の傷をドワーフの王様は負った。

 だけど、ドワーフの王様の執念は凄かった。

 そんな状態だというのに、ドワーフの王様は雄叫びを上げながら立ち上がり、私を睨んで声を上げる。


「このままでは終わらん! 例え私は殺されようと、妻と娘を殺した貴様だけは、殺される前に葬ってくれるわ!」


 ドワーフの王様が私に向かって走り出し、私でもわかる位の強大な魔力がドワーフの王様に集束していく。


「させな……っ!?」


 リリィがそれを止めようとしたけど、突然額を押さえて立ち止まり膝をつく。


 リリィ!?


 その時、私は気が付いた。


 そう言えば、リリィって昨日から一睡もしてないんじゃ?

 トンちゃんも凄く疲れてる感じだし、兵隊さん達も目の下の隈が凄いもんね。

 きっとそうだよ。

 リリィってば、本当に、おバカだなぁ。


 私はこんな時だと言うのに、なんだかそれが可笑しくなって、くすりとリリィに微笑む。


「リリィ。心配しないで? 私は大丈夫だから」


「ジャスミン……」


「土魔法マーキュリーセンテンス!」


 ドワーフの王様が呪文を唱えると、ドワーフの王様の目の前に魔法陣が現れて、ドワーフの王様がそのまま魔法陣に突っ込んで通り過ぎる。

 すると、魔法陣に触れた体は水銀に包まれて、ドワーフの王様の全身を水銀が覆った。


「プリュちゃん! 詠唱を省略していくよ!」


 私はドワーフの王様に向かって手をかざす。

 既に私とドワーフの王様の距離は5メートル以内にまで接近している。

 だけど、私はまだ耐える。


 アブソーバーキューブキャンセラーの射程内に入るまで後もう少し!


「死ねえぇいっ!」


 ドワーフの王様が1メートル以内、目と鼻の先の距離まで近づき叫ぶ。


「いっけーっ! 主様っ!」


 私はプリュちゃんの言葉を合図に、アブソーバーキューブキャンセラーを発動。

 そして、目の前に水色の魔法陣を生み出して、魔法を一気に解き放つ。


「馬鹿なぁっ……!?」


 私の放った魔法は氷の魔法。

 魔法陣から、一瞬で凍りつくような冷気を、勢いよく周囲にばら撒いた。

 一瞬にして周囲は凍り付き、そして水銀を凍らす程の威力を持ったその魔法は、接近したドワーフの王様をその場で氷漬けにした。


 私はやっと止まったドワーフの王様を見て、ふうっと、小さく息を吐き出した。

 すると、私の腰につけているポーチから、大きなあくびが聞こえてきた。


「がお?」


「うっ。寒いッスね~」


 トンちゃんとラヴちゃんが目を覚まして、顔を覗かせる。


「2人とも、おはよーだぞ」


「おはよう。よく眠れた?」


「昨日は、あまり眠れなかったッスからね~。おかげで快眠出来たッス」


「がお」


「そっか。それなら良かったよ」


 トンちゃんがポーチから飛び出して、私の肩の上に座ると、凍ったドワーフの王様を見て驚く。


「な、何があったんスか?」


「あっ。そうだよ! 早く解凍しないと! ラヴちゃん、力を貸して?」


「がおー」


 ラヴちゃんが返事をしたその時、信じられない事が起こった。


「この程度の苦しみで、私を止められると思うなよっ!」


 なんと驚く事に、ドワーフの王様は凍った水銀を中から砕いて動き出したのだ。


 う、嘘でしょう!?


 私はあまりにも予想外な展開に、驚きすぎて腰の力が抜けてしまって、その場で尻餅をついた。


「ジャスミン!」


 リリィの顔からも焦りが見えていて、私に向かってふらつきながら走り出す。


「殺してやるぞぉっ!」


「コラッジオ!」


 ドワーフの王様が私に向かって拳を振り上げたその時、食堂の方からドワーフの王様の名を誰かが呼んだ。

 その声を聞いた途端、ドワーフの王様は目を見開いて驚き、食堂に顔を向ける。

 私もドワーフの王様同様に食堂の方へ視線を向けて、視界に入った人物を見て、私は思わず安堵のため息を吐き出した。


 アモーレちゃんとお后様……それに、サガーチャちゃんだ。

 良かったぁ。

 おかげで助かったよぉ。


「ベッラ、それにアモーレ……? お前達、この者に殺されたのでは……?」


 ドワーフの王様が信じられないものを見るような目で、3人を見る。

 すると、サガーチャちゃんが凄く軽蔑するような眼差しをドワーフの王様に向けた。


「本当にこの人は、全くもって理解しがたい残念な思考の人だ。こんな男が父親だなんて、私の最大の汚点だよ」


「今回ばかりは、サガーチャに同意よ。アナタ、まさかその拳で、その女の子を殴るつもりじゃないでしょうね?」


「ジャスたんをいじめうおとさまなんてきらい!」


 えぇっと、これは……。


 私はなんだか可哀想な予感がして、ドワーフの王様に視線を向ける。

 ドワーフの王様は私に振り上げていた拳を背中に隠して、最早さっきまでとは別人なのではと疑いたくなる程に、もの凄くオロオロしていた。

 そしてそんな中、サガーチャちゃんとお后様が、アモーレちゃんの頭を撫でながら褒める。


「アモーレ、ラ行が言えたじゃないか。偉いぞ。もっと言ってあげなさい」


「うふふ。アモーレも立派に成長しているのね。そうね。私ももう一度聞きたいわ」


「ジャスたんをいじめうおとさまなんてきらい! ジャスたんをいじめうおとさまなんてきらい!」


 あ、アモーレちゃん。

 それ以上はやめてあげて?


 ドワーフの王様が精神的ダメージを受けながらも、フラフラと足をおぼつかせて3人に近づいて行く。


「お、おお。偉いぞアモーレ、言えなかったラが言えるなんて、パパも嬉し――」


 だけど、悲しいかな現実は。

 近づくドワーフの王様に向かって、サガーチャちゃんとお后様は鋭く睨み威嚇する。


「アナタはこっちにこないで! 女の敵! アモーレの教育に良くないわ!」


「王である前に、大人の男の癖に女の子に手をあげる様な野蛮人が、アモーレに近づかないでくれるかい? 汚らわしい!」


 ドワーフの王様が、まるで死んだ魚のような目をして、がっくりと項垂れて膝をつく。


 つ、強い……。

 やっぱり、何処の世界でも家庭内最強は女性なんだね!

 って言うか、王様がなんだか可哀想だよ。

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