184 百合も蕾を諦めない
※前回のリリィ視点の話の続きになります。
凄くおバカな内容ですが、もう暫らくお付き合い下さい。
私は天才が作り出した目の前のジャスミンそっくりな人形、ジャスミン人形に視線を向ける。
その可愛さは本当にジャスミンそっくりで、まるで本人がそこに立っているかの様だった。
ジャスミン人形の引き込まれてしまいそうな綺麗で透き通る瞳を、私は見つめながらゆっくりと近寄る。
そして、ジャスミン人形の側まで来た私は、驚愕の事実に気が付いてしまった。
「どういう事よ?」
「ん? 何が言いたい?」
「アンタ、これよく見ると、全然ジャスミンに似ていないじゃない!」
そう。
ジャスミンそっくりだと思っていた人形は、ちっとも似ていなかったのだ。
私は呆れて、天才では無いただの無能を見てため息を吐き出す。
「な、何!? そんな馬鹿な!?」
私は驚く無能を見て首を横に振る。
そして、もう一度無能に視線を向けて言ってあげる。
「よく見なさい。ジャスミンの瞳は、こんなにも濁っていないわ」
「な、何……っ!?」
私の言葉を聞き、無能がジャスミン人形の瞳を真剣な眼差しで確認する。
そして、腰のあたりから紙を取り出して、紙と人形の瞳を交互に見た。
「何て事だ……」
無能が絶望した顔をして膝をつき、持っていた紙をハラリと落とす。
私は落ちた紙が気になり拾う。
そして、そこに写った人物を見て驚いた。
「何よこれ!? ジャスミンじゃない!?」
私が驚きながら訊ねると、無能が力無く答える。
「それは写真って言う物だ。カメラという装置を使って、人を撮って紙に写し出した物が、その写真だ」
「そんな物があったなんて……っ! それがあれば、ジャスミンを撮り放題じゃない!」
「そうだな……」
「アンタ、急にしおらしくなったわね。どうしたのよ?」
私が訊ねると、無能が両手で拳を作って、床に拳を叩きつける。
「俺は自分が恥ずかしい! 自分の能力に慢心してしまっていたんだ! こんな失敗をしてしまうなんて、なんて醜く愚かなんだ!」
無能が悔しそうに肩を震わせるので、私は無能の肩に手を置いて囁いてあげる。
「誰にでも失敗はあるわよ。それに、この写真という紙で、ここまでジャスミンに似せれたんだもの。確かにアンタは無能だけれど、恥じる事は無いわ」
私がそう言って微笑んであげると、無能が私の顔を涙を流しながら見た。
「師匠……っ」
私は無能の腕を掴んで立ち上がらせて、視線を合わせて頷く。
「諦めるのはまだ早いわ。アンタなら、きっと人形を、いいえ! ジャスミン人形を完成させられるわ!」
「師匠! 俺、やります! 絶対に諦めません!」
「その意気よ!」
「はい!」
無能は返事をして、床に手のひらをつけて「うおおおぉぉっ!」っと叫び出す。
するとそこで、食堂の出入口から、聞きなれた声が聞こえてきた。
「やばいッス。あまりにも展開がおバカ過ぎて、話しかけるタイミングがわからないッス」
「あら? ドゥーウィンじゃない」
「良かったッス。ボクに気が付いてくれたッスね。ところでハニーは、さっきから何してるんスか?」
ドゥーウィンが何故か困惑しながら近づいて来るので、私はジャスミン人形の瞳に指をさす。
「これよ」
「さっきから見てたけど、ご主人そっくりな人形ッスよね。これがどうかしたッスか?」
「まさか、わからないの?」
いつもジャスミンと一緒にいるドゥーウィンがわからない事に、私は呆れながらも教えてあげる。
「ジャスミンの瞳と比べて、濁っているでしょう? しっかりしてよね。これ位、気が付きなさいよ」
「え? んー……んん? 全然わからないッス。どの辺が濁ってるんスか?」
「どの辺がって、全部よ全部」
「ぜ、全部ッスか?」
私は仕方がないので、先程手に入れた写真をドゥーウィンに渡す。
ドゥーウィンは盗撮がどうのと、よくわからない事を言いながら写真とジャスミン人形を見比べて、首を傾げて私に写真を返してきた。
するとその時、無能が二つ目のジャスミン人形を作り出した。
「師匠! お願いします!」
私は無能に目を合わせて頷いて、ジャスミン人形の瞳を確認する。
間違いなく、これはジャスミンと同じ透き通る様な綺麗な瞳だわ。
これなら問題な……これは!?
「駄目ね」
「そ、そんな!?」
「確かに、瞳は完璧よ。申し分ないわ。でも、今度は髪の毛の太さが違うのよ。ここを見なさい」
そう言って、私はジャスミン人形の髪の毛を一本触って見せる。
「ほ、本当だ!」
「髪の毛の太さとか、どうでもよくないッスか?」
「くそ! 何て事だ! だが、俺はもう諦めない! 必ず完成させるんだ!」
「え? まだ続くんスか?」
「そうよ! アンタなら出来る! 例えその身が滅びようと、決して諦めなければ、必ず勝利を掴めるわ!」
「はい! 師匠! 俺、絶対にやり遂げます! うおおおぉぉっ!」
「や、やばいッス。見事なまでの足止めになってるッス。これは、ある意味ハニーの天敵ッスよ。このままじゃ、絶対ご主人と合流なんて出来ないッス!」
「ドゥーウィン、さっきから煩いわよ? 黙って見てなさい! この戦い、負けるわけにはいかないのよ!」
「は、はいッス……」
私は煩いドゥーウィンを黙らせて、無能から挑戦者の顔付きとなったマラクスを勝利に導く為に全力を出す。
それから私とマラクスの戦いは夜遅くまで続いていき、気が付けばドゥーウィンも微力ながらに、マラクスにアドバイスをする様になっていた。
そして夜が明ける。
だけど、決して私達の戦いは終わっていなかった。
それどころか、今ではドワーフの兵達が入りこみ、戦いが更に激化している。
「俺は確かに見たぜ。魔性の幼女の頬は、もっと触りたくなる程に魅力的だった」
「そうさ! そんなもんじゃないぞマラクス!」
「ちっ。たいした野郎どもだぜ。昨日の騒動で、まさかこの幼女を、そこまで観察していたとはな」
「そうね。確かにあの兵の言う通りだわ。このジャスミン人形の頬のふくらみと柔らかさには、何かが足りないわ。そして、その何かが問題ね」
私が話しながらジャスミン人形の頬に触れると、マラクスが額の汗を拭って、私に決意の眼差しを向ける。
「ああ、師匠。わかってるさ。だが、必ずその謎を解き明かしてみせる!」
私とマラクスは互いに目を合わせて、こくりと頷く。
するとそこで、食堂のテーブルの上で眠っていたドゥーウィンが目を覚ました。
「ふぁ~。良く寝たッス。もう終わったッスか~? ……って、なんスかこの人達!? ボクが寝てる間に何が起きたッスか!?」
「あら? ドゥーウィン起きたの? 私達の戦いに心を打たれて、ドワーフの兵達が全勢力を上げて、加勢してくれているのよ」
「ドワーフ兵の、全……勢力…………スか? ドワーフって馬鹿しかいないんスか?」
そう呟いたドゥーウィンは、寝不足のせいか何故かとてもげっそりしていた。




