183 百合の花もいずれは散る
※話は少し遡って、リリィ視点の話になります。
「可哀想にな。その年で国家反逆罪で処刑される運命にあるなんて」
私を哀れむ様な眼差しで、看守兵が牢屋ごしから見つめる。
ジャスミンとの約束は、人に危害を加えない事よね?
私は看守兵の言葉を無視して、早速行動に移す事にした。
「お、お前! な、何をしている!?」
看守兵が私の取った行動に驚いて訊ねるので、私は煩いなぁと思いながらも横目でチラリと看守兵を見て答える。
「何って、見てわかるでしょう? 牢屋の檻が、ここから出るのに邪魔だからどかしたのよ」
「そんなもん見りゃわかる! ど、どうやって檻を、そんな粘土を触る様な感覚で、簡単に曲げたのかと聞いているんだ!?」
看守兵が怒鳴りながら、私にハルバードの切っ先を向ける。
正直私は今直ぐにジャスミンに会いに行きたいので、こんな奴に構っていられない。
そもそも、どうやっても何も、ただ手で握って横にぐいっとやっただけだ。
こんな物は、ジャスミンのスカートを捲るより容易い。
私は看守兵を無視して、横を通り過ぎようとすると、看守兵は何やら雄叫びを上げながら襲い掛かって来た。
「邪魔」
私は一言そう言って看守兵を睨んで、苛立ちのあまり、うっかりと壁を叩いて破壊してしまう。
すると、看守兵は泡を吹いて気絶した。
「あら? まあ良いわ。早くジャスミンを捜さないといけないもの」
独り言を呟いてから、私はある事に気が付く。
あまり目立った行動は、しない方が良いかもしれないわね。
この看守兵も凄く慌てていたし、私の行動一つで、万が一ジャスミンに何かあったらいけないもの。
そう考えた私は、気絶した看守兵を牢に入れて、檻を元に戻した。
これで、暫らくは大丈夫でしょ。
◇
暫らくジャスミンを捜していると、私は豪華な寝室を見つけた。
立派な寝室ね。
案外あの勘違い王の寝室だったりして。
そうだわ。
何かあった時の為に、何か弱みを握れないかしら?
そう考えた私は、寝室に入って、クローゼットや本棚を調べる。
何も無いわね。
まあ、そんなものよね。
仕方がないわ。
こんな事してる場合でもないし、ジャスミンを捜しましょう。
と、私が諦めて捜索に戻ろうと考えた時、スタスタと足音が聞こえてきた。
誰か近づいて来るわ!
私は慌ててベッドの下に潜り込む。
すると、丁度その時、間一髪の所で誰かが寝室に入って来た。
寝室に入って来た人物は、暫らくの間ベッドに座ると、ため息を一つ零した。
「コラッジオったら、ビフロンスが来てから最近どうも怪しいのよね。今までアモーレを外出なんて、絶対させなかったのに……」
そう呟くと、その人物は立ち上がる。
「賊に騙されたと言っていたし、アモーレが心配だわ。私がコラッジオの分まで、側にいてあげないとよね」
コラッジオって、確かあの勘違い王の事よね?
じゃあ、この人は后かしら?
部屋に入って来た人物が部屋を出て行ったので、ベッドの下から出ようと動くと、何かが頭にぶつかった。
何かしら?
私は頭にぶつかった何かを掴んでベッドから出て、その何かを確認する。
……ふーん。
王様と言っても、やっぱり男なのね。
まあ良いわ。
こんな物より、早くジャスミンを捜しに行かないと!
私はそれをテーブルの上に置いて、ジャスミンを捜す為に部屋を出た。
それから兵達の警備を上手くやり過ごして、暫らく進んで行くと、天井が高く広い食堂を見つけた。
そう言えば、そろそろお腹が空いて来たわね。
そうだわ!
ジャスミンを見つけた時に、お腹を空かせているかもしれないし、何か食べ物を頂いて行きましょう。
本当は盗みはいけない事だけど、無実の罪で捕まえられた迷惑料って事にしてしまえば、問題ないわよね。
食堂の調理場で食べ物を探していると、誰かが食堂に入って来る音が聞こえた。
私は面倒臭いと思いながら、気がつかれないように隠れて、その人物を確認する。
牛の頭?
被り物と言うわけでもなさそうだし、きっと魔族ね。
その人物は頭が牛の魔族で、ここの城の兵と同じ鎧を着ていた。
武器は持っていないようだが、何やら怪しげなスイッチの様な物を持っている。
見つからないように音を出さずに隠れていたのだけど、世の中はそんなに甘くないらしい。
食堂に入って来た魔族は、隠れていた私に向かって大声を上げる。
「ここに逃げ込んだのはわかっているんだ! さっさと出て来い! こっちには、貴様の腕に付けた腕輪の装置に付いている毒を、貴様に打ち込む為のスイッチがある!」
腕輪? ああ、これね。
これに毒が入っていたのね。
それにしても、何で気が付かれたのかしら?
魔族が向けている視線は、こっちではないのよね。
「出て来ない様なら仕方がない! このスイッチを押すぞーっ!」
毒で死ぬのなんてごめんだし、ここは一先ず出て行くしかなさそうね。
私は仕方がないので出て行く。
すると、魔族が私の顔を見て、気まずそうに顔を歪めた。
その様子に私は疑問を抱いたのだけど、直ぐにその理由がわかった。
その馬鹿は、私が出て来てあげたというのにスイッチを押していたのだ。
「……は、はっはっはっ! け、計画通ーり!」
こいつムカつくわね。
ジャスミンと約束をしていなければ、今すぐに殴っているとこだわ。
私がイライラしていると、目の前の馬鹿が汗をダラダラと流し出す。
「あ、あれ? 何故だ? 何故毒が効かない!? 即効性の毒のはずなのに!」
「あら? そうなの? それなら不良品だったんじゃないの?」
「不良品? そんなわけあるか! 腕輪が紫色に変色しているだろ! お前の腕に毒針が刺さった証拠だ!」
腕輪を見ると、馬鹿が言った通り腕輪が紫色に変わっていた。
私は毒針に刺されたのか確認する為に、腕輪を割って腕から外す。
確認した結果わかったのは、痛みを感じなかったわりには、しっかり針が刺さって虫に刺された様な跡が付いていた事だ。
「確かに刺さってるわね」
私は目の前の馬鹿に視線を向けて教えてあげる。
すると、その馬鹿は目を見開いて、口を大きく開けて驚いていた。
何なのこいつ?
もう放っておいて、ジャスミンを捜しに行きましょう。
早くジャスミンに会いたいもの。
私がその場を去ろうとすると、馬鹿が慌てて私の前に立ちはだかった。
「何よ? どいてくれない? 私はアンタに構ってあげられる程、暇じゃないのよ」
「いや。おっかしいだろお前! 何で毒が刺さってるのに平気なんだよ!?」
「そんな事知らないわよ」
「その毒はな! 刺さると、理性を失う程エッチな気分になる恐ろしい毒なんだぞ!」
「なるほどね。だったら、効果は抜群じゃない」
「何!? そのわりには、普通に見えるんだが?」
「馬鹿ね。わからないの? 私は今、もの凄くジャスミンに会いたいのよ!」
私が声高らかに話すと、目の前の馬鹿が驚き後ずさる。
「くそっ! エッチな気分になった所を、ぐへへな展開に持っていこうとしたのに!」
「うわっ。キモイわねアンタ」
軽蔑の眼差しで私が馬鹿を見ると、馬鹿が私と目を合わせて突然笑い出す。
そして、左目を左手で覆って隠して、目を見開いて喋り出す。
「だが、これも運命のイタズラだ! 全てはこの俺、マラクス様に流れがきている!」
馬鹿がニヤリと笑みを浮かべて、私に指をさす。
「貴様は、ここが何をする場所かわかるか?」
「は? 食事をするところだけど、それがどうしたって言うのよ?」
私が苛立ちながら答えると、馬鹿が拍手をした。
「正解だ。そして、貴様の敗因は、ここが食事をするところだからだ」
「言っている意味がわからないのだけど?」
「ならば教えてやろう! 食堂とはつまり、食事をする場所という事だ! そして、貴様の大好物はジャスミンと言う名の幼女。つまり!」
馬鹿が大声で叫んで、両手の手のひらを床に付ける。
すると、その瞬間に床から、とんでもないものが飛び出した。
「そ、そんな!? 嘘よ! こんな事って!」
「貴様が今すぐ食べたい大好物の幼女ジャスミンの、等身大フィギュアだ!」
床から現れたのは、ジャスミンそっくりなお人形だった。
私は言葉を失い、呆然と立ち尽くす。
「俺がこいつを作り続ける限り、貴様は食事を終える事が出来ない! つまり、食堂からは出られない! さあどうする? 手も足も出まい? はっはっはっ!」
油断したわ!
まさか、これ程までに恐ろしい魔族がいただなんて!
私は、私はどうすれば良いの!?
「声も出ないようだな。それも仕方がない事だ。なんせ俺の能力は、一度見た人物の肌の感触や見た目などを、全て兼ね備えた等身大フィギュアを作り出す能力なのだからな!」
「そんな!? 何て恐ろしい能力なの! ……悔しいけれど、アンタの能力の恐ろしさを認めるしかないわね」
「はっはっはっ! 俺の勝ちだ!」
ジャスミン、ごめんなさい。
私には、いくら作り物の人形であっても、ジャスミンから目を離す事なんて出来ないわ。




