180 幼女はポーチ作りを見学する
「サガーチャちゃん!?」
私が驚いてサガーチャちゃんの名前を呼ぶと、サガーチャちゃんはニマァッと笑いながら鍛冶工房に入って来た。
サガーチャちゃんは何かを引きずりながら入って来て、私はそれを見て驚いた。
「サガーチャちゃん。それって……」
「アモーレとフェールくんから話を聞いてね。こいつを加工してほしいんだろう? イフリートの鱗なんだってね。運ぶのが大変だったけど、持って来てあげたのさ」
そう言って、サガーチャちゃんは布で包まれていたイフリートさんの鱗を、引きずりながら私の目の前にやって来た。
「サガーチャちゃん。ありがとー!」
私は嬉しくなって、思わずサガーチャちゃんに抱き付く。
すると、サガーチャちゃんが顔を赤くして微笑んだ。
「こいつぁ驚いた。あのサガーチャが、顔を赤くして笑ってやがる。はっはっはっはっ」
「うふふ。本当に仲が良いのねぇ」
「この子が噂のサガーチャちゃんなのですか? しっかり匂いを覚えたなのよ!」
スミレちゃんは相変わらず、絶好調に変態だなぁ。
って、あっ。そっか。
スミレちゃんはビフロンスに連れて行かれたから、腕輪をはめられてなくて、サガーチャちゃんと会うのは初めてなんだね。
「スミレさんは凄いんだぞ」
たしかに凄いけど、プリュちゃん、そこは目を輝かせるところじゃないからね?
「がお?」
「なんてー事だよ純白の天使ぃっ! 博士のこんな顔は、オレッチも見るのは初めてーだぜえ!」
「これはやばいですよ! まさか博士と純白の天使が繋がっていたなんて! これを報告すれば、私は殺されずに済むのでは!?」
「そのつもりなら、今すぐに貴方の頭を撃ちぬくわよ?」
な、なんだか再会を喜べなくなる位に、凄く物騒な事言ってるよ?
アマンダさん、冗談だよね?
私が皆の反応を見ていると、そんな私の顔を見て、サガーチャちゃんがニマァッと笑みを浮かべた。
「ここに来て正解だったよ」
私はサガーチャちゃんの言葉を聞いて、サガーチャちゃんに振り向く。
すると私の目に映ったのは、正解だったと口にしたサガーチャちゃんの、とても嬉しそうで素敵な笑顔だった。
その笑顔を見て、なんだか私も嬉しくなって笑顔を向ける。
「さてと……」
サガーチャちゃんはそう呟いて、周囲を見まわして作業台へと向かう。
「ここは変わらないねえ」
サガーチャちゃんがそう言いながら作業台に到着すると、作業台の上にイフリートさんの鱗を乗せた。
それから、サガーチャちゃんは教授のお爺ちゃんに顔を向けて、ニマァッと笑みを浮かべた。
「親方。ここ借りるよ」
教授のお爺ちゃんにそう言うと、返事も聞かずにサガーチャちゃんが作業に取り掛かる。
あれ?
教授のお爺ちゃんじゃなくて、サガーチャちゃんが作ってくれるんだ?
嬉しいなぁ。
そう言えば、フェルちゃんが言っていたけど、サガーチャちゃんは私達を助けてくれるんだっけ?
お城で直接働く魔科学の研究者さんみたいだけど、大丈夫なのかな?
なんとなくだけど、アモーレちゃんとフェルちゃんはバレても、立場的にそこまで酷い事にはならないと思うけど、サガーチャちゃんの場合はどうなんだろう?
もし酷い事になるなら、私達の為に危ない事はあまりしてほしくないよね。
そう私は考えながら、プリュちゃんとラヴちゃんと一緒に、その作業風景を間近で眺める。
サガーチャちゃんは鱗を切ったり削ったり、火床を使って熱を加えて、金床に乗せて金槌で打ちつけていく。
本当にポーチを作っているのかと疑いたくなるような、まるで別の何かを作っているような作業風景は、とても興味深くて私は魅入る。
そうして、私がサガーチャちゃんのポーチ作りの作業を見ている中、背後でスミレちゃん達も何やら会話を始め出す。
「魔法の無効化を防ぐ方法では無くて、物は無いなの?」
「あるにはあるが……」
「え? あるのですか? そんな物、私達魔族側には報告が無いですよ?」
「そりゃそうだろ。なあ?」
「教授の言う通りだぜえ? オライ。お前達魔族に、全ての技術を提供するわけーないだろーよお」
「エリゴス。お前も魔族なのよ」
私がスミレちゃん達のお話に聞き耳をたてていると、サガーチャちゃんが私の顔を見てニマァッと笑みを浮かべる。
「ジャスミンくん。君は転生者だったよね?」
「え? うん」
私が答えると、サガーチャちゃんは作業を続けながら話し出す。
「なら知っておいた方が良いだろうね」
「えっと、何を?」
「君達転生した者達が使う特殊な能力を、封じる物があるのさ」
サガーチャちゃんの研究室で、そんなような事が書いてある本があったなぁ。
確か、最近になって方法が発見されたんだっけ?
「あれには本当に苦労させられてね。元々は魔族を撃退する為に、王に頼まれて私が開発したんだ。だけど、結局我らが国王陛下様は、愚かにも魔族に取り入られてしまった」
そこまで話すと、サガーチャちゃんは作業を止めて、少しだけ顔を歪ませた。
「本当に、あの人には困ったものだよ。たかが私達への呼称程度の事で懐柔させられるなんて、本当に愚かだ」
サガーチャちゃん?
「っと、いけないね。話を戻そうか」
サガーチャちゃんはそう言って、再び作業を開始して話を続ける。
「特殊能力を封じる事が出来る装置は全部で三つ。見た目は虹色に輝く宝石さ。持っているのは王とサルガタナス。そして、ベルゼビュートとか言う魔族」
ベルゼビュートさんもなんだ?
って、あれ?
虹色に輝く宝石?
何処かで見た事があるような。
「まあ、でも、これには欠陥があってね」
「欠陥?」
「ああ、そうさ。私もまだまだって事だ。残念ながらね」
全然まだまだって感じじゃないけどなぁ。
能力を封じれる物を作り出すなんて、凄すぎだよ。
でも……。
「欠陥って何?」
「特殊能力を防げるのは、装置を起動している間に選んだ相手の能力一つのみ。そして、一度起動してしまうと、三十分間は止める事が出来ないし、止められないから他の能力は防げないのさ」
「えーと……じゃあ、能力が2つある場合は、1つしか防げないって事?」
「そうだね。それに加えて、どの能力を防げるかはわからないのさ。流石の私でも、相手を選ぶ機能を付けれても、封じる能力の選択までは出来なかったんだよ。まあ、その代わりと言ってはなんだけど、何の能力を防いでいるのかは分かるようになっているけどね」
なるほどだよ。
って、それでも十分凄いよね。
なんの能力を防いでるかはわかるんだし、かなり凄いよ。
「それから、恥ずかしい事に欠陥はまだあってね」
サガーチャちゃんは一度作業を停めて、苦笑しながら私に視線を向ける。
「一度使うと、装置の起動に使っている魔石に魔力が溜まるまでは使えない。そして、魔力が溜まるまで最低一日はかかる。しかもそれは、代えが効かないから待つしかない」
そう言うとサガーチャちゃんは鱗を取って、鱗の角度を色々と変えて、じっくりと見ながら言葉を続ける。
「それどころか、特殊能力を封じられるのは、起動している間のその三十分の間だけなんだよ。時間が過ぎれば元に戻る。例えば、ジャスミンくんにかかった能力に対して使っても、三十分を過ぎれば元通りって事さ」
「そっかぁ。それだと、私にかかってるベルゼビュートさんの能力は解除出来ないんだね。……あれ? サガーチャちゃん、知っていたの?」
「君の事を調べたからね」
あっ。そっか。
そう言えばそうだった。
あの時に調べていたもんね。
と、私が考えていると、プリュちゃんがサガーチャちゃんに話しかける。
「なあなあ博士。その特殊能力を防げる装置って、今から作れないのか?」
「残念だけど、それは出来ない」
「そうなのか?」
「私もジャスミンくんの為に作ってあげたいのだけど、あれには貴重で手に入りにくい材料が必要なんだ。だから、作ってあげられないんだよ」
「それなら、仕方がないんだぞ」
サガーチャちゃんは再び作業を開始して、言葉を続ける。
「さて、それはそれとしてジャスミンくん。一つ頼みごとがあるんだけど、聞いてくれるかい?」
「え? うん。なんでも言ってよ」
「そうかい? それなら遠慮なく言わせてもらおう」
サガーチャちゃんは作業を続けながら、私に顔を向けてニマァッと笑う。
「パンケーキを今から作ってくれないかい? 昨日食べたあの味が、忘れられないんだ」
「うん。喜んで」
私はなんだか可笑しくって、クスクスと笑いながら答えた。




