177 幼女に告白するのはやめましょう
「ってえと、あれか? 嬢ちゃん達は魔法を無効化されない為の手段を手に入れてーわけだな?」
「う、うん」
私は緊張しながらお爺さんに返事をして、ごくりと唾を飲み込んだ。
エリゴスさんが倒れた後、私はお爺さんに魔科学研究地区に来た経緯を正直に話したのだ。
私達が捕まった理由や、お城を抜け出した理由。
そして、大切な友達のニクスちゃんをサルガタナスから助ける為に、魔法を無効化されない方法が必要なのだと。
お爺さんが腕を組んで、目を閉じて唸る。
正直、これは賭けのような物だった。
本当の事を言っても信じてもらえないかもしれないし、最悪の場合は誰かを呼ばれて、捕まってしまうかもしれないからだ。
私は緊張しながら、じぃっとお爺さんの次の言葉を待つ。
暫らくすると、お爺さんは目を開けて、未だに倒れているエリゴスさんに視線を向ける。
そして、私と目を合わせてから、真剣な面持ちで口を開く。
「事情はわかった。信じられねえ話ではあるが、嬢ちゃんはエリゴスの馬鹿が見込んだ娘さんだ。嬢ちゃんの言う事を信じてやろうじゃねえか。だが……」
お爺さんが床に座ってあぐらをかく。
「それだけだ。悪いが手伝ってはやらねえ。悪い事は言わねえ。そこの馬鹿が起きたら、さっさと帰るんだな」
「うん」
ドワーフの王様と敵対しちゃってるんだもん。
だから、出来れば巻き込みたくないし、これで良いよね。
私がお爺さんに笑顔を向けると、私達の会話を聞いていたスミレちゃんが、倒れているエリゴスさんのお腹から腰を上げる。
って、スミレちゃん?
何処座ってるの!?
「やっぱり、所詮はただの老いぼれエロ爺なのよ」
「何だと?」
スミレちゃんとお爺さんが睨み合う。
あわわわわ。
スミレちゃんどうしちゃったの?
今日は、やけにつっかかってる気がするよ?
私が2人の様子におどおどしていると、突然ドアが開かれる音がした。
私はその音に反応して、ドアの方に視線を向ける。
すると、お爺さんと同じように4頭身で、とても優しそうな顔をしたお婆さんが、この鍛冶工房に入って来た。
そして、お婆さんは入って来るなり、ニコニコと微笑みながら優しい声で話し出す。
「うふふ。ごめんなさいね。許してやって頂戴。主人ったら、もう年だから、若い子達の前ではかっこつけたいのよ」
「馬鹿野郎! そんなんじゃねーやい! だいたいお前、何しに来やがった!?」
「あらあら。忘れたの? アナタが私を呼んだんじゃない。エリゴスさんのご友人が来るから、茶菓子でも持って来てくれって」
あっ、本当だ。
よく見ると、お煎餅の袋みたいなの持ってる。
って、この世界にもお煎餅とか、ああいう袋とかあるんだね。
「そんなもん、もう忘れちまったよ!」
「あらまあ。痴呆ですか? お医者さんに見てもらわないとですねぇ」
「何言ってんだ! 俺はまだまだ現役だ!」
「うふふ。そうですか」
お爺さんが、フンッと鼻息を荒く吹き出して、顔を横に向ける。
わぁ。良いなぁ。
なんだか、熟年の夫婦って感じだよぉ。
お爺さんもなんだかんだ言いながら、お耳が真っ赤で可愛い。
お婆さんはお爺さんとの会話を終えると、工房の端っこへ向かう。
工房の端っこには流し台があるようで、お婆さんは小さなお皿と湯のみとおぼんを人数分取り出した。
それから、お婆さんはテキパキとお煎餅やお茶を人数分用意して戻って来た。
お婆さんは戻って来ると、私とラヴちゃんとスミレちゃんに「どうぞ」と、お茶とお煎餅を乗せたおぼんを差し出した。
「ありがとー」
「召し上がってね」
私がお礼を言うと、お婆さんは私に優しく微笑んでくれた。
それから、私達にお茶とお煎餅を配り終えると、お婆さんもお爺さんの横に腰を下ろして、微笑みながらスミレちゃんを見た。
「主人はエリゴスさんが起きたら、宿に送ってもらってる途中に、色々聞けって言いたいのよ。でも、この通りの人だから、恥ずかしくってそれが言えないの。わかり辛くて面倒臭い人で、ごめんなさいね」
「いえいえ。そんな事ないなのですよ。こちらこそ、ついカッとなってしまって、ごめんなさいなのです」
「うふふ。そう言って頂けると、助かるわ」
スミレちゃんが私以外の人に、あんな風に話すのって初めて見たかも。
って言うか、お爺さんが耳だけじゃなくて、顔まで真っ赤になってる。
可愛い。
私が目を輝かせて様子を見ていると、ラヴちゃんが食べかけのお煎餅を手に取って、私をペチペチと叩いた。
「ジャチュ。これ、ちゅくれる?」
お煎餅かぁ。
そうだなぁ……材料さえあればなんとか出来るけど、何日か置いとく時間が必要なんだよね……。
旅をしている今の環境だと、ちょっと難しいかも。
「ごめんね。旅をしている間は、作ってあげられないんだよ」
「がお……」
「だけど、旅が終わったら、作ってあげるね」
「がおー!」
ラヴちゃんが喜んで、目を輝かせながらバンザイをする。
それを見て私が微笑んでいると、お婆さんが優しく微笑みながら、私に話しかけてきた。
「あらあら。お嬢ちゃん、料理が出来るの?」
「料理と言うか、お菓子作りが得意なの」
「まあ。そうなの? それなら、もし良かったらなのだけど、一つ頼みたい事があるのだけど」
「頼みたい事?」
「ええ。お城にいる子なのだけど、普段ご飯を全く食べない子がいるのよ。しっかりとご飯を食べてほしいのだけど、全く食べようともしてしてくれなくて、困っているの」
え?
普段ご飯を食べない子って、もしかしてそれって……。
「サガーチャちゃん?」
私がサガーチャちゃんの名前を出すと、お婆さんとお爺さんが口を開けて驚いた。
「じょ、嬢ちゃん。まさか、あの子に会ったのか?」
「うん。博士って呼ばれてる子だよね?」
「あらあら。こんな事ってあるのね。まさか、あの子に会っていたなんて。それに、あの子が自分の名前を誰かに教えるなんて、よっぽどお嬢ちゃんの事を気にいったのね」
「えへへ」
なんだか褒められてるような気分になって、私は若干照れながら頭を掻いた。
「あの子の事を知っているなら丁度良いわ。あの子も女の子なのだし、甘い物なら食べてくれるかもしれないでしょう? だから、何か食べさせてやってほしいの」
あー、そう言う事かぁ。
そう言う事なら……。
「サガーチャちゃんなら、私が作ったパンケーキを美味しいって、食べてくれたよ」
「まあ。本当?」
「うん」
「お嬢ちゃんは、本当に天使のようね」
私が答えると、お婆さんが凄く嬉しそうに微笑んで話すので、私はなんだか照れ臭くなってきた。
その嬉しそうな微笑みを見ていると、段々私も嬉しくなってきて、照れながらお婆さんと一緒に微笑み合う。
そんな時だった。
突然、ブーッと音が鳴る。
「がお?」
な、なんの音?
私とラヴちゃんは音に驚いて、キョロキョロと周囲を見まわす。
「何の音なのよ?」
スミレちゃんがお爺さんに訊ねると、お爺さんは立ち上がりながら答える。
「誰か来たらしい」
お爺さんは立ち上がると、スタスタとドアに向かって歩き出した。
私がお爺さんを目で追っていると、プリュちゃんから加護の通信で呼びかけられる。
『主様! 主様!』
『プリュちゃん? どうしたの?』
『大変なんだぞ! 主様が入って行った建物に、魔族が入って行ったんだぞ!』
『え? 本当?』
『本当だぞ。戦いになったら、出来るだけ外に逃げるんだぞ。そしたら、アマンダさんが援護射撃するらしいんだぞ』
『うん。わかったよ。ありがとー。プリュちゃん』
と、私がプリュちゃんにお礼を言ったその時だ。
ズドーンッと、もの凄い爆発音が聞こえたかと思うと、お爺さんが近づいたドアが爆発する。
お爺さんは爆発に巻き込まれて、吹っ飛んで床に転がって倒れてしまった。
「アナタッ!」
お婆さんが顔を青ざめさせて、急いでお爺さんに駆け寄った。
私もお爺さんに駆け寄ろうとした時だ。
「見つけましたよ。純白の天使」
と言って、オライが姿を現した。
そして、私は現れたオライの姿を見て目を疑って立ち止まる。
何故なら、オライは昨日と同じように狩人のような緑色の服を着ていたりと服装そのものは全く一緒だったけれど、雰囲気が全く別物だったからだ。
全身から微風が出ていて、その風は何故か黒く、見た目がおぞましく見えた。
そして何より、オライが私に向けた視線は憎しみに満ちていて、私にはそれが恐ろしく映ったのだ。
殺されると感じる程に恐ろしい形相をしたオライが、こちらを睨んで私は怯んで一歩後ずさる。
「昨日の汚名を返上する為、貴女には私の嫁になってもらいます!」
え?
今なんて言ったこの人?
顔の表情や雰囲気と、喋った言葉がなんだか一致しないよ?
聞き間違いかな?
「昨日の汚名を返上する為、貴女には私の嫁になってもらいます!」
2回言った!
2回言ったよ!
聞き間違いじゃなかった!
どうしよう?
意味がわからないよ?
私はオライの意味不明な告白にたじろいで、また一歩後ずさるのであった。




