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169 幼女を襲う爽やかな風

 闘技場の舞台に降り立った私を見て、観衆達が騒めくと、パチンッと手を叩く音が闘技場に響き渡った。

 すると、その音で観衆達は静まりかえり、その音の出所に観衆達が注目する。

 その音の出所は魔族オライ。

 スミレちゃんの処刑執行人だ。


「油断しましたよ。まさか真正面から、馬鹿正直にこの舞台に来る者が出て来るなんて思いもしませんでした」


 オライがそう言って、顎を上げて見下すように私を見る。


「さて、お嬢さん。貴女は確か、魔性の幼女とか言う馬鹿げた名前でしたね」


「違うよ! ジャスミンだよ!」


「まあ、そんな事はどうでも良い事ですね」


 どうでも良くないよ!

 失礼しちゃうなぁ。もう!


「幼女先輩、逃げて下さいなのですよ!」


「スミレちゃん、それは出来ないよ。今すぐ助けてあげるからね!」


 スミレちゃんに私が笑顔で答えると、スミレちゃんは目を潤ませる。


「幼女先輩~」


 スミレちゃんが私を呼んだその時だ。

 観衆の面々が騒めきだして怒声を上げる。


「邪魔すんじゃねーぞーっ!」


「ガキは引っ込んでろ!」


「出てけーっ!」


「そのガキも処刑しろー!」


 な、なんだかアウェー感が凄い感じがするよ。

 視線が、視線が痛いよぅ。

 でも、スミレちゃんを助ける為なんだもん。

 頑張るんだからね!


 私が怒声を浴びながらも、意気込みをいれていると、いつの間にかラヴちゃんがオライの側までトテトテと歩いて近づいていた。


「ら、ラヴちゃん!? 戻って来て! 危ないよ!


 私がそう叫ぶと、ラヴちゃんが私に一度振り向いて、片手を上げて「がお」と呟く。


 可愛いー……って、そうじゃない!

 あわわわわ。

 は、早く助けないと!


 と、私が焦っていると、ラヴちゃんがオライの足をポテンッとパンチする。


 きゃー!

 やばい!

 絶対やばいよ!


 オライがラヴちゃんを見下げて睨む。

 すると、ラヴちゃんがオライを見上げて目が合った。

 そしてその時。


「ぐあーやられましたー。うおーいたいー」


 と、オライが足を抑えて、やられたフリをした。


 あ、あれ?


 ラヴちゃんはオライのその演技を見ると、鼻でフンスと満足気に息を吐き出して、私の所までトテトテと歩いて戻って来た。

 静まりかえる闘技場。

 観衆達の視線が私とラヴちゃんに集まる。


「がおー!」


 ラヴちゃんが沈黙を打ち破るかのように、そう大声を出すと、観衆達が歓声を上げだす。


「可愛いー!」


「いいぞいいぞー!」


「もっとやれー!」


 え? 何これ?

 ど、どうしよう。

 と言うか、あのオライっていう魔族さん、絶対凄く良い人だよ?


 私は雰囲気にのまれて、若干のやり辛さを感じながら、ラヴちゃんを抱き上げる。


「さて、余興は終わりです。そろそろ、処刑の邪魔をしに来た貴女を、始末しなくてはいけません」


 ごくり。と、私は唾を飲み込む。


 オライさん凄く良い人だけど、スミレちゃんを助ける為には、やっぱり戦わないとだよね。

 頑張れ私。


 と、私が再び意気込んだその時、オライが弓を構える。

 が、私はその姿に違和感を覚えた。


 あれ?

 矢が……無い?

 ううん。

 違う。

 よく見ると、見えない何かがある。


「私は風の矢を射る魔族。お嬢さん、貴女もこのステージの見世物になってもらいますよ」


 風の矢?

 そうだ!

 ビフロンスが言ってた風の矢だ!

 だから見えないんだ!


「食らいなさい」 


 オライが風の矢を放つ。


「ラヴちゃん!」


「がお」


 私は直ぐに魔法で火柱を目の前に発生させて、風の矢をふせ――げない。

 風の矢が火柱を貫通して、私は風の矢に射ぬかれてしまった。


「きゃっ!」


 風の矢は私の体を貫通して、私は堪らず目を閉じる。


 痛……くない?

 あれ?


 瞬間、私は爽やかな風に包まれる。

 まるで全身を包み込むように、心地の良い風が通り過ぎ、私は不思議な感覚を肌で感じる。

 一番不思議だったのは風の矢に射ぬかれた筈なのに、全く痛みを感じない事だ。

 私は爽やかな風を感じるだけで、何故か痛みを感じる事が無かった。

 私はその事に疑問を抱きながら、ゆっくりと目を開ける。


 ……え?


「きゃあーっ!」


 私の悲鳴が闘技場全体に響き渡る。


 どどど、どうして裸になっちゃってるのー!?


 そう。

 何故か私は裸になってしまっていたのだ。

 と言っても、正確には全裸では無く半裸で、残るはパンツ一枚と靴を履いているだけの姿だった。


 意味わかんないよ!

 意味わかんないよ! 


「うおー! いいぞオライー!」


「あっと一枚! あっと一枚!」


「幼女先輩最高なのよーっ!」


「ふざけんな! 俺はガキには興味ないんだよ! そっちの姉ちゃんでやれ!」


「次はパンツも頼むぜー!」


 などと、観衆が大声で騒ぎだす。


「はっはっはっ。私の能力、魔法で作り出した矢で衣類のみを脱がす能力。これを食らって無事だった者は、今の今まで一人もいません」


 オライが私を見下げるように見て、ニヤリと笑う。


 出たよ!

 また出たよおバカな能力!

 魔族って、やっぱりこんなのばっかだよ!


 私が涙目で胸を隠しながらオライを睨むと、オライが何処からともなく何かを取り出して、それを私に向けて広げて見せてきた。


「次はこれを差し上げます」


 え? 何?

 ニーソックス?


 オライが広げて見せたそれは、白いニーソックスだった。

 私は頭に?を浮かべて首を傾げる。

 すると、オライはニーソックスを私に向かって投げ飛ばした。


「ふぇ?」


 な、なんでー!?


 一瞬の出来事だった。

 オライが私に向かって投げ飛ばしたニーソックスを、気がついた時には、私は足に穿いてしまっていたのだ。


「私のもう一つの能力。それは、対象相手にニーソックスを強制的に一瞬で穿かせる能力です。狙った獲物は逃しませんよ」


 おバカすぎる!

 何おバカな事をかっこつけて言ってるの!?

 なんなのこの魔族!

 本当になんなの!?


 私が顔を青ざめさせて考えていると、観衆達が歓声を上げた。

 そして、オライが気分良さげに、私を見下げるように見て余裕の笑みをする。


「私はお嬢さんの様な幼女には興味ありませんが、気にいってくれた方々もいてくれたようですね。観衆を盛り上げてくれたお嬢さんには感謝します」


 ぐぬぬぬぬ。

 おバカだけど、なんか悔しい。

 思いっきり向こうのペースだよ。

 と言うか、私みたいな小さな女の子を、こんな公衆ならぬ観衆の面前で、裸にしてニーソを穿かすなんてマニアックな事をしないでもらえるかな!?

 事案、事案だよ!


 と、私は顔を真っ赤にさせながら考えていると、その時に気がついてしまった。

 盛り上がる観衆達の声で、今まで気が付かなかったけど、その中に聞き覚えのある声が……と言うか、オライの背後から歓声の声が聞こえていた。


「うっひょー! いけなのよー! オライ! 次は、次はパンツを狙うなのよー!」


 えーと……スミレちゃん?

 もう、助けないで、放っておいていいかな?

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