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168 幼女は大役を任される

 トンちゃん達との加護を使った通信を終えてから暫らく経つと、牢屋の檻の向こう側から「ジャチュー」と、私の名前を呼ぶ可愛らしい声が聞こえてきた。

 その声に振り向いて可愛らしい声の主を確認すると、そこには怪獣の着ぐるみパジャマを着たラヴちゃんが立っていた。


「ラヴちゃん」


 私が小さな声で名前を呼ぶと、ラヴちゃんがトテトテと歩いて私に近づいた。

 私はその愛くるしい姿に胸キュンしながら、両手を広げて迎え入れる。


「ジャチュ」


 ラヴちゃんが私に飛び込んできたので、私はラヴちゃんを抱き上げる。

 すると、ラヴちゃんは怪獣の着ぐるみパジャマに付いている尻尾をフリフリとさせた。


「ジャチュ、がおー」


「うん。私もラヴちゃんに会えて嬉しいよ」


 私がラヴちゃんに笑顔を向けた時、牢屋の檻が叩かれる音がした。

 その音に驚いて、私は檻へ視線を向ける。

 すると、檻の外にビフロンスが立っていて、私とラヴちゃんの再会をつまらなそうに見つめていた。


「び、ビフロンス!?」


「フェールから話は聞いたぜ。おかげで俺としても、丁度良くて助かった。お互いの利害が一致しそうなんでな」


 利害が一致?


「俺の考えが浅はかだったせいだ。くそっ」


 ビフロンスが俯いて悪態をつく。

 それから、私に真剣な面持ちで視線を向ける。

 私がその様子に首を傾げていると、ビフロンスが牢屋の鍵を開けながら言葉を続ける。


「バティンさんがもうすぐで処刑される。助けたいんだ。協力してくれ」


「スミレちゃんが!?」


 サガーチャちゃんが言ってた事は、やっぱり本当だったんだ。

 でも、まさか一番安全だと思ってたスミレちゃんが、真っ先に処刑だなんて……。

 とにかく、急がないと!

 ビフロンスは信用が出来ないけど、スミレちゃんの事ならきっと信用出来る。

 協力するのは、良いかもしれないよね?


 と、私が考えていると、ビフロンスがため息を一つして俯いた。


「俺が馬鹿だった。バティンさんだけは見逃してもらえる様に、先に捕まえたのに、俺の頼みを聞き入れてくれなかったんだ」


「協力するよ。だから、今はそんな事より、スミレちゃんが捕まっている場所を教えてほしいの」


 私がそう言うと、ビフロンスは顔をあげて、弱々しく私を見た。


「そうだな。今はそんな話をしている場合じゃない。ついて来てくれ。場所を言っても、どうせお前なんかにはわからないだろ」


「う、うん」


 言い方ちょっと酷くない?

 ううん。

 今はそんな些細な事を気にしてる場合じゃないよね。


 私はラヴちゃんを抱きかかえたまま、ビフロンスの後に続いて牢屋を出る。

 牢屋の外では、看守兵がビフロンスの魔法で、いつかのリリィのように無表情の顔をして立っていた。


 そう言えば、ビフロンスって人を操れるんだっけ?

 私にこれを使わないって事は、やっぱりスミレちゃんの処刑されちゃうって話は、信用出来そうだよね。


 そんな事を考えながら、ビフロンスの後に続いて走っていると、ビフロンスが走りながら話しかけてきた。


「バティンさんは、既に処刑場として使われている闘技場に移動させられている。処刑の執行人は、サルガタナス様の部下オライだ」


「オライ? どんな魔族なの?」


「とにかく恐ろしい魔族だ。あんな奴の手に俺のバティンさんが……っ」


 ビフロンスが悔しそうに言葉を詰まらせた。


 相手は魔族かぁ。

 処刑を執行する魔族だし、今まで出会った魔族と比べてやばい魔族だよね?

 どんな魔族かはわからないけど、油断は出来ないはずだもん。

 頑張らなきゃ!


 私が意気込むと、ビフロンスが左手を軽く上げて立ち止まる。

 それを見て私も立ち止まると、ビフロンスが少しだけ顔を私に向けた。


「着いたぞ。……だが」


「え?」


 私はビフロンスが立ち止まった先を、そっと顔を出して覗き込む。


 な、何これーっ!?


 私は驚いた。

 そこは、東京ドームくらいの大きさがある広い空間で、見ただけでわかる闘技場と呼べるような構造をしている場所だった。

 観客席には数多くのドワーフ達がいて、決闘場である舞台を見て騒いでいた。


 そして、私はドワーフ達が注目している場所を見て、今すぐに飛び出したくなる衝動にかられた。


 スミレちゃん!


 決闘の舞台では、スミレちゃんが拘束具を付けられて、一人真ん中で立っていたのだ。


「くそ。もう奴が来てやがる」


 奴?


 ビフロンスの言葉を聞いて、私は奴と呼ばれた人物を探す。

 そして、舞台に立つもう1人の人物、魔族を見つけた。


 魔族は狩人のような緑色が目立つ服装で、少し長めで紺色の髪をしていた。

 背中からはコウモリのような羽を生やしていて、見ただけで魔族なのだとすぐにわかった。


「アイツがオライだ。遠距離攻撃を得意とする厄介な奴だ。奴の弓の間合に下手に入ったら、奴の扱う風の矢で射ぬかれると思え」


 風の矢で射ぬかれ……。


 ごくり。と、私は唾を飲み込む。

 すると、ビフロンスが顔をスミレちゃんに向けたまま、言葉を続ける。


「作戦を説明するぞ。お前も知っての通り、俺は透明になれる。俺が透明になって、バティンさんを縛るあの忌々しい拘束を取り払うから、お前にはその間だけ囮になってもらう」


「囮?」


「いくら透明になれると言っても、バティンさんに注目が集まっている今だと、何も出来ないだろ? だから、奴や観客共から注目を集めてくれ」


「そっか。私が囮になって注目を集めれば、その間にビフロンスが、スミレちゃんを助けてあげられるんだね」


「そういう事だ。出来るな?」


「うん」


 私はビフロンスの提案に、もちろん即決する。

 スミレちゃんを助ける為の囮なのだから、何も迷う必要が無いのだ。


「よし、上手くやれよ」


「任せてよ」


 返事をして、私は一度深呼吸をしてからスミレちゃんを見た。


 今、助けに行くからね。

 スミレちゃん!


 私は勢いよく観客席に入って、そこから舞台に飛び出す。

 目的は、ここに集まった人達やオライと言う名の魔族の注目を集める囮役。


 絶対、助けるんだ!


 私が勢いよく闘技場の舞台に立つと、白い砂が舞い、そこに集まる観衆の視線を釘付けにした。

 一瞬にして観衆達がざわざわと騒めきだして、私はごくりと唾を飲み込む。

 そして、スミレちゃんが私を見て、目をうるうると潤ませて叫ぶ。


「幼女先輩!?」


「スミレちゃん、助けに来たよ!」

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