166 幼女は博士と親睦を深める
研究室内は今、緊張した空気に包まれている。
サガーチャさんがパンケーキを睨みながら、切れ端にフォークを突き刺して、口元まで運ぶ。
ごくり。と、私は唾を飲み込んだ。
「悪いけれど、私はやっぱりいらないよ。元々これを作ってもらったのも、成分を調べる為だったしね」
サガーチャさんが、パンケーキの切れ端を刺したフォークをお皿に置いた。
「そんな事言わずに、一口だけで良いから……ダメ?」
私がそう言って見つめると、サガーチャさんは頭をポリポリと掻いて苦笑した。
「仕方がない。本当は無駄なエネルギーの摂取はやりたくないのだけれど、その分は次の食事で調整するとしよう」
な、なんか、そんな風に言われると、申し訳なくなっちゃうなぁ。
やっぱり、パンケーキは自分で責任を持って食べよう。
と、私が思った時だった。
ニマァッと笑みを浮かべて、サガーチャさんは言葉を続ける。
「それに、よく考えてみれば、噂の魔性の幼女が食べている食べ物だ。この食べ物に、食べる事で発揮される強さの秘密があるかもしれないからね」
え?
パンケーキにそんな秘密は無いと思うよ?
私がサガーチャさんの続けて出た言葉で、自分が食べると言いそびれると、サガーチャさんはパクリとパンケーキを一口だけ口に運んだ。
もぐもぐと、サガーチャさんはパンケーキを食べて飲みこむと、私をジッと見つめてきた。
「ど、どうかな?」
私が恐る恐る感想を聞くと、サガーチャさんの瞳にキラリと星が写った。
「美味しい……美味しいわよこれ! 凄い! 凄いわ!」
サガーチャさんが私の手を取って、ギュッと握りしめる。
「こんなに美味しい物を食べたのは、生まれて初めてよ! ジャスミン、アナタ最高よ!」
「あはは。あ、ありがとー。気にいって貰えてよかったよ。サガーチャさん」
と言うか、気のせいかな?
サガーチャさん、キャラ変わってない?
「私の事は、ちゃん付けで構わないわ」
あっ。
もう絶対キャラ変わってる。
などと私が苦笑しながら考えていると、サガーチャちゃんが残りのパンケーキを食べ始めた。
その食べる姿はとても幸せそうで、私はそんなサガーチャちゃんの姿を見て、作って良かったなぁと感じる。
サガーチャちゃんはパンケーキを食べ終わると、私に向かって笑顔を見せる。
「ジャスミンは本当に噂通りに凄いのね。私は本当に君の事が気にいったわ」
サガーチャちゃんはそう言うと、てくてくと歩き出して、サッカーボールくらいの大きさがある何かの装置を取り出した。
「何それ?」
サガーチャちゃんがニマァッと笑みを浮かべて、テーブルにそれを置く。
「ジャスミン、その腕輪をちょっと見せて?」
「え? うん」
私は言われた通りに、サガーチャちゃんに手を前に出して腕輪を見せる。
すると、サガーチャちゃんが腕輪を触りながら、テーブルに置いた装置をポチポチと触りだす。
「この腕輪には毒針が仕込んであるの」
「毒針!?」
あわわわわ。
ここから脱出しようなんて考えなくて、本当に良かったよ。
もし外に出たら、その毒針で死んじゃってたかもしれないんだ!
「ええ。毒針の効果は結構強力で、刺さると理性を失って、エッチな気分になってしまうのよ」
……うん。
本当に良かったよ。
と、私がおバカさ加減に呆れていると、サガーチャちゃんがニマァッと笑みを浮かべる。
そしてテーブルに置かれた何かの装置から、ピーッと音が鳴って、爪楊枝サイズの棒が飛び出した。
「これでもう大丈夫よ」
サガーチャちゃんがそう言って、腕輪を棒で突く。
すると、腕輪からピッと音が鳴った。
「ねえ、サガーチャちゃん」
「何?」
「それ、捕まった他の皆にも使ってほしいんだけど、ダメかな?」
私がそう訊ねると、サガーチャちゃんがニマァッと笑う。
「良いわよ」
「本当? ありがとー」
「さて、それはそれとして」
「うん?」
サガーチャちゃんが立ち上がって、私が座る椅子を触りだす。
すると、突然椅子から拘束器具が飛び出して、私を椅子に縛り付けた。
「え? 嘘? え?」
私がパニックを起こしてあわあわすると、サガーチャちゃんがニマァッと笑みを浮かべた。
「悪いけど、今から君の事を調べさせてもらうわよ」
「な、なんで?」
「ジャスミンの事は気にいったけど、君はここに元々実験体として連れてこられたんだから当然でしょう?」
「えぇぇ……。そんなぁ」
私ががっくりと項垂れると、サガーチャちゃんは私を見てニマァッと笑みを浮かべてから、ガチャガチャとそこ等中から色々な物を取り出す。
そして、サガーチャちゃんが私の頭にヘルメットのような物を被せてきた。
「これなあに?」
「それで君の事を調べさせてもらうのよ」
そう言いながら、サガーチャちゃんは私が被ったヘルメットのような物に、ケーブルを幾つも繋げ出す。
そして、そのケーブルの先にある大きな機械を触り出した。
「なるほどなるほど。聞いていた通り、ジャスミンは転生者なのね。それに……凄いわね。4人の精霊と契約を結んでいるなんて、実に興味深いわ」
「凄い。そんな事がわかっちゃうんだ?」
「ええ」
サガーチャちゃんは返事をすると、大きな機械に備え付けてあったキーボードのような物を、カタカタと素早く押し始める。
それから、とても活き活きとした表情で、さっき取り出した色んな物を拾っては装置に繋げを繰り返す。
私が暫らくの間無言でサガーチャちゃんを眺めていると、サガーチャちゃんは「ふう」と一息ついてから、背伸びをした。
「終わったの?」
私がそう訊ねると、サガーチャちゃんが私に振り向いてニマァッと笑う。
「おかげさまでね」
良かったぁ。
何かされちゃうのかと思ったけど、そんな心配はいらなかったみたい。
と、私が胸をなで下ろしていると、ブーッと音が聞こえてきた。
「残念。もう時間みたいね」
音を聞いたサガーチャちゃんがそう言って、名残惜しそうに微笑んで私と目を合わす。
「時間?」
「ええ。君の迎えが来たのよ。今から牢屋に連れて行かれるの」
なるほど。
まあ、そうだよね。
私だけ牢屋に入れられないとか、普通ないもんね。
と、私が考えていると、研究室のドアが開かれて兵隊さんが入って来た。
「失礼します」
「おいおい。返事もしていないのに、勝手に入って来られちゃ困るな。ここには女の子しかいないんだよ?」
あれ?
サガーチャちゃん、喋り方が戻った?
「博士は研究に没頭すると周りが見えなくなるので、返事を待つ必要は無いと、国王様から仰せつかっております」
あ。
なんか、それわかるかも。
さっきのサガーチャちゃんって、そんな感じだったもん。
私はサガーチャちゃんのさっきの姿を思い浮かべて、クスリと笑う。
すると、サガーチャちゃんが私を見て、ニマァッと笑みを浮かべた。
「ジャスミン。君達はいずれ死刑になってしまうだろう。きっと今日中にも、誰かが処刑されてしまう筈さ」
「え!?」
「博士! 何を言いだすのですか!?」
「まあまあ、落ち着きたまえよ。別に私は国を裏切るつもりは無いさ」
「しかし、この者に我々の情報を――っ!?」
兵隊さんがサガーチャちゃんを咎めていると、言葉の途中でサガーチャちゃんが兵隊さんを睨みつける。
「おいおい。君は立場ってものをわかってないようだね? 私と君、どういう関係かなんて、考えるまでもないと思うが? それとも君は私に逆らう事で、国家反逆罪の罪で消されたいのかい?」
「も、申し訳ございません!」
兵隊さんが勢いよく頭を下げて謝罪する。
え? 嘘?
凄い。
サガーチャちゃんって、そんなに偉いの?
でも、そうだよね。
魔力を無効化しちゃうような装置を作れるんだもん。
きっと偉いんだ。
「さて。邪魔が入ってしまったけど、ジャスミンくん、私は君の事が気にいったんだ。また会えると信じているよ」
サガーチャちゃんがそう言って、私に微笑む。
だから、私はサガーチャちゃんに笑顔を向けて手を握った。
「うん。私もだよ」




