165 幼女ももしゃもしゃもやしもしゃ
も、もやし……。
って言うか、この研究室ってキッチンまでついてたんだ。
サガーチャさんがもやしを炒めてお皿に移す。
それを何度か繰り返し、某ラーメン屋さん顔負けの量のもやしが積まれていく。
私は椅子に座りながら、サガーチャさんの料理する姿を眺めていた。
それから少し経ち、何度も積まれたもやしの山が、私の目の前に置かれる。
「私の研究室には、これしかなくてね。味付けも何も無いが、召し上がってくれたまえよ」
サガーチャさんがそう言って、私にフォークを渡してくれた。
「う、うん」
私は返事をしてフォークを受け取る。
「いただきます」
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
もやしをもしゃもしゃ食べていると、サガーチャさんは冷蔵庫のような箱から、何やら不思議な飲み物を取り出した。
「私はこれだ」
「えっと、食事がって事?」
「ああ。これには必要なエネルギーが、全て入っているんだ。だから、これさえ飲めば食事いらずで便利なのさ」
「そうなんだ……」
もしゃもしゃ。
もしゃ……。
「あれ?」
私は目の前に積まれた食べかけのもやしの山を見る。
「それなら、なんでもやしがあるの?」
私が訊ねると、サガーチャさんがニマァッと笑みを浮かべる。
「もやしは魔力をより効率よく高める為の成分が、非常に多く含まれているんだ」
そうなんだ?
だから農園地区で、もやしをいっぱい育ててるんだね。
「そして、炒める事でより多く摂取出来る。魔科学を研究する上では欠かせないのさ。そうだな~……」
サガーチャさんがもやしを1本取って立ち上がる。
そして、白衣のポケットから、小さなフラスコを取り出した。
「例えばこのもやし、こんな事にも使えるんだ」
サガーチャさんはそう言うと、もやしをフラスコに入れて、飲んでいた飲み物を注ぎ込む。
すると、飲み物が光りだし、ボンッと小さく煙を吐いた。
「これで装置の燃料の完成さ」
「え?」
「私が発明している様々な装置の燃料は、こうして出来上がるんだ」
よ、よくわからないけど凄い。
と言うかだよ。
「あのね。それはわかったんだけど、ちゃんとご飯は食べないとダメだよ」
「君は私の両親か? 栄養はしっかり取ってるんだから、別に良いだろう?」
うーん……あっ。
そうだ。
「私がここに連れてこられた時に、馬車の中に置いて来た荷物って、今はどうなってるのかな?」
「どうだろうね~。荷物がどうかしたのかい?」
「パンケーキを作ろうと思うの」
「パンケーキ? 何だい? それは」
「パンケーキはパンケーキだよ」
私が答えると、サガーチャさんが顎に手を当てて何かを考えて、私に微笑む。
「兵達から君の荷物を貰ってくるよ。ジャスミンくん、君はもやしでも食べながら待っていてくれ」
「うん。ありがとー」
私が笑顔で返事をすると、サガーチャさんは満足そうにニマァッと笑みを浮かべて出て行った。
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
もやしを食べながら私は考える。
今なら逃げようと思えば逃げ出せそうだけど……。
私は腕につけられた銀色の腕輪を見る。
これなんだろう?
絶対あまりよくない物だよね。
これがある限り、あまり逃げようとか考えない方が良いよね?
もしゃもしゃ。
もしゃもしゃ。
もしゃ……。
「あっ。そうだ」
私は呟いて立ち上がる。
「ここが研究施設なら、この腕輪がなんなのか、調べればわかるかもしれないよね?」
そんなわけで、私は棚に入っている本をあさる事にした。
「いっぱいあるなぁ。うーん……」
適当にパラパラと本を捲って、これでもないあれでもないと一冊ずつ確認していく。
魔科学を使って魔法の無効化?
これ結構厄介だよね。
魔科学を使って能力の無効化?
嘘?
こんな事も出来きちゃうの?
へぇ。最近になって方法が発見されたんだぁ。
でも、これじゃない。
腕輪。
腕輪の情報ぅ……。
そして、私は気になる題名の本を見つけた。
「嗅覚封印煙幕装置?」
もしかして、スミレちゃんの嗅覚を奪った煙のやつかも!
私はその本を取りだそうと、高めの位置に並んでいたそれに手を伸ばす。
「ん……届…………かないぃ。そうだ。魔法で」
私は独り言を呟くと、魔力を集中して魔法で空を飛――べない。
「あれ? なんで? って、あ。そっか」
よく考えてみたら、魔力を吸収しちゃう装置を開発しちゃうような場所だもん。
魔法なんて使えるわけないよね。
私は一つため息をして、本を見上げる。
「まさか、こんな事で低身長のデメリットに直面するなんて」
成長したくはないけど、やっぱり少しくらい身長が無いと不便だなぁ。
って、あ。そうだ。
私はさっきまで座っていた椅子を、よいしょと運んできて台にする。
そうして、本を取りだしてから、そのまま椅子に座ってページを捲る。
どれどれ。
パラパラと捲り、中身を確認してみたけれど、字が読めても内容がサッパリとわからない。
だけど、所々に書いてある文字を見るかぎりでは、どうやら元に戻せる方法があるらしい事はわかった。
うーん……。
「欲しい情報は見つかったかい? ジャスミンくん」
「ぷえっ!」
私は驚きのあまり変な声を上げて、本を落として後ろを振り向く。
「あはははは。驚かせてしまってすまないね」
「さ、サガーチャさん」
サガーチャさんが私が落とした本を拾って捲る。
「これね~。これを開発するのには少し時間がかかったよ。なんせ、魔法でも転生者特有の能力でもないんだ。私の専門外の注文で苦労したよ」
「え!? サガーチャさんが作ったの!?」
「もちろんさ」
す、凄い……。
と、私が驚いていると、サガーチャさんが私の荷物を「はい」と渡してくれた。
「あ、ありがとー」
「どういたしまして。それより、君の言うパンケーキとやらを、作ってみてくれないか?」
「う、うん」
私は荷物を受け取って、パンケーキを作る為の材料を取り出す。
そして、早速料理に取りかかる事にした。
結局腕輪がなんなのかわからなかったなぁ。
でも、ここは気持ちを切り替えて、作りましょう。
最高のパンケーキを焼き上げてあげるんだから!




