155 幼女は親友と約束をする
潮風が心地良く、私の頬を優しく撫でる。
私は甲板でゆっくりと流れる時間を感じながら、目の前に広がる海の美しさを満喫していた。
プリュちゃんも、今ではすっかり船酔いもしなくなり、私とこの綺麗な海の景色を一緒に眺めている。
私が海を眺めていると、リリィが私の名前を呼んで現れる。
「ジャスミン、もうすぐで港町に着くらしいわよ」
「そっかぁ。船旅ももう終わりなんだね」
「そうね」
リリィは一言返事をして私の横に立ち、一緒になって海を眺める。
「そう言えばリリィ。私、この間のイフリートさんの件があってから、そろそろ言った方が良いかなって思った事があるの」
「あら? 何かしら?」
リリィが私に顔を向けて首を傾げる。
私はチラッとリリィに視線を少しだけ合わせて、すぐに海に視線を戻した。
「えっと……最近、リリィって暴力的になってきてるでしょう?」
「へ?」
「リリィがいつも誰かを殴ったり蹴ったりするのは、私の為なんだと思う。だけど、だけどだよ」
私はリリィに顔を向けて、真剣な眼差しでリリィを見つめる。
リリィは予想外の事を言われたような顔で、凄く驚いていた。
私はごくりと唾を飲み込み、真剣な眼差しを向けたまま、リリィの手を握った。
「だからと言って、なんでもかんでも暴力を振るうのは、良くないと思うの。だから、暫らくの間は、すぐに手を出したりするのを抑えてほしいの」
「で、でも、ジャスミンに――」
「リリィ」
リリィが何かを言いかけたけれど、私が静かにリリィの名前を呼ぶと、リリィはシュンッと顔をさせて俯いた。
「私はリリィの為だなんて言わないよ。だって、私は本当はリリィが誰にでも優しいって知っていて、そんなリリィが大好きなだけなんだもん。だから、私の為に暴力を奮ってほしくないの。これは私のわがままなんだよ」
私がそう言って微笑むと、リリィが私の顔を見て目を輝かせた。
そして、私はリリィに手をギュウッと握り返される。
「ジャスミン、わかったわ。ジャスミンの頼みですもの。約束するわ。私はこれから、他人を殺そうとするのをやめるわ」
「うん。ありがとー。リリィ、約束だよ」
……って、え?
殺そうと?
う、ううん。
とりあえず、今はそれにはふれないでおこう。
うん。
それが良いよね。
私とリリィは手を握り合って微笑み合う。
「リリさん、頑張るんだぞ」
「がおー」
「ボクとしては、ハニーのそういう所が好きなんスけどね~」
「トンペットは物好きです」
「リリィから喧嘩っ早いのが無くなれば、世界が平和になるなのよ」
「世界が平和にって、そこまでじゃ……って、スミレちゃんいらっしゃい。船の操縦はもういいの?」
「ライリーさんから、幼女先輩に伝言なのです。もうすぐで目的の港町に着くから、船を出る準備をしてほしいそうなのですよ」
スミレちゃんにそう言われて船の進行方向を見ると、遠くに港町が見えてきていた。
「わあ、綺麗」
私は感嘆と声を上げた。
港町トライアングル。
もちろん、皆さんご存知の三角形の楽器では無い。
港町トライアングルは海から見るとわからないけれど、上空から見ると納得の形をしている港町だ。
何が納得なのかと言うと、上空から見たその港町の姿は、外周が川で覆われていて正三角形の形をしているのだ。
この港町の名物は、なんと言ってもあれしかない。
空を飛ぶトライアングルジェリーフィッシュ、皆から三角海月と呼ばれるクラゲだ。
港町の上空を漂う空を泳ぐクラゲで、名前の通りに形が三角のクラゲである。
三角海月の空を泳ぐ姿は、色鮮やかで美しい。
その為、この港町に観光に訪れる人達の殆どは、その美しい姿を見る為だけに来る程だ。
そんなわけで、私も今まさに美しく綺麗なその三角海月が泳ぐ姿を遠目に見ながら、感動していた。
ここからでは、あまりハッキリとは見えないけれど、遠目にもわかる位に美しかったのだ。
「ジャスミン、早く行きましょう?」
「あ、うん。そうだね」
私はワクワクの気持ちを抑えながら、急いで客室へと行き、船を出る準備を始めた。
◇
港町トライアングルに到着して、ライリーさんと別れた私達は、ラテちゃんが言っていた居酒屋を探す事にした。
ラテちゃんの話では、その居酒屋の情報を聞いたのが何年も前らしく、何処にあるのかがわからないそうだ。
「凄い人混みッスね~」
トンちゃんの言う通り、町は人で賑わっていて、まるでイベント会場の中を歩いているようだった。
「これは、探すのに一苦労しそうなのよ」
「本当だぞ。ラテ、加護の力で、ラテの友達に連絡はつけれないのか?」
「さっきから加護の力で探っているけど、全く連絡がとれないです。理由はわからないけど、ラテもお手上げです」
「がぉ……」
「まあ、仕方がないわよ。とにかく、居酒屋を手あたり次第探しましょう」
「うん。そうだね」
とは言ったものの、人が多すぎるよ。
ここまで多いと、空を飛んでるクラゲを見るどころじゃないよね。
クラゲを見ながら町を歩くの、楽しみにしてたのになぁ。
などと、私ががっかりしながら考えていると、リリィが私の肩を叩いた。
私はなんだろうと、リリィに振り向くと、リリィが真顔で壁に貼られたポスターに指をさしていた。
「え?」
私はそのポスターを見て驚く。
何故なら、そこに写っていたのが、サルガタナスだったからだ。
しかも、それは指名手配などの類の物ではなく、宣伝用のポスターだったのだ。
サルガタナスの顔が大きく写ったそのポスターの背後には、サーカステントと、その前に並ぶ楽しそうに写る猫ちゃんや団員達。
そして、でかでかと宣伝用の文字が書いてあった。
「ドワーフ族の鉱山街で、サルガタナス一味のネコネコサーカス大公演!?」
私はあまりにも驚いて、そのポスターに書いてある文字を朗読した。
すると、スミレちゃんもそれを見て、目を見開いてポスターに顔を近づける。
「な、何なのよ? どういう事なのよ? ニクスちゃんまで写ってるなのよ」
「え!?」
私はスミレちゃんの言葉で驚いて、もう一度よく見てみる。
本当だ!
よく見ると、サルガタナスだけじゃなくて、バニーガール姿のニクスちゃんまで写ってる。
それに、エリゴスさんと……あ。
よく見ると、一緒に写ってる猫ちゃん達って、ベルゼビュートさんが飼ってるケット=シーちゃん達だよね?
私がポスターをマジマジと見つめていると、リリィがポスターを見て呆れたように口を開く。
「まさか、こんな形で色んなものが見つかるとは思わなかったわね。でも、状況はわからないけれど、居酒屋を探す手間が省けたのは確かね」
「そ、そうだね」
こうして、私達はドワーフ族が住む鉱山の情報を手に入れて、新たな変態達の待つ場所へと赴く事になった。




