144 幼女は生贄に向いてない
暑い……。
と、思いながら、私はゆっくりと目を覚ます。
ボーっと、意識が朦朧とする中、私は周囲を見まわした。
なんだったっけ……?
えっと、思い出せな……あれ?
だんだんと意識がハッキリとしてきた私は、目をパチクリとさせながら驚く。
「何これ? ここ何処? あれ? リリィ?」
私はリリィと背中合わせにされていて、体中を一緒にぐるぐると鎖で巻かれていたのだ。
そして、鎖で巻かれた私達2人は、かなり大きめの大木の枝に吊るされていた。
周囲には、まるでジャングルのように生い茂る草木達。
決して幽霊船の中ではなかった。
私が自分のおかれた状況に驚いていると、ボゥッと、私の目の前を火の玉が通り過ぎる。
「ひぇっ」
私は驚いて火の玉を目で追うと、私の周りを火の玉が宙を舞っている事に気がついた。
するとその時、真下から話声が聞こえてきた。
なんだろう?
私は声のする方に顔を向ける。
「だーかーらー! ご主人を生贄にするなって言ってるッスよ!」
「そうは言うけど、僕等だって仲間を助ける為に、人間の生贄が必要なんだよ」
「そんなの、自分達で解決するべきです。関係ないジャス達を巻き込むなんて、同じ精霊として恥ずかしいです」
トンちゃんとラテちゃん?
それに……。
真下には、トンちゃんとラテちゃん、それと見た事の無い精霊さんが数名いた。
見た事の無い精霊さんは、おなじみの可愛らしい2頭身。
みんな髪の毛が真っ赤で、スミレちゃんみたいに、炎のように少しだけ揺らめいていた。
み、見づらい。
けど、可愛いなぁ。
よく見えないけど、火の精霊さんなのかな?
などと私は呑気な事を考えながら、少し離れた所にある大きな草陰から、顔だけだしてトンちゃん達を見つめる精霊さんを見つけた。
やーん。
可愛いー!
何あの子?
着ぐるみパジャマかな?
もの凄く可愛いよぅ。
顔だけだしてトンちゃん達を見つめる精霊さんは、吊るされている私の角度だからこそ全身が見えたのだけど、本当に可愛い格好をしている。
怪獣の着ぐるみパジャマを着ていて、怪獣の顔になっているフードを被っている姿が、これまた可愛らしい。
どういう仕組みなのかはわからないけれど、まるで生きているかのように尻尾がたまに動いていた。
私がその可愛さに見惚れていると、トンちゃんの怒鳴り声が響き渡る。
「いい加減にするッス! 何度言ったらわかるッスか!? ご主人におっぱいなんて無いッス!」
ん? おっぱい?
生贄の流れから、なんでおっぱいの話に?
「そんな筈はない! 魔族が言っていたんだ。大きな人間の女には、皆おっぱいがあるって」
「だから何度も言ってるッスけど、人間の女だからと言って、必ずしもおっぱいがあるとは限らないッス。それに、ご主人は大きな人間ではないッス」
「どう見ても大きいじゃないか!」
「ボクたち精霊から見たら、人間は皆大きいッスよ。でも、その魔族から見たら、絶対ご主人は小さいッス。それどころか、おっぱいが無いから生贄なんてなれないッスよ!」
……うん。
なんだろう?
本当になんだろう?
この会話。
「トンペット、説明の仕方が悪いです」
「説明の仕方ッスか?」
「です」
ラテちゃんがトンちゃんの前に出る。
「よく聞くです。ジャスのはおっぱいじゃなくて、まな板です。おっぱいにも色々種類があるです」
「なんと!? なるほど……。では、おっぱいはおっぱいでも、まな板では無くおっぱいを探さなければいけないのか」
「そうです。ジャスのおっぱいは、おっぱいであってもおっぱいではないです」
本当の本当になんだろうこの会話。
おっぱいがゲシュタルト崩壊してるよ?
と言うか、皆可愛い顔して、おっぱいおっぱい連呼しないでほしいなぁ。
「ちなみにハニーのおっぱいは成長途中のおっぱいで、マニアには堪らない逸品ッス」
「なんと!? では、そのハニーさんのおっぱいを持っていけば、僕等の仲間が助かるかもしれない!」
「残念だけど君達を脅している魔族は、ハニーのおっぱいじゃ納得しないッスよ」
「なんでそれがわかるんだ?」
「そんなの簡単ッス」
精霊さん達が静まりかえり、トンちゃんに注目する。
そして、ラテちゃんが大きなあくびをした時、トンちゃんが胸を張ってドヤ顔で答える。
「ボクがおっぱいマスターだからッス」
トンちゃんのドヤ顔で放った言葉に、おお。と感嘆の声が上がる。
私がそれを見て、なんとなく声がかけ辛いなと考えていると、私と一緒に鎖で縛られているリリィがため息を吐き出した。
「何言ってんだか」
「あれ? リリィ、起きてたの?」
「うふふ。おはよう。ジャスミン」
「う、うん。おはよう。リリィ」
「ずっと前から、目は覚めていたわよ」
「そうなんだ? 困っちゃったよね。この鎖も、結構がっちりだし……」
あれ?
でも、こんな鎖じゃ、リリィには意味ないような?
どうして縛られたままなんだろう?
もしかして、この鎖は特殊な何かで出来た鎖なのかも?
「そうね。こんなにもジャスミンと密着させられたら、抜け出せなくなってしまうもの」
……うん。知ってた。
多分そんな事だろうと思ったよ。
私は再び下にいるトンちゃん達に目を向けて、いつまでもこのままでいるわけにもいかないので話しかける。
「トンちゃん。ラテちゃん」
私が2人の名前を呼ぶと、トンちゃんとラテちゃんが私の目の前にやってくる。
「ご主人、目を覚ましたんスね。良かったッス~」
「ジャス、もう三日も寝ていたです」
「え!? 私、そんなに長い間も眠っていたの!?」
「です」
「そうね。最初、全然起きないから、心配したのよ?」
「そうなんだ。心配かけちゃって――え? リリィ、いつから起きてたの?」
「三日前よ」
3日……前から?
……よし。
深く考えないようにしよう。
うん。
それが良いよね?
「それよりご主人、起きたなら、早くこんな島から脱出するッス」
「え? 島?」
「ここは無人島です」
「無人島……」
そうだ。
思い出したよ。
私はゆっくりと、気を失う前の事を思い出す。
幽霊船の沈没に巻き込まれて、残骸に当たって気絶をした事を。
そっか。
あの後、ここに流れ着いて、精霊さん達に捕まったんだ。
あれ?
じゃあ、プリュちゃんスミレちゃんとライリーさんは?
私は周囲を見まわしたけど、残念ながら、3人の姿は無かった。
幽霊船にぶつかってから、ずっと別れっぱなしだもん。
心配だよ。
今、何処にいるんだろう……?
「ジャス」
「うん? ラテちゃん、どうしたの?」
「ラテ、良い考えを思いついたです」
ラテちゃんはそう言うと、キラリンッと、目を光らせる。
「良い考え?」
「おっぱい好きの魔族なら、スミレの事を知ってるかもしれないです。退治しに行くついでに、聞いてみるです」
「そんなに上手く行くッスかね~」
「何事も、やってみないとわからないです」
うーん……。
よし!
私はラテちゃんに真剣な眼差しを向けて、こくりと頷く。
「話が見えないから、最初から説明してほしいな」
「そう言えば、説明がまだだったです。説明してあげるから、よく聞くです」
「うん。お願いだよ。……だけど、その前に」
私は2人に苦笑して、言葉を続ける。
「ここから下におろしてほしいな」




