142 幼女も時には牛になる
幽霊船内の船室の一室でリリィがイスの上に立ち、過去の話を語りだしてから、いったいどれくらいが経っただろうか?
観客はゾンビとミイラ、そしてビフロンス。
私?
私はヒトデ太郎さんを起こすのに必死なので、もうだいぶ前から聞いていない。
そもそも、私は内容を知っているので、聞かなくてもオッケーなのだ。
と言いたい所だけど、正直な事を言うと、そんな昔の事はあまり覚えてない。
それなりに印象に残ってるから、覚えている部分もあるけど、ハッキリとはしていなかったりする。
では何故聞かないのかと言うと、恥ずかしいので聞きたくないのだ。
リリィの話に出てくる私は、いちいち美化されすぎていた。
それと、聞きたくない理由がもう一つあって、もの凄く長くなりそうな感じで聞くのが面倒というのもあった。
ヒトデ太郎さん、なかなか起きないなぁ。
リリィってば、本当に容赦ないんだもん。
手加減してあげてほしいよ。
私が全く起きる様子がないヒトデ太郎さんに困っていると、リリィのお話に、ようやく区切りがつく。
「私がジャスミンの事を、特別な存在として見る様になったきっかけは、こういう経緯よ。あの時のサンダルは、今でも我が家の家宝として大事に飾ってあるわ。今は旅の途中で出来ないけれど、毎日お供え物をするのが日課だったのよ」
え?
あの時のサンダルって、そんな事になっちゃってるの?
「やっと、終わったか。ふん。くだらんな」
と、ビフロンスが言った瞬間に、リリィの蹴りがビフロンスの顔に命中する。
「ぶへぉっ!」
ビフロンスは変な声を上げながら、床に顔を叩きつけられた。
そして、リリィがビフロンスの顔を掴んで起き上がらせてニコッと笑うと、それを見たゾンビ達が恐怖のあまり怯えだす。
う、うわぁ。
地獄絵図だよ。
「と、とても、参考になる素晴らしいお話でしたね」
「うふふ。そうでしょう?」
私、最近リリィが変な方向に成長していってるのが、凄く心配だなぁ。
今みたいに、凄く性格の悪い暴力娘な感じな時があるんだもん。
なんでもかんでも、暴力で解決しようとするのは良くないよね?
「さあ、私がジャスミンの魅力に気がついた日の、次の日の話をしましょうか」
「つ、次の日? まだ続くのか!?」
ビフロンスが顔を青ざめさせる。
「何言ってるのよ。当たり前でしょう?」
「おい。その話、どの位続くんだ?」
「え? そうねえ……」
ビフロンスの質問に、リリィは少しだけ考えると、ニコッと笑顔を向けて答える。
「本当だったら、私がジャスミンと一緒にいる時間の分だけ、いかにジャスミンが可愛らしいか説明が必要でしょう? でも、全部話し出したら最低十年分は必要で終わらないし、ざっと十日程度で話が終わる様にまとめるわよ」
えええぇぇぇーっ!?
意味わかんないよリリィ!
話すのに10年って、私達まだ9歳なんだよ?
生きてきた時間より長くなっちゃうよ!
しかも、まとめても10日もかかっちゃうの!?
どれだけ長いの!?
ううん。
むしろ10年を10日でまとめるなんて、かなり凄いんじゃ……あれ?
そもそもあの頃からのお話だから、10年どころか9年分すらないよ?
って、いやいやいや。
そう言う問題じゃないよね。
そんなのビフロンスじゃなくても、つきあいきれないよって、あっ。
ビフロンスが、全身真っ白になっちゃった。
よく見ると、ゾンビとミイラも、まるでこの世の終わりみたいな顔してるよ?
「ご主人、流石にボクも、そんなに長く話を聞きたくないッス」
「ラテもつきあってられないです」
「う、うん。そうだよね」
と言うかだよ。
これは流石に、私が止めないとやばいよね?
だって、私以外がリリィの話の邪魔をしちゃうと、さっきのビフロンスみたいに可哀想な事になるんだもん。
リリィは、私相手にはあんな事しないって、自信があるし。
そんなわけで、私はごくりと唾を飲み込んで、リリィに近づいた。
「ね、ねえ? リリィ」
私は恐る恐る、リリィに声をかける。
すると、リリィは凄く良い笑顔で、ニコニコと私に顔を向けた。
「あら? ジャスミンどうしたの?」
この先の私する質問は、私にとって、とても答えを聞くのが怖い質問。
何故なら私が質問しようとしているものは、リリィが私との思い出話を、話し出すきっかけになったものだからだ。
なんだかんだと変態になってしまったリリィだけども、私にとってリリィは大切な大親友だから、聞くのが怖い。
それでも、私は勇気を振り絞って、聞かないといけない。
リリィの話を10日間も聞く方が、もっと辛いからだ!
「あのね……リリィ。リリィは、過去の私と今の私を、なんで何も変わらずに受け入れてくれてるの? それに、前世の姿も見せられちゃったんでしょう?」
私がそう訊ねると、リリィは少し驚いた顔を見せて、首を傾げた。
リリィが私に見せたその反応は、私が予想していたものと違っていて、私も少し驚いてしまった。
すると、そんな私に察したのか、リリィがクスクスと可笑しそうに微笑んだ。
そしてリリィは私の目を見つめて、柔らかく微笑むと、ゆっくりと口を開く。
「ジャスミン。今よりもずっと小さい頃のジャスミンも、とても怖がりで、それでもいつも私を助けてくれていたわ」
「でも、その時の私は、今の私じゃないんだよ?」
「あら。そうかしら?」
「え?」
リリィがクスリと柔らかく微笑んで、言葉を続ける。
「今だってそうじゃない。私にとって、ジャスミンは今も昔も変わらない。別に良いじゃない。前世が何であっても、今のジャスミンには、関係のない事だわ」
「ラテもリリィに同意です。だいたい、人は成長して経験を積めば、誰でも性格が変わったりするです」
「そうッスね~。ご主人は何をそんなに気にしてるのかわかんないッスけど、ご主人の場合は記憶の影響で、他の人より早めに心だけ育っちゃっただけッスよ」
私は3人の言葉を聞いて、思いがけずに、嬉しくて涙が溢れてきた。
こんな風に、私の事を考えていてくれたんだ。
なのに私、リリィの事を変態だとかなんだとか、そんな事ばかり考えて恥ずかしい。
こんなにも私の事を思ってくれているのに、私はなんて馬鹿なんだろう。
それに、トンちゃんもラテちゃんも、ありがとう。
私は本当に幸せ者だね。
「ありがとう」
私が涙を流しながらそう言うと、リリィが柔らかく微笑んで、私の涙を手で拭う。
「それに、私としては、今のジャスミンの方が興奮するのよ? 以前のジャスミンってば、スカートを捲ってもパンツを脱がせても、無垢だから反応が全く無かったんだもの」
私の涙は、それはもう勢いよく引いていくかのように、ピタッと止まりました。
あの、リリィ?
台無し。
凄く台無しだよ?
って、あれ?
ちょっと待って?
以前の私は、反応が無い?
それって!?
「ねえ? リリィ。もしかして、昔からスカートを捲ったりパンツを脱がせたり、私にしていたの?」
「え? 覚えてないの? 当たり前じゃない」
「ええぇえぇぇーっ!?」
当たり前じゃないよ!?
その時、私の脳裏に、今よりも幼い頃の記憶が駆け抜ける。
思い……出した…………。
それは、前世の記憶を思い出したと同時に、忘れ去られてしまった過去。
確かにリリィは、ずっと昔から、私のスカートを捲ったり、パンツを脱がせたりしていたのだ。
そして私はリリィの言う通り、それの意味を理解していなくて、いつも首を傾げていた。
だからだろうか?
リリィが私にするその行いは、年を重ねるごとに段々と少なくなっていた。
それもあって、忘れてしまっていたのかもしれないが、それは最早どうでもいい。
全てを思い出した私は、その時理解した。
「ね、ねえ? リリィ。もしかして、最近になって私のパンツをとったりとか色々するのって、反応するのが嬉しくてとか?」
「うふふ。それもそうだけど、ジャスミンったら気がついた時に見せる反応が、いつも凄く可愛いんだもの。癖になっちゃったわ」
癖になっちゃったわじゃないよ!
「もー! もーもーもー!」
私はもーもー言いながら、リリィをポカポカと叩きだす。
リリィ、最低だよ!
本当にやんなっちゃうよ!
以前の私だとか、今の私だとか、少しでも気にした私がバカみたいじゃんか!
私がもーもーと、リリィを叩いていると、ビフロンスが怒気をあらわに大声を上げる。
「ふざけるな!」
「何で貴様が、貴様だけが、幸せそうなんだ!?」
ビフロンスが鋭い眼差しで、私を睨みつける。
「俺は貴様のせいで、こんなにも人生の全てが、狂わされてしまったんだぞ!」
え、えぇ……。
むしろ、狂わされたのは、私の方なんだけど?
と、私が困惑していると、ビフロンスが更に叫んで、殺気の籠った目で私を睨む。
「こんな事が許されて良いわけがない! 俺は貴――ぶへらっ」
ビフロンスが大声で叫んでいる途中で、リリィがかかと落としを食らわして、顔を床に叩きつける。
床に顔を叩きつけられたビフロンスは、フラフラと頭を抑えながら立ち上がる。
「ちょっとアンタ、私とジャスミンの話を止めてんじゃないわよ。それに、私の話はまだ終わってないわ。黙って待ってなさい」
え、ええぇぇ……。
リリィ、結局、その話は続けるんだね?
ビフロンスが顔を真っ青にさせて、リリィに正座をさせられる。
そして、再び始まる私とリリィの過去話。
その話を、私は懐かしいなぁなんて思いながら、静かに聞く事にした。




