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140 幼女に精神攻撃は基本

「さあて、ショーの始まりだ!」


 ビフロンスの目が紫色に発光し、リリィが私の背後に一瞬で回り込む。

 私は直ぐに魔法をリリィに向けて使おうとしたけど、リリィの顔を見て躊躇ためらってしまった。


 出来ないよ!

 リリィに向けて魔法なんて、使えるわけない!


 躊躇う私の事などお構いなしに、リリィが容赦なく私を襲う。

 私は目をつぶり、何もする事が出来なかった。


「ご主人!」


「ジャス!」


 トンちゃんとラテちゃんが私を呼ぶ。


「はっはっはっ! 大切な友人に殺される苦しみを味わいながら、無様に死ぬが――お、おい貴様、何をやっている?」


 ビフロンスが高らかに笑って喋っていたかと思うと、途中で声を低くして訊ねた。

 その言葉を聞いて、私は何が起きているのか確かめるべく、閉じた目をゆっくりと開いた。


「え?」


 私の開けた目に飛び込んだのは、しゃがんだリリィが私のスカートを捲って、ハアハアと息を荒げて鼻血を流している姿だった。


「ちょっと! 何してるの!? 意味わかんないよ!」


 私がスカートを捲っているリリィの手を払いのけると、リリィが残念そうな顔で立ち上がる。


「ジャスミン、落ち着いて? これは罠よ」


「罠? どういう事?」


「あの自業自得の屑が私を操ったと勘違いしていたようだから、それを逆手にとって操られたフリをしていたのよ」


「なるほどッス。敵を騙すにはまず味方からッスね」


「でも、それと罠の関係性が見えないです」


「簡単な事よ。ジャスミンを攻撃しろって、脳に直接命令が来たから、その命令に従ってスカートを捲ったのよ」


「なんで、攻撃がスカート捲りになっちゃったの!? おかしいよ!」


 私がリリィの奇行に叫びながらティッシュを取り出して、リリィの鼻血を拭いていると、ビフロンスがテーブルを強く叩いた。

 その音にビックリして私が顔を向けると、ビフロンスが目を紫色に発光させながら、リリィを睨む。


「どういう事だ!? 何故効かないんだ!? 俺の魔法を逃れた奴は、今の今まで、一人もいないんだぞ!」


「あらそうなの? なら、私が記念すべき一人目ね」


「ふざけるな! 効いてるはずなんだ! その証拠に、貴様の目に変化が起こっているんだぞ!」


 目?

 ……あ。本当だ。

 リリィの目から光が消えたままだ。

 ってあれ? 

 よく見ると目の一番濃い部分、えーと、瞳孔どうこうだっけ? が、無い?


「リリィ、本当になんともないの? って、あれ? そう言えば、攻撃しろって脳に直接命令って、どういう事?」 


 私がリリィに訊ねると、それを聞いていたビフロンスが私に指をさして大声を上げる。


「それだ! それが、俺の魔法が効いている証拠だ! 何故自由に動けるんだ!?」


「別に不思議な事では無いわよ」


「え? そうなの?」


「ええ。だって、よく考えてみて? 私がジャスミンに、酷い事をするわけがないじゃない」


「リリィ……」


 結構色々と、いつも酷いことしてると思うよ?


「くそっ。ふざけてやがる! なんなんだ貴様は!?」


 ただの変態チートです。


「だが、脳に直接流し込む情報は、拒絶出来ないと見た。それならば、他に方法はある!」


「脳に直接流し込む情報?」


「リリィが受けた魔法は言葉では無くて、わかりやすく言うと、テレパシーの様なもので直接脳に話しかけて操る魔法です」


 なるほど。と、私がラテちゃんが教えてくれたお話で納得していると、ビフロンスの目が再び紫色に発光する。

 そして、リリィはビクンと、体を震わせて目を見開いた。


「リリィ?」


 私が心配してリリィの顔を覗き込むと、ビフロンスが笑い出す。


「俺の記憶を媒介にして、今その女に、貴様の前世の姿を見せてやったぞ!」


 ビフロンスはそう言うと、髪をかき上げて、私を哀れむような目で見た。

 そして、リリィを見て、口を開く。


「目を覚ませよ。リリィ。そいつは、そこにいるお前の友人は、今までお前を騙していたんだ」


「騙していた? 何を言って――」


 私が反論しようとしたその時、突然背後から、誰かに口を抑えられる。

 そして、手や体を掴まれ、身動きがとれなくなってしまった。


「ご主人!」


「は、離すです!」


「馬鹿共が、やっと戻って来たか」 


 さっきのゾンビとミイラ!?


 ゾンビとミイラが、私とトンちゃんとラテちゃんを拘束して、手首などを鎖で縛りつけてきた。

 そして、私は四角い石のような物を顔に押し付けられる。

 私は急いで魔法を使って逃れようとしたけど、何故か魔法が使えなかった。


 なんで!?

 どうして魔法が使えないの!?


「魔法が使えなくて、驚いたって顔をしてるな。くっくっくっ。今、貴様の顔に押し付けているのは、魔法封じ用の物だ。貴様の魔法が脅威だと知っているから、対策をとらせてもらったよ」


 そんな。

 どうしよう?

 このままじゃやばいよ!


「さて、話の続きをしようじゃないか、リリィ」


 ビフロンスが、ゆっくりとリリィに近づく。


「思い出せ。お前の知る、ジャスミンと言う名の少女の事を」


「私が知る、ジャスミン……」


 リリィは目を見開いたまま、静かに呟き、顔を上げた。

 すると、ビフロンスがリリィの顎に手で触れて、リリィの目をジッと見つめる。


「そうだ。お前が知るジャスミンだ。思い出せ。前世の記憶を思い出す前の、お前の大切な少女の事を」


 私はその言葉を聞き、酷く胸が苦しくなる。


「思い出せ。前世の記憶を思い出してからの、ジャスミンと名乗る偽りの存在を」


 私は……。


「変わらない筈がないんだよ。お前の知るジャスミンは、もうこの世にはいない。死んだんだ。この、偽りのジャスミンのせいでな。お前は騙されていたんだよ!」


 ビフロンスがリリィの顔を、私に向ける。

 私はリリィと目が合い、そして、罪悪感で目を逸らしてしまった。

 これは、私が前世の記憶を思い出してから、なんとなくだけど思っていた事だった。

 最初は、私は私のままだとも思っていたけど、そんな筈は無かった。

 普段の生活からも、その違いは出ていたのだから。

 好きな事や嫌いな事、思考や行動、色々な事に影響は出ていたのだ。


 あの時から、私は変わってしまった。

 もう、昔の私には戻れない。

 今の私は、前世の男だった時の私でも、この世界でジャスミンとして生まれた私でもないんだ。

 私は、ジャスミンの姿をした、別の何かだ。

 リリィを騙していたつもりなんて無い。

 だけど、だけど私は、今までリリィを……。


 私は俯き、記憶を思い出してからの、リリィとの思い出を振り返る。

 前世の記憶が甦ったと相談した時、リリィはすっかりと変わってしまった。

 結婚が出来るとか意味のわからない事を言い出して、変態へと進化してしまった。

 初めて出会った魔族、オークが現れた時もそうだ。

 リリィが穿いていたパンツを脱いで、私にそのパンツを穿かせた時のリリィの顔は、黙っていたけれど、とても清々しいくらいに変態の顔だった。

 スミレちゃんと出会ったあの時もそうだ。

 緊急事態の為に、私が脱ぎ捨てたパンツに、勢いよく飛びついたあの変態っぷり……。


 ……あれ?

 ど、どうしよう。

 なんだか、最早私の前世云々の件が、凄くどうでも良くなってきたよ?

 今更で前から思っていた事なんだけど、私って前世の記憶を思い出してから、変態に進化したリリィに振り回され過ぎじゃない?

 あの時もあの時も、いつもリリィに困らされて、いつもパンツとお尻ばかりなんで狙うの?


 私が俯き、今までのリリィの変態っぷりに涙をほろりと流したその時、突然クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 私は驚いて、その笑い声の主を見る。

 すると、その笑い声の主と目が合った。

 その顔は、とても温かで柔らかく、いつもの優しいリリィの笑顔だった。


「リリィ?」


「何かと思えば、くだらないわね」


「何っ?」


 ビフロンスがリリィを睨み、リリィがビフロンスに目を合わせて鼻で笑う。


「アンタ確か、記憶が読み取れるって、言ったわよね?」


「だからどうしたと言うんだ!?」


 ビフロンスが顔に血管を浮かばせて、リリィに怒鳴った。

 だけど、リリィは気にした様子も無く、余裕の笑みを浮かべる。


「残念だけど、それだけでは私とジャスミンの愛について、全てを知る事が出来ないわ」


「愛だと? ふざけるな! お前は何もわかっていない! この小娘は、昔の、お前の知るジャスミンじゃないと言っているんだ!」


 ビフロンスが怒鳴ると、リリィは大きくため息を吐き出して、目をキリッとさせた。

 そして、私を取り押さえていたゾンビ達を蹴り飛ばして、私の手首に巻かれた鎖を引きちぎる。

 それから、リリィは私を片手で抱きかかえ、私の涙を指で拭って耳元で囁く。


「あんな奴の言う事なんかで、涙を流さないで。ジャスミン」


「リリィ……」


 ごめん。ごめんね。

 今のリリィ、すっごくかっこいい。

 かっこいいんだよ?

 だけどね?

 絶対勘違いしてるよね?

 この涙は、私がリリィに振り回された時の事を思い出して流した涙なの。


 などと、私は本当の事を言えるわけもなく俯いていると、リリィがビフロンスを見て高らかに声を上げた。


「良いわ! 聞かせてあげる! ジャスミンが如何に素晴らしいのかを!」

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