139 幼女に逆恨みしてはいけません
イスの目の前に姿を現したスーツ姿の男は下卑た笑みを見せると、リリィを見て指鉄砲を向ける。
そして、男が目を紫色に発光させた。
「あれは! リリィ、目を合わせちゃダメです!」
「え?」
男の目が紫色に発行したのを見て、ラテちゃんがリリィに叫んだが遅かった。
「バーン」
男がそう言って指鉄砲をしている手首をくいっと上げた瞬間、リリィがビクンと体を震わせる。
そして、リリィの目から光が失われて、感情の無いお人形さんのように無表情になってしまった。
「な、何が起きたの? ラテちゃん」
「アレは人の心を支配する魔法です。油断したです。こんな所で、こんなに練度の高い魔法を使う魔族が出てくるとは、思わなかったです」
「じゃ、じゃあリリィは……」
「今は意識が無いはずです」
私はリリィの肩を掴んで揺らす。
「リリィ。リリィ、しっかりして!」
必死に呼びかけてみたものの、リリィは全く反応してくれない。
嘘でしょう?
能力じゃなくて、魔法?
魔法で、こんな事も出来ちゃうの?
「その様子だと、この世界では魔法戦をした経験が少ない様だな? くっくっく。こいつは良い。俺の復讐も、成し遂げられそうじゃないか!」
「復讐?」
私が男の言葉を聞いて振り向くと、男は相変わらずの下卑た笑みみをして、髪をかき上げる。
復讐ってなんだろう?
うーん……この人に会った事が無いと思うんだよね。
それなのに、復讐なんて言われても、意味がわかんないよ。
でも、私の前世の名前を知ってたし、そこに何かヒントがあるのかな?
と、私が考えていると、ヒトデ太郎さんが私に話しかける。
「なあ、純白の天使さん。お前、アイツに何したんだ?」
「知らないよ。今まで、あんな人、会った事が無いんだもん」
もし前世で会っていたら、何かあるかもしれないけど、そんなのわかんないしなぁ。
「なら、人違いか?」
「え? そうだと思いたいけど……」
前世の名前を知っているのが、引っかかるんだよね。
でも、私って前世で人に恨まれる事した覚えは……。
どうなんだろう?
私がそんな風に疑問を抱いた時、ヒトデ太郎さんが男に顔を向けた。
「……よし、それなら」
ヒトデ太郎さんが顔を強張らせながら、ゆっくりと喋りだす。
「なあ、人違いみたいだぜ? だから、早くこの嬢ちゃんに使った魔法を、解いてやってくれないか?」
そう言って、ヒトデ太郎さんがリリィの肩に手を置いた。
すると突然リリィが動き出して、ヒトデ太郎さんの手を掴むと、壁に向かって投げ飛ばした。
「えっ?」
あまりにも一瞬の出来事だった。
気がついた時には、既にヒトデ太郎さんが壁に激突していて、そのまま床に転がって気絶してしまった。
「うそ……」
私はそれを見て、リリィに駆け寄って肩を揺らす。
「本当にしっかりしてよ! リリィ!」
「無駄だぜ。その子には眠ってもらっているんだ。外部からの干渉は受けないようにしてね」
その言葉に振り向くと、男はいつの間にか、私のすぐ側まで来ていた。
私は驚きながら後退り距離を置いて、ごくりと唾を飲み込む。
「ジャス、この男の言う通りです。それに、精神操作系の魔法と肉体操作系の魔法を、同時にかけられているみたいです」
「ど、どういう事?」
「ハニーが目を覚まして正気をとり戻しても、体の自由がきかないって事ッスよ」
「だから、起きたら辛くなるだけなので、逆に眠っていてもらった方がリリィの為です」
「そんな……」
私は男を睨みつけ、大声を上げる。
「なんでこんな事するの!? 復讐なんて言われても、私は貴方の事なんて知らないよ!」
「知らない? ふん。ムカつくが、まあ無理もないか。ならば教えてやろう」
男はそう言って腕組をして、まるでそこにイスがあるかのように、宙に腰かけた。
「俺はビフロンス。前世では、河野俊平という名の男だった」
ビフロンス?
河野俊平?
やっぱり、聞いた事も無い名前だ。
本当に人違いなんじゃ?
「俺は前世、貴様のせいで、人生がめちゃくちゃになったんだよ!」
突然、ビフロンスが怒鳴り、私を鋭く睨んだ。
「そして、この世界でも命を落とした! 全て貴様のせいでな!」
この世界でも命を落とした?
どういう事だろう?
私が今まで関わった人で、死んだ人なんて、いないと思うけど……。
「さっきからごちゃごちゃと言ってるッスけど、ボクが知る限りでも、ご主人はお前なんて知らないッスよ」
「ふざけるな!」
ビフロンスがトンちゃんを睨みつける。
「まだわからないのか!? 俺が貴様のせいで、全てを無くしたって言うのに、許さんぞ!」
「許さんぞって言われても、ちゃんと説明してくれないとわからないよ」
私が慌てながらもそう言うと、ビフロンスが私を睨みつけて、テーブルを強く叩いた。
「俺はな、前世で貴様と車が接触したせいで、貴様を殺した犯人として、濡れ衣を着せられた男だ!」
え?
前世で私の車と接触?
私はその瞬間、まるで時が戻ったかのように、脳裏にあの時の記憶が再び甦った。
そして、思い出すは、あの悲劇。
海からの帰り道で、暗い夜道でサングラスかけて車を運転していたら、黒い車がウインカーを出さずに右折して衝突。
私はその出来事がきっかけで、前世で死亡してしまったのだ。
そう。確かに合の時の私にも、不注意があったかもしれない。
だけど、これだけは言える。
普通あの場合、私の車が通るまで待つものだ。
そして何より、右折するのにウインカーも出さずに曲がったのは、向こう側なのだ。
これは、明らかに逆恨みだ。
私は段々と腹が立つのを感じて、深く深呼吸をして、心を落ち着かせる。
ダメだダメだ。
冷静になれ私。
リリィが操られてるんだもん。
感情に任せて怒ってたら、向こうのペースにのまれて、助けられなくなっちゃうかもしれないもんね。
「貴様のせいで、俺の人生は最悪だった! 世間からは人殺し扱いされて、ストレス解消でギャンブルを始めたら借金を背負い、借金取りから追われる毎日!」
勢いよく話すビフロンスの言葉を聞いて、おかげで私は冷静になる。
どうしよう?
もう、本当にアレな感じで、バカバカしいよ?
本当に、ただの逆恨みだよ。
ギャンブルで借金して追われるとか、私は全く関係ないもん。
「そして、最後は悲惨な結末を迎えた! コンビニを強盗して警察から逃げてる途中に、またもや車で右折時に事故に会って俺は死んだんだ!」
え?
可哀想。
巻き込まれた人が無事だといいけど。
て言うか、コンビニ強盗とか、本当にこの人ダメな人だなぁ。
「ちくしょう! あのトラックの運転手! あんな所に駐車しやがって! 大丈夫ですか? っじゃねえんだよ! 何で俺が最後に聞いた言葉が、あんな糞ったれな運転手の、言葉なんかになるんだよ!」
良かった。
無事だったみたい。
私が巻き込まれたトラックの運転手の無事にホッとしていると、トンちゃんが呆れた顔で口を開く。
「こいつ、クズの中のクズッスね」
「こら、トンちゃん。あんな人の為に、汚い言葉を使っちゃダメだよ」
「はいッス~」
トンちゃんが口笛を吹いて、ラテちゃんがそれを見て大きなあくびをした。
「魔法は凄いけど、人としては底辺です」
ラテちゃんの言葉を聞いたビフロンスが、ラテちゃんを睨みつける。
「精霊風情が!」
ビフロンスが目を紫色に発光させて、指鉄砲をラテちゃんに向ける。
すると、ラテちゃんはすかさず、手を前にかざして正面に魔法陣を敷いた。
「ちっ。まあいい。だがな、これで終わりだと思うなよ!」
ビフロンスの目から紫色の光が消えて、私を睨みつける。
私はビフロンスの攻撃に備えて、魔力を集中させた。
「俺がこの世界で魔族として目覚めてからも、最悪な人生だった!」
え?
お話、まだ続くの?
てっきり、何か凄い魔法が出てくると思ったよ。
「魔族として人間どもに恐怖を与えて、最高の気分に浸っていた俺は、ある日突然現れた英雄に殺されたんだよ!」
へぇ、英雄かぁ。
きっと、魔王と戦う勇者みたいな人なんだろうなぁ。
って、あれ?
殺された?
そう言えば、さっきも同じような事を言ってたよね?
「だが、俺の能力が、俺をこの世に留めた。今ならわかるぜ。何故俺に、この能力がついたのかを!」
ビフロンスが高らかに叫ぶ。
「俺の能力は魂の実体化! 貴様に復讐する為に得た力だ!」
魂の実体化!?
何それ?
魔族なのに、凄くそれっぽい能力だよ!
「珍しくまともな能力ッスね」
「でも、何でジャスの前世の事がわかったです?」
「俺のもう一つの能力、記憶読みの力だ」
記憶読み!?
また、まともな能力だよ!
なんで、こんなダメダメな人に、そんなまともな能力が2つもついたの!?
「それなら納得です。ジャス、ちょっと今回の魔族は、厄介かもです」
「魂ッスか。こっちの攻撃をあてられるッスかね?」
「ど、どうなんだろう?」
私はごくりと唾を飲み込み、リリィをチラリと横目で見た。
未だに瞳からは光が失われていて、無表情だった。
そんなリリィの姿に私は焦る。
「全ては、この俺が貴様に復讐する為に、身に着けた力だ! さあ、復讐劇といこうじゃないか!」




