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136 幼女は必至に堪えます

 幽霊船の扉をゆっくりと開けて、船内に入ると廊下には、壁にいくつかランタンが付いていた。

 そのランタンの灯火は、淡く脆い光で、今にも消えてしまいそうな光だった。

 私はごくりと唾を飲み込んで、周囲を警戒しながらゆっくりと歩く。

 そして、トンちゃんとラテちゃんのおかげで、冷静に物事を考える余裕が生まれていた。


 外の松明もそうだけど、ランタンが光ってるって事は、誰かがいるって事なのかな?

 もしそうなら、誰かいませんかって言ったら、誰か出て来てくれるかな?


 私は深呼吸を一つして声を出そうとしたけれど、丁度タイミングが悪く風が通り過ぎる音が聞こえて、私はビクッと驚いて縮こまる。


 こ、怖いよぉ。

 風の音なんだって、わかってるけど、それでも怖いのは変わらないもん。


 私はビクビクとしながら、ゆっくりと先に進んで行くと、ラテちゃんが私の頭をペチペチと叩く。


「ジャス、この先は今までより暗い様なので、光を持って行けないか調べるです」


「ほ、本当だ。うぅ、帰りたいよぉ。リリィ」


「しっかりするです。仮にも前世はおっさんだったですよ?」


「そんな事言われたって、怖いものは怖いんだもん」


 私が弱音を吐いていると、トンちゃんがその間に、近くにあったランタンを調べだす。


「ご主人、このランタン、持ち歩けるみたいッスよ?」


 トンちゃんの言葉でランタンを調べてみると、確かに取り外し可能なようだった。


「本当だ」


 ランタンを持ち運べるとわかった私が、安堵のため息をすると、ラテちゃんが私の頭を撫でながら口を開く。


「これで少しはジャスも安心して、先に進めるです」


「うん。ラテちゃん、心配かけさせてごめんね。トンちゃんありがとー」


「はいッス~」


 私はランタンを取り外して、目の前を照らしながら再び歩き出す。

 そして、ランタンで色んな所を照らしながら、何かないかと探していく。


 こうやって改めて見ると、随分とボロボロだなぁ。

 あそこも、あそこも、ここも、穴だらけだよ。

 落ちないように注意しなきゃ。


 慎重に進んで行くと、何処からともなく「ヴァァ……」と、誰かが呻くようなおぞましい声が聞こえてきた。


「ひっ!」


 私は涙目になって、ランタンで周囲を照らしたけれど、誰もいない。


 気のせい?

 気のせいなの?

 もうやだお家帰りたい。


 と、私がまた怯えていると、ラテちゃんが小さく声を出す。


「ジャス。大変です」


「ど、どうしたの? ラテちゃん」


「ラテも何だか、段々怖くなってきたです」


 ラテちゃんがうつ伏せになって、私の頭にギュウッとしがみつく。


「なんスかね? 今の声」


 トンちゃんは全く臆する事無く、むしろ、凄く目を輝かせる。


 と、トンちゃん凄い。

 こういうのが得意と言うか、大好きな感じが伝わってくるよ。

 でも、でもね?


「わ、わからないし、わかりたくないよ」


 と言うか、気のせいであってほしかったよぅ。


「多分、ここから聞こえてきたッス」


 トンちゃんが幾つかある船室の扉に、楽しそうに指をさす。


「ひぃ。や、やめてよ。本当に怖いんだからね」


 私が怯えながらそう言ったその時、トンちゃんが指をさしたドアが勢いよく開かれる。

 いや、開かれるなんて、そんなお行儀の良いものではない。

 ドアはバンッと勢いよく壊れて、廊下に叩きつけられるように倒れた。


「き――」


 そして、そこから、ホラー映画顔負けの、肌がただれた恐ろしい姿のゾンビが現れた。


「きゃあああぁぁーっ!」


 私は叫びながら、勢いよく走って逃げる。

 それはもう、全力だ。

 しかし、そんな私の目の前に、包帯を全身にぐるぐると巻いたミイラまで現れてしまった。


「いやぁぁあああっ!」


 私は再び大声を上げて叫ぶと、近くにあった扉のドアを開けて、勢いよくそこへ飛び込んだ。

 そこは、運良く鍵付きのドアだったので、私は急いで鍵をかける。


「ご主人、大丈夫っすか?」


 何も考える事が出来ないくらいに、頭が真っ白な状態で全力で走った私は、心臓をバクバクとさせて肩で息をしながら首を横に振る。


「ラテ、良い事を思いついたです」


「良い事ッスか?」


「もう、この部屋でずっと暮らせば、外に出なくてすむです」


「うん。私も賛成」


「何言ってるッスか? 冷静になるッスよ」


 冷静?

 冷静ってなんだっけ?


 などと、おバカな事を考えたその時、私は予想外の事態に襲われてしまう。

 それは……。


「トンちゃん、ラテちゃん、どうしよう?」


「どうしたッスか? ご主人」


「ジャス、何かあったです?」


 私は2人に涙目で答える。


「おしっこに行きたくなっちゃったよぉ」


 こんな時に、ううん。

 こんな時だからこそ、恐怖のあまりに、おしっこがしたくなってしまったのだ。

 と言うか、漏らさなかった事を褒めて欲しいくらいだ。

 しかし、トンちゃんの反応は冷たく、残念そうな目で私を見る。


「そこら辺に隠れてすれば良いと思うッスよ」


「良くないよ! 私、女の子なんだよ!? そんな事出来ないよ!」


「ラテ、精霊で良かったです。精霊はおしっこしなくても平気だから、助かったです」


 何それ? 羨ましい。

 って、羨ましがってる場合じゃないよ。

 本当に膀胱ぼうこうがピンチだよ!


 その時、ドアがドンドンと強く叩かれる。


「ひぃっ!」


 私は慌てて、ドアから距離をとった。


 あ、危ない。

 危ないよ!

 今のは本当に危なかったよ!

 危なすぎて、漏れちゃうかと思ったよ!


 ドアがガチャガチャと鳴り、そして、再びドンドンと強く叩かれる。


「ジャスミン! ねえ? ここにいるんでしょう? 私よ!」


 え?


「り、リリィ!?」


 私は聞こえてきた声に驚いて、大声でリリィの名を呼ぶ。


「良かった。やっぱり、聞き間違いじゃなかったのね。ジャスミンの悲鳴が聞こえたから、急いで来たのよ」


 間違いないよ。

 この声、この優しい声はリリィの声だよ。


 私は嬉しくなって、急いでドアの鍵を開けて開く。

 そして――


「きゃあぁぁあああーっ!」


 ドアを開けた直後に私の目に映ったのは、リリィの背後に立っていたヒトデ太郎さんの顔だった。

 そしてヒトデ太郎さんのその顔は悍ましい程に腫れあがっていて恐ろしく、それを見た私は絶叫して、それはもう豪快にお漏らしをしてしまった。


 もうやぁっ。

 お家帰りたいよぅ。

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