134 幼女は暗い所が苦手です
夜海化。
それは、その名の通り、一定の範囲の海域から突然光が失われる事だ。
光を失った海域は常に夜が続き、その闇は光を通さない程に濃くなる事もある。
そして厄介なのは、原因もわからないうえに動くのだ。
だから、一度視認しなければ、何処の海域が夜海化しているかわからない。
その為、対処のしようが無い事いので、その海域に入ってしまわないように、避けて通るしかないのだ。
私が夜海について、ライリーさんから説明を受けると、ヒトデ小僧さんが真剣な面持ちで私を見た。
「アンタに是非頼みたい事がある」
頼み事かぁ。
うぅ……やだなぁ。
なんだか、大変な事に巻き込まれそうだよ。
と、私が尻込みしていると、トンちゃんが耳元でボソッと呟く。
「口調が元に戻ったッスね。偉そうッス」
私はトンちゃんの言葉に苦笑しながら、ヒトデ小僧さんの話の続きを聞く。
「最近、この夜海化の範囲が、もの凄い勢いで拡大してるんだ。それを、魔性の幼女さん、純白の天使にどうにかしてもらいたいんだ」
やっぱり、そう言う話になるよね。
うーん……どうしよう?
どうにかしてくれって言われても、そんな自然現象みたいなもの、どうしようもないと思うし……。
と、私が考えていると「話は聞かせてもらったわ」と言って、リリィがやって来た。
「リリィ? プリュちゃんは、もう大丈夫なの?」
「残念だけど、まだ調子悪いみたいね。今はスミレが、側にいてくれているわ」
「そっかぁ」
リリィの返事を聞いて私が落ち込むと、リリィが私の側に来て、優しく頭を撫でてくれた。
それから、ライリーさんとヒトデ小僧さんを見て、真剣な面持ちで口を開く。
「夜海化なら、私も話には聞いた事があるけど、どうにか出来るものなの?」
「それがよ。俺の友達が見たんだよ」
ヒトデ小僧さんはリリィの質問にそう答えると、腕を組んで言葉を続ける。
「たまたま夜海の海域で寝てて、目が覚めたら、怪しげな船があったらしいんだ」
「怪しげな船?」
私がそう聞き返すと、ヒトデ小僧さんがこくりと頷く。
「そんで、友達が船の中を興味本位で調べたら、そこにはゾンビやミイラ、しまいにゃあお化けがいたらしいんだよ」
何それ怖い。
私、そう言うの苦手なの。
前世でも、ホラー関係の映画とか見れなかったし、ゲームだって無理だったもん。
「んで、友達がそいつらの話を聞いちまったんだよ」
ごくり。と、私は唾を飲み込んだ。
「いずれ世界中を闇に染めて、世界を我々の過ごしやすい、闇の世界にしてやろうってさ」
それは、完全に黒ではないでしょうか?
動く夜海の海域。
そして、動く屍やお化け達。
もう、疑う余地が無いよ。
「まあ、そんなわけでさ、ここは純白の天使の出番ってわけだ」
「なるほどね。ジャスミンの真っ白なパンツで、浄化させるのね」
パンツなんかじゃ、浄化できないと思うなぁ。
「どうだ? 引き受けてくれるか?」
「そ、そんな事言われても……」
正直私は困ってしまった。
本当に怖いのだ。
最早、空を飛んで逃げ出したい気分だった。
私が返事を出来ずに押し黙ってしまっていると、リリィがライリーさんを見て首を傾げた。
「そう言えば、何でライリーが、ここにいるの?」
「え?」
皆がライリーさんに注目する。
「船の操縦は、今どうなってるのよ? 船は相変わらず進んでるみたいだけど?」
「そ、そう言えば、そうだよね」
私が顔を青ざめさせながら船の外を見ると、リリィの言う通り進んでいるのがわかった。
しかも、結構な勢いでだ。
すると、ライリーさんが笑いながら答える。
「はっはっは。大丈夫ですよ。スミレさんが船の操縦の仕方を教えてほしいって言うから、教えたんですよ」
スミレちゃん?
どうしよう。
何だか嫌な予感がするよ?
「それで、暫らくの間、船の操縦を任せて……」
そこまで喋ると、ライリーさんも顔を真っ青にさせた。
そして、私はリリィに質問する。
「スミレちゃんは今どこに?」
私の質問に、リリィが呆れた顔で答える。
「プリュの看病してるわね」
た、大変だーっ!
今、この船の舵、誰もとってないのに進んでるよ!
これ、結構やばいんじゃないの!?
「ちょっくら操舵室に行って来ます」
ライリーさんも慌てた様子で、その場を離れようとしたその時だった。
急に、あたりが真っ暗になり、前が何も見えなくなってしまう。
「な、何!? 何!?」
「ジャスミン!」
リリィが私を呼んだ瞬間、誰かが私の腕を掴んだ。
そしてその瞬間、もの凄い轟音と共に、船が大きく揺れる。
「今度は何!?」
私が叫ぶと、続けてライリーさんの声が聞こえてきた。
「やばい! 船が何かにぶつかっちまった!」
嘘でしょう!?
本当にやばいよ!
暗くて見えないが、一つだけわかった事があった。
今、船は沈んでいる。
ギシギシと音を立て、海にのみ込まれていくような、そんな恐ろしい音が次々と止まる事なく聞こえてくるのだ。
私が慌てふためいていると、ラテちゃんが私の頭をトントンと叩く。
「ジャス。上の方に光が見えるです」
「え?」
上を見上げると、たしかに、わずかながら光が見えた。
すると、トンちゃんが私の頬を掴んだ。
「ご主人、飛ぶッスよ!」
「うん!」
私は、私の腕を掴んだリリィの手をギュッと握りしめて、空高く飛び出した。
そして、その光の許へたどり着いて驚愕した。
「幽霊船……」
そこにあった光は、幽霊船と思われる大きな船に取り付けられた、松明の灯火。
私は驚きながらも巨大な幽霊船に降り立つと、恐怖のあまり、握った手に力を込めて振り向いた。
「どうしよう? リリィ。これ、幽霊船だよね?」
「すまんな。俺はリリィじゃない」
「え?」
一瞬、私の時が止まる。
「えええぇぇえーっ!?」
一瞬時が止まるも直ぐに手を握っていた人物、ヒトデ小僧から距離をとって驚いた。
嘘でしょう!?
私、慌てちゃって、リリィとヒトデ小僧さんを間違えちゃってたの!?
私のバカ!
何やってるのよぉ!?




