133 幼女は二つ名も手に入れる
船旅が始まってその日の夜、日が沈んでまだ間もない時間帯に、私は釣りを楽しんでいた。
プリュちゃんは未だに体調不良だったのだけど、リリィとスミレちゃんが交代で看病するからと、私を船室から追い出したのだ。
私はプリュちゃんの事が心配で落ち着きなく船内をウロウロしていたら、スミレちゃんに声をかけられて操舵室まで見物に行くと、そこでライリーさんに釣りを進められた。
スミレちゃんが、プリュちゃんの看病の交代の時間になるまで操舵室に残ると言ったので、私は一人で釣を始めたのだ。
私は夜に輝く星空を見上げる。
無限に広がる夜空の星を、ボーっと見つめながら、頬を撫でる気持ちの良い風を感じていた。
プリュちゃん大丈夫かなぁ。
私がプリュちゃんの事を心配していると、頭上でラテちゃんが大きなあくびをしながら、ゴロンと仰向けに寝転がる。
「ラテは、こういうのは眠くなるので苦手です」
「あはは」
「確かに、ジッとしなくちゃいけないから、暇ッスよね~」
そう言えば、私も釣りをしたの初めてで疑問なんだけど、船が動いてるのにお魚って釣れるのかな?
と、私がボンヤリ考えていると、釣り糸を引っ張られる感覚がした。
「きた!」
私はリールを巻いて、魚を引き寄せる。
「魚ッスか?」
「わかんないっ。けど、結構重いーっ」
何これ?
こんなに魚って、釣る時重いの!?
リール巻くのも大変なんだけど!
私が悪戦苦闘していると、背後からライリーさんがやって来る。
「おお。流石は魔性の幼女さんだ。ははは」
ライリーさんは笑いながら、私を手伝ってくれた。
そして、ライリーさんのおかげで、ついに魚を釣り上げる。
「わあ……あ?」
私が声を上げて喜んだのも束の間、釣り上げたそれを見て、驚きすぎて言葉を失った。
「痛っ! 痛いっての! 何なんだよ!」
釣り上げたそれは、人の腕と足が生えた、見た事も無い大人と同じくらい大きなヒトデだった。
そして、腕と足だけじゃなく、真ん中に顔がついていた。
私がそのインパクト充分な、とてつもなくデカいヒトデのような何かに、驚きすぎて何も言えずに固まっていると、ライリーさんが眉根を下げて頭を掻いた。
「なんだヒトデ小僧じゃないか。こりゃあハズレですよ。魔性の幼女さん」
ひ、ヒトデ小僧?
何それ?
私知らない。
そんな生き物。
て言うか、見た目が怖いんだけど?
トンちゃんが驚いて固まり続ける私に、気を使って説明してくれる。
「ヒトデ小僧は魚人じゃないッスよ。ご主人。ヒトデ小僧はヒトデ族って種族の、男の呼称ッス」
え? ヒトデ族?
魚人じゃないのは、うん。
なんとなくわかる。
でも、ヒトデ族なんて言う、そんな種族がいたんだね。
正直見た目が怖すぎだよ。
ライリーさんが、ヒトデ小僧なる者にかかった釣り針を取る。
すると、ヒトデ小僧さんが若干キレ気味で私をチラ見してから、ライリーさんの方を向いた。
「困るんだよね。ここの海域で、こんな釣りが下手な子に、釣りなんかさせないでくれよ? あまりにも下手すぎて、逆に本物の餌が、瀕死になって泳いでるのかと思って、かぶり付いちゃったじゃないか」
ご、ごめんなさい。
「いやあ。そんな事言われましてもねー。それに、君だっていつもは寝てる時間だろ? 何でまた、こんな時間に食事をとろうと思ったんだ?」
「ったく。これだから魚人は困るんだよ。ここらの海域の事情も知らないのかよ」
海域の事情?
なんだろう?
「はあ?」
私と同じく、ライリーさんもわからなかったようで、顔を訝しめる。
「最近、ここ等辺一帯が、夜海化してるんだよ。だから、朝だとか昼だとか夜だとか、俺達わかんないの」
「そりゃあ本当か!?」
「夜海化?」
私が疑問をそのまま口に出すと、ヒトデ小僧さんが私の顔を覗き込むように見て、それから顔を顰めて体を横に振った。
その顔は、何だか凄く人を馬鹿にしたような顔で、トンちゃんが私の耳元で「喧嘩売ってるんスか?」と呟いた。
私がトンちゃんに苦笑して頭を撫でていると、ヒトデ小僧さんが私の顔を見ながら鼻で笑って口を開く。
「君、知らないの?」
「う、うん」
「はあ。やだやだ。これだから人間の子供は……って、うお!」
ヒトデ小僧さんが本当に嫌そうに喋ったかと思うと、突然私の顔、と言うか肩と頭の上を交互に見て驚いた。
「精霊様じゃねーか! 何で精霊様が、こんな子供の肩と頭の上に!?」
今気がついたの?
「はあ。やれやれ。お前さん、今まで気がつかなかったのか? このお方はな、風、土、水、三人の精霊様と契約を成されている魔性の幼女様さ」
ライリーさんが呆れた顔をして話すと、それを聞いたヒトデ小僧さんが全身を使って、驚きのポーズをした。
「お、俺は何て罰当たりな事を! この通りだすまねえ! 許して下さい!」
ヒトデ小僧さんが、頭? を下げる。
「い、いえいえ。私の方こそ、釣り針で、痛い思いさせちゃってごめんね」
「め、滅相もねえ! 何て優しいお言葉だ! 流石噂に違わぬお人だ!」
凄いなぁ魔性の幼女。
私の知らない所で、もの凄く凄い事になってるね。
「最近じゃ、二つ名も有名だが、納得ってもんだぜ」
え?
二つ名?
「へ~。二つ名か。ってえと、アレか?」
アレ?
待って?
ライリーさんも、私が知らないその二つ名を知っているの?
と言うか、そもそも、魔性の幼女が二つ名みたいなものじゃないの?
「アレかー。たしかに、魔性の幼女さんの二つ名に、ふさわしいってもんだ」
「だよなー。その少女、純白を纏いて敵を討つ。流石は――」
ちょっと、待って?
それ以上は言わないで?
凄く嫌な予感がするの。
「「純白の天使」」
ライリーさんとヒトデ小僧の声が重なる。
2人が笑い合い、意気投合とする中、私はがっくりと項垂れた。
何故なら、その二つ名は一見まともに思える名前だが、私にはわかってしまうのだ。
純白。
それは、最早知れ渡っている、私がいつも穿いているパンツの色だ。
天使。
それは、パンツのお尻側にある白い天使の羽の事だろう。
私が穿くパンツは、最早噂で知れ渡っている白色で同じ見た目のパンツなのだけど、実はこれには理由があった。
ママと一緒にお買い物に出かけた時の事だ。
初めてお店でこのパンツを見た時に、私は凄くこのパンツを気にいったのだ。
それで、ママにおねだりして、同じ柄のパンツをいっぱい買って貰った。
そうして手に入れたのが、天使の羽の絵がプリントされた、この白色のパンツなのだ。
特にお気に入りなのが、お尻側のプリントされた白い天使の羽だ。
その羽のプリントは小さくて、更に同じ白色と言うのもあって、よく見ないとわからない。
しかもプリントが上の方にあって、穿くと腰のあたりにくる為、それこそパンツがチラ見しただけでは見抜けない。
そう。
私のように、いつも脱がされていない限り、本来は穿いている本人以外は絶対にわからないのだ。
そしてこのパンツは、ママにおねだりして同じ物を何枚も買って貰った私のお気に入りのパンツだからこそ、毎度見られ脱がされ続けたパンツの殆どがこのパンツだった。
「ご主人の二つ名が、パンツの色と柄。プププ。ご主人、僕を笑死させる気ッスか? プププ……」
トンちゃんが笑いを必死に堪える。
私はトンちゃんを見て、更に凹み具合が増す。
やっぱり、やっぱりそうだよね?
知ってる人にはわかっちゃうよね?
もう、本当に最悪だよ。
魔性の幼女の次は、私のいつも穿いてるパンツだなんて。
本当に私、このままじゃ、ただの痴女だよ。
このままじゃ、絶対だめだよね?
どうにかしなきゃ!
と、私が意気込むと、察したラテちゃんがぐるんと寝返ってうつ伏せになり、ボソリと止めの一言を呟いた。
「もう手遅れだから諦めるです」




