132 幼女と始まる船の旅
ライリーさんの船に乗船した私達は、甲板からマノンちゃんに手を振ってお別れをしながら、港町オカリナを後にした。
ライリーさんの船はどちらかと言うと小さめで、客船と漁船がくっついたような、私から見て珍しくて不思議な船だった。
話によれば、普段は家族旅行に来た観光客を中心に乗せているらしい。
漁体験が出来るのが好評で、事件前までは毎日大忙しだったようだ。
話を聞いた私は漁体験を楽しみにしていたのだけど、出港してから1時間も経たず、私達は意外な問題に悩まされる事になった。
プリュちゃんが船を出港してから数分足らずで、船酔いをしてしまったのだ。
現在は甲板に備えてあったテーブルの上に横たわって、顔色を悪くして寝転がっていた。
「大丈夫? プリュちゃん」
私は横たわるプリュちゃんの背中を、優しく撫でる。
「だ、大丈夫なんだぞ。これくら……うぷ」
「水の精霊なのに船酔いとか、呆れるッスね」
トンちゃんが甲板の上に座り、呆れた顔をしてプリュちゃんを見る。
「もう。トンちゃん、あんまりイジワルな事言わないで?」
「はいッス~」
トンちゃんが私の言葉に気にした様子も無く答えて口笛を吹くと、ラテちゃんがあくびをして、私の頭の上からテーブルに飛び移った。
そして、ラテちゃんはトテトテとテーブルの上を歩いて、プリュちゃんの所まで歩いて立ち止まる。
「プリュイは当分の間は、まともに動けそうにないです」
「酔い止め用の薬があるといいんだけど」
「だ、大丈夫だぞ。主様」
「プリュちゃん……」
船酔いって、何したら治るんだろう?
やっぱり、船から降りないとダメなのかな?
私が何か手は無いかと考えていると、リリィが背後から「ジャスミン」と、私の名を呼んで現れる。
「プリュはやっぱり体調が良くならないの?」
私はリリィに振り向いて、苦笑して頷いた。
「そうなんだよ。何か酔い止め出来る薬があればいいんだけど」
「困ったわね。ライリーの話だと、目的の港には、五日もかかるんでしょう?」
「うん。そうなんだよね。だから、なんとかしたいんだけど……」
「主様もリリさんも、心配してくれてありがとなんだぞ」
プリュちゃん、気持ち悪い状態なのに、なんて健気なんだろう。
ますますどうにかしてあげたいよ!
でも、本当にどうすれば良いんだろう?
と、私が頭を悩ませていると、トンちゃんがプリュちゃんの横に座る。
「問題は、この海のど真ん中で、魔族に襲われた時ッスね」
「え?」
「どういう事よ?」
リリィが訊ねると、トンちゃんが人差し指を立てて答える。
「こんな海のど真ん中だと、ボクはともかく、ラテの大地の加護は薄れるッス」
「そうなの? ラテちゃん」
「トンペットの言う通りです。海の上だと、ラテの加護はあてにしたら駄目です」
「そっかぁ」
「そういう事ッス。それに、肝心の一番加護の影響力が大きいプリュが、この通りッスからねー」
トンちゃんが横目でチラッとプリュちゃんを見てから、視線を私に戻して言葉を続ける。
「ご主人の場合は、風の加護を発揮出来ない海の中でも、結構強力な魔法を使ってたから、あまり気にしなくても良い気はするッスけどね」
そうだったんだ?
あまり気にならなかったけど、トンちゃんが頑張ってくれたんだろうなぁ。
「どっちにしても、精霊の体調と言うか状態で、加護をどれだけ受けれるか変わるッス。だから、水の魔法は頼らない方が良いッスよ」
「そう言うものなのね。まあ、こんな海の上なら、魔族なんて出て来やしないわよ。ドゥーウィン」
「それもそうッスね。ハニー」
リリィとトンちゃんが仲良く笑い合う。
そんな2人の姿を見て、私はもの凄く心配になってきた。
あれ?
これフラグなんじゃ?
私の背筋に悪寒が走った丁度その時、肩をトントンと叩かれた。
「ぴぃっ!」
驚いて振り向くと、私の反応を見て、目が点になったスミレちゃんと目が合う。
び、びっくりしたぁ。
変な声が出ちゃったよ。
「ちょっとスミレ。何ジャスミンを脅かしてるのよ?」
「ふ、不可抗力なのよ」
「ご、ごめんね。スミレちゃん。私が悪いの」
「幼女先輩、こちらの方こそ、ごめんなさいなのですよ」
私とスミレちゃんがお互いに謝ると、リリィがジト目でスミレちゃんを見た。
「それで? スミレは何しに来たの?」
「あ、そうなのよ。ライリーさんが、酔い止めの薬を渡してくれたなのよ」
スミレちゃんはそう言って、薬をテーブルに乗せる。
「良かった。流石ライリーさん」
置かれた薬を見てそう言うと、スミレちゃんが眉を八の字にして口を開く。
「でもライリーさんが、精霊に効くかどうかはわからないって、言ってたなのです」
「そっかぁ」
「大丈夫なんじゃない? そこの所、どうなの?」
リリィがトンちゃんを見て訊ねると、トンちゃんは首を傾げながら答える。
「人間の薬ッスか? どうッスかね~。試しに飲んでみても、良いんじゃないッスか?」
「試しにって……」
試しなんかで飲んで、プリュちゃんに何かあったら困るよ。
うーん、どうしよう……。
私がうーんと悩んでいると、プリュちゃんが顔を上げて、弱々しく私に微笑む。
「貰うんだぞ」
「いいの?」
「たぶん、大丈夫だぞ」
「……うん。わかった。無理しちゃ、ダメだからね?」
私はそう言って、薬をプリュちゃんに飲ませてあげた。
「効き目が出るまでは少し時間がかかるだろうし、部屋で休もっか」
プリュちゃんがこくりと頷く。
それを見て、私はプリュちゃんを抱き上げると、客室へと向かった。
客室に着くと、私はプリュちゃんをベッドの上に寝かせてあげる。
「主様、ありがとうなんだぞ」
「どういたしまして」
私はそう言って、プリュちゃんの頭を優しく撫でる。
すると暫らくして、プリュちゃんはスヤスヤと眠りについた。




