122 幼女は三倍のスピードを手に入れた
水の精霊さんが首を傾げて私を見つめていると、トンちゃんがくるりと回ってから、私の肩の上に座って得意げに答える。
「ご主人の作るパンケーキは、とっても美味しいんスよ」
水の精霊さんが、私とトンちゃんの顔をを交互に見る。
「それより、ご主人からプリュに話があるッス」
「アタシに?」
「そうッス」
水の精霊さんが私をジィッと見つめる。
その目は、不安な気持ちでいっぱいになっている怯えた目だった。
私は目を合わせて、優しく微笑む。
「私はジャスミン。ジャスミン=イベリスだよ」
「ジャスミン……さん」
「うん。水の精霊さん、私に力を貸してほしいの」
「アタシの力?」
「うん。ダメかな?」
私がそう訊ねると、水の精霊さんは俯いて、暫らく黙ってしまった。
私もトンちゃんもラテちゃんもライリーさんも、水の精霊さんを見つめてじっと待つ。
暫らく待つと、水の精霊さんは顔を上げた。
それから水の精霊さんが心配そうな顔で、トンちゃんとラテちゃんの顔を見る。
「心配しなくても、プリュイの事はトンペットが既に教えてるです」
ラテちゃんの言葉を聞いて、水の精霊さんがホッと胸をなで下ろす。
「そうッスよ~。ちゃんとプリュが、おちこぼれだって言ってあるッスよ~」
「ドゥーウィンは相変わらず酷いんだぞ」
水の精霊さんは不安げに私を見て、目が合うと、直ぐに目をつぶって俯く。
「アタシなんかで、本当にいいのか?」
「うん。もちろんだよ。精霊さん、ううん。プリュちゃん、私に力を貸して?」
私が素直な気持ちで答えると、水の精霊さんが目を開いて私を見た。
目を開いたプリュちゃんに、私は優しく微笑む。
すると、水の精霊さんがモジモジと口を開く。
「怒らないって、約束してくれるなら、しても……良いぞ」
か、可愛い。
って、ダメダメ。
頑張れ私!
ここで顔がニヤケたら、変態さんだと思われちゃうもんね!
私はその可愛い姿に心を奪われそうになるが、何とか堪えて平静を装う。
「うん。絶対怒らないよ」
「絶対だぞ!」
「うん。絶対だよ」
私が笑顔で答えると、水の精霊さんは少しだけ表情を強張らせながら、大きく息を吸った。
「アタシは水の精霊、プリュイ=ターウオだぞ。ジャスミンさん、よろしくだぞ」
「うん。プリュちゃん、ありがとー」
私とプリュちゃんが微笑み合うと、それを見ていたトンちゃんが、くるっと宙を舞ってプリュちゃんの横に並ぶ。
「とりあえず、さっさと契約を済ませるッスよ。契約さえしちゃえば、情報が入るんスから、説明いらずで楽ちんッス」
「わ、わかったぞ」
プリュちゃんは返事をすると、大きな真珠の上まで戻って、目をつぶって真珠の中心に手で触れる。
すると、真珠に触れている手が、段々と青く輝きだしだ。
そして、プリュちゃんが目を開ける。
その瞬間、青い輝きが周囲に広がり、それは淡い光へと変わる。
「こいつは凄い。たまげたなあ」
ライリーさんが感嘆と声を上げる中、何処からともなく淡く輝く水が湧きだして、私とプリュちゃんを包み込む。
そしてそれは、私達2人を包んだまま、重なって一つとなった。
プリュちゃんは水が繋がると、私の許まで泳いで来て、舞を始める。
舞い続けるプリュちゃんはとても可愛くて、凄く綺麗だった。
そうしてプリュちゃんの舞が終わると、私達を包み込んでいた水が、弾けるように消えてなくなった。
「契約完了だぞ」
「うん。プリュちゃん、これからよろしくね」
「よろしくだぞ」
私はプリュちゃんと微笑み合いながら、水の加護の凄さを早くも実感していた。
何故なら、プリュちゃんが舞い続ける中、私に不思議な出来事が起きていたからだ。
水の加護の影響なのか、水の中で息が出来た。
理屈はわからないけれど、間違いなく私はプリュちゃんが舞う中で、息を止める事なく呼吸をしていたのだ。
なんだか、お魚さんになったみたい。
私がそう思いクスクス笑うと、トンちゃんが私を呆れるような目で見てきた。
「何笑ってるんスか? 気持ち悪いッスね」
「トンペット、本当の事を言ったら可哀想です」
ラテちゃん。
ラテちゃんの優しさは、人を傷つける優しさだよ?
私が2人の言葉に、ほろりと涙を一滴流すと、そこでプリュちゃんが気まずそうに口を開く。
「あ、あのな、ジャスミンさん」
「うん?」
「もしかして、契約した時の一番大事な事、聞いてないのか?」
「え? 一番大事な事?」
なんだろう?
と言うか、まだ聞いてない事あったんだ。
えーと、聞いている事は……。
「契約者の情報を、精霊さんに提供する事。精霊さんが受けている加護を、契約者がわけて貰える事」
それと、契約者の居場所が、精霊さんにわかるようになる事。
これはトンちゃんがぶつぶつ言っていたのを、聞いた感じだったけど。
他にも、何かあったような、無かったような?
などと私が頭を悩ませていると、プリュちゃんがトンちゃんとラテちゃんをチラリと見る。
「ちゃんと言わないと駄目だぞ」
「不老不死になろうとしているんだから、言っても言わなくても同じです」
「そうッスよ~。プリュは気にしすぎッス」
え? 本当になんだろう?
不老不死になろうとするなら関係ないって事は、もしかして生死に関わる事?
「ジャスミンさん、あのな」
「う、うん」
私は緊張のあまり、ごくりと唾を飲み込んだ。
「精霊の受ける加護は、この世界の自然の力なんだぞ。だから人間にはその力が大きすぎて、受ければ受ける程、寿命を縮める悪い副作用の効果があるんだぞ」
「えええぇぇーっ!?」
「ちなみにご主人は、今の所10年位は寿命縮まってるッス」
「えええぇぇーっ!?」
「今も加護を受け続けてるから、ジャスは今も寿命が縮み続けてるです」
「えええぇぇーっ!?」
「アタシで3人目だから、通常の3倍で減り続けてるんだぞ」
「えええぇぇーっ!?」
何それ、何処の赤い人!?
もう! 嘘でしょう!?
本当に一番大事な事だったよ!
このままだと、不老不死になるどころか、早死にの人生で間違いなしだよ!
もうこれ、不老不死目指さないと、冗談抜きでやばそうな勢いだよ!?
それから、私は驚きすぎて呼吸する事も忘れてしまったかのように、暫らくの間固まってしまった。




