121 幼女とおちこぼれの精霊さん
「魔性の幼女さん。それじゃあ出発しますんで、絶対顔は出さないで下さいよ?」
「う、うん」
私はライリーさんに返事をして、顔を引っ込める。
私が顔を引っ込めると、ライリーさんは船を出発させた。
すると、オカリナが鳴ったような音が周囲に鳴り響く。
「ジャスミーン! 行ってらっしゃーい!」
「幼女先輩! 行ってらっしゃいなのですよー!」
船が出発すると、リリィとスミレちゃんの、私を見送る声が聞こえてきた。
2人とも、オークとクラーケンに見つかっちゃうよ。
大丈夫かなぁ?
水の精霊さんが住む孤島、シェルアイランド。
夕暮れ時、私はライリーさんの持つ小さな船に乗って、そのシェルアイランドに向かう事になった。
この小さな船は、本当に小さな船で、乗れたのは私とトンちゃんとラテちゃんだけ。
リリィとスミレちゃんは、ライリーさんのお家で待機となったのだ。
そして、海に出ると魔族に目を付けられるようで、私はビニールカバーを被って身を隠す事になった。
私は身を隠しながら、トンちゃんとラテちゃんとお話をする。
「そう言えば、精霊さんって普通は人前に出ないんだよね?」
「そうッスね。人と関わりを持つのなんて、ラテみたいな変わり者くらいッスよ」
「ラテはトンペットの方が、変わり者だと思うです」
「あはは。じゃあ、なんで水の精霊さんは、人と関わりを持っていたのかな?」
「プリュはおちこぼれッスからね~。人の上に立って、優越感にでも浸りたかったんじゃないッスか~?」
「トンペットじゃあるまいし、それは無いです」
「水の精霊さんって、どういう子なの?」
「ただのおちこぼれのバカッスよ」
トンちゃんは本当に辛辣だなぁ。
「普段は明るくて優しい良い子です。だけど、打たれ弱くて繊細な子です」
「そっかぁ」
明るくて優しくて、打たれ弱い精霊さん。
早く会いたいなぁ。
絶対良い子だもん。
きっと、人と付き合いがあるのも、そんな子だからなんだろうなぁ。
それから、空が暗くなる頃に目的地に到着して、私はライリーさんに呼ばれて顔を出す。
すると、とても幻想的で素敵な景色が、私の目に飛び込んできた。
シェルアイランドは、その名の通りの島だった。
大きな貝が海の上に浮かんでいて、パカッと開いたその中が、まるで小さな島のようになっていた。
その島は、草木の代わりに珊瑚が広がり、岩山に生えた苔からはキラキラと淡い光が飛び出していた。
その光が、まるで満面のお星さまのように輝いて見えて、私は自然と笑顔になる。
「綺麗だね。トンちゃん。ラテちゃん」
「そうッスね~」
「ラテはそんな事より眠いです」
「あはは」
ラテちゃん、今日は結構長い間起きてるもんね。
帰ったら、美味しいパンケーキを作ってあげなきゃだよ。
私達が楽しくお話をしていると、船を波にさらわれないように固定し終えて、ライリーさんがやって来る。
「待たせてしまってすみません。それじゃあ、参りましょうか」
「うん」
私は返事をして、ライリーさんの後に続く。
島の中は、夜と思えない程に明るく、まるで日中を歩いているようだ。
私が幻想的な景色を眺めながら歩いていると、前を歩くライリーさんが口を開く。
「この孤島は、昼間は海に沈んでいまして、夕方頃にこうやって海面に出てくるんですよ」
「ふーん。タイミングは、バッチリだったって事ッスか」
「はい。岩山の苔から出る光は、シャインスクイッドって名前のイカの赤ちゃんなんですよ」
「え!? イカの赤ちゃん!?」
私は驚いてよく見ると、もの凄く小さなイカが光り輝いて空を飛んでいた。
凄い凄ーい!
空飛ぶイカなんて初めて見たよ!
凄く可愛い!
あ。
ホタルイカに似てるかも。
空飛ぶホタルイカなんだね。
「海の中では、岩山の苔の上を住処にしてる珍しい生き物なんですよ」
「寝心地悪そうです」
「あはは……」
「おっと。話をしていたら、着いたようです」
ライリーさんの言葉に前を向くと、そこには大きな真珠があった。
そして、その大きな真珠の真ん中に、可愛い二頭身の姿が見える。
きゃー!
あれが水の精霊さん!?
可愛いー!
水の精霊さんは、聞いていた通り旧スクを着ていて、ツインテールな髪型をした頭には、シュノーケルゴーグルを付けていた。
そして、ニーソックスを穿いているという、なんとも私好みなマニアックな姿をしていた。
そんな水の精霊さんは、今はお休み中のようで、スヤスヤと眠っている。
「寝てるみたいですね。どうします? 起こしますか?」
「起こしちゃうのは可哀想だよ」
「そんなの気にする事ないッスよ」
「プリュイなら、起こしても怒らないから大丈夫です」
そっかぁ。
うーん……。
でも、やっぱり起こしちゃうのは……。
などと私が考えていると、トンちゃんが痺れを切らして水の精霊さんの頬をペチペチ叩き始めた。
「と、トンちゃん!?」
「プリュ~。さっさと起きるッスよ~」
ペチペチペチペチ。
ペチペチペチペチ。
「か、可哀想だから止めてあげてよ」
と、私がトンちゃんに言った直後。
水の精霊さんが目を覚まし、むくりと起き上がった。
「ふぁあ~。なんだぞー?」
水の精霊さんが、そう言いながら大きく背を伸ばす。
その姿を見て、私の感情はフルスロットルだ。
きゃーっ!
可愛い!
抱きしめたい!
水の精霊さん、こっち向いて―!?
その時、私は水の精霊さんの胸元のゼッケンに気がついた。
そしてそこには、大きく『ぷりゅぃ』と、文字が可愛く書かれている。
可愛いーっ!
ぷりゅいの『い』が書き切れなくなって、文字が小さくなってるのが、また堪らないよ!
水の精霊さん可愛すぎる!
「うわっ! 何でここに、ラテとドゥーウィンがいるんだぞ!?」
「やっと起きたッスか? 世話が焼けるッスね」
「プリュイおはようです」
「お、おはようだぞ」
水の精霊さんがおはようと言葉を交わすと、私と目が合い、顔がみるみると青くなっていく。
「な、なんで人間がいるんだぞ!?」
そう言うと、今度はライリーさんの姿を見つけて、手から水を噴射して、その勢いでライリーさんの所まで飛んでしがみつく。
「ライリーさん! 大変だぞ! 人間だ! 人間がいるんだぞ!」
水の精霊さんに泣いて抱き付かれたライリーさんは、困った顔をして、申し訳なさそうに口を開く。
「すみません、ターウオ様。俺が連れて来ました」
「え!? ライリーさんが連れて来たのか!? 酷いんだぞ!」
水の精霊さんが涙を流して訴えていると、ラテちゃんが宙を浮かんで水の精霊さんの許へと近づいた。
「プリュイ。落ち着くです」
「ら、ラテ。でも……」
「ジャスは、ラテとトンペットと契約を交わした契約者、パンケーキです!」
待ってラテちゃん。
その言い方だと、私がパンケーキみたいだよ?
「パン……ケーキ。なのか?」
ラテちゃんの言葉で、苦笑する私と水の精霊さんの目が合う。
「人間さんは、パンケーキなのか?」
「あはは。ある意味そうなのかも?」
私がそう答えると、水の精霊さんは不思議そうに首を傾げた。




