119 幼女は想いを海に誓う
私が更衣室から着替えて戻って来ると、何やら皆がお通夜ムードになってしまっていた。
な、何事?
顔を顰めて皆の様子を窺うと、何やらぶつぶつと喋っていたので、私は聞き耳を立ててみる。
「魔性の幼女さんでも、奴等を止められないだなんて」
「良い所見せたかったのに、ついついリリィに対抗心を燃やしてしまったなのよ。私も幼女先輩とお風呂に入りたいなのよ」
「考えてみたら、ジャスミンの水着姿があまり見れなかったじゃない」
なるほどだよ。
だいたいわかったけど……。
ライリーさんは、うん。
まあ、何となく気持ちはわかるよ。
でもリリィは、さっきまで幸せそうな顔して鼻血まで出していたのに、そんな事で落ち込みすぎでしょう?
スミレちゃんは、うん。
気にしなくていいよと言ってあげたい所だけど、本音がダダ漏れで、言いたくないかな。
私がそんな風に考えていると、トンちゃんが私の肩に座ってため息をついた。
「ご主人、どうするッスか? このままだと、先に進めないッスよ」
「え? なんで?」
「何でって、決まってるじゃないッスか。今回の魔族は、海の中に逃げるんスよ? 追えっこないッス」
「あ。そっか」
たしかに、海の中じゃ手の出しようがないよね。
私も別に泳ぎが得意なわけじゃないし、リリィはトラウマがあるから海には入れないし。
うーん……。
「私の水魔法が、もう少し使い物になれば良かったけど、今は風と土の加護があるから無理だもんね」
「そうッスね~。今じゃ、飲み水と映し鏡代わりにしか使えないッスからね」
「うん」
私とトンちゃんが2人で、どうしようかと悩んでいると、大きなあくびをしてラテちゃんが目を覚ます。
「もう漫才は終わったです?」
漫才て。
だいたい合ってるだけに、反論出来ないよ。
「やっと起きたッスか」
「まだ寝足りないけど、ご褒美のパンケーキの為に頑張るです」
「あはは。偉い偉い」
私はそう言って、ラテちゃんの頭をなでなでする。
初めて作ってあげたパンケーキが、こんなに気にいってくれるなんて思わなかったなぁ。
あれ以来、ラテちゃんってば、すぐに眠る事が無くなったんだよね。
などと、私がしみじみ考えていると、トンちゃんが突然大声を上げた。
「あ! 思い出したッス!」
私はびっくりして指で耳を塞ぐと、トンちゃんが耳を塞いだ私の指を、すぐにどかして大きな声を出す。
「ご主人! この町の近くには、プリュイが住んでるッスよ!」
「プリュイ?」
私が煩いなぁと思いながらも首を傾げると、ラテちゃんが頭上でポンっと手を鳴らす。
「そう言えば、プリュイがいたです。暫らく会ってないから、ラテも忘れていたです」
「もしかして、そのプリュイって言う子も、精霊さんなの?」
「そうッスよ。水の精霊のプリュイッス」
「いつも変な格好をしてる子です」
へ、変な格好?
変な格好、変な格好……。
精霊さんにも、変態がいるって事かな?
もしそうだったら、凄く嫌だなぁ。
「あ。でも、ジャスと契約して、あの格好が何かわかったです」
「そうッスね~。まさか、ご主人が前世で住んでいた国の物だとは、思いもしなかったッス」
「え? 前世の私の国の服?」
本当になんだろう?
変な格好の、前世の私がいた国の服。
和服?
ううん。
和服は変じゃないよね?
でも、この世界で和服って見た事ないし、ありえるかも?
「服と言うより、水着ッスね」
「え? 水着?」
ま、ますますわからない。
変な水着、変な水着……。
ま、まさか、ティーバックとかそう言う!?
そこまで考えて、私はごくりと唾を飲み込んだ。
精霊さんの可愛らしいビジュアルで、ティーバックなんて、見てみたいような見たくないような、そんな気持ちにされてしまったのだ。
だけど、そんな私の期待とは、全く別の言葉が返ってきた。
それは、私の期待を大きく、遥かに上回った夢が高鳴るような答えだった。
「旧スクール水着です」
旧……スクール水着?
旧スクール水着ぃーっ!?
「今すぐ会いに行こう!」
鼻息を荒くして、そう大声を上げた私に、トンちゃんがドン引きをする。
「あー。やっぱご主人の、ドストライクだったッスか。キモイッスね~」
「ジャスの前世の記憶を知った時から、わかっていた事です。今更なので問題ないです」
そんな2人の冷静なお話のおかげで、私は少しだけ正気をとり戻した。
あ、危なかった。
もうすぐで、リリィやスミレちゃんみたいになる所だったよ。
でも、仕方がないよね。
だって私、前世で一番女の子が着ていて可愛いと思っていたのが、旧スクなんだもん!
って、待て待て私。
冷静になるのよ。
考えていたら、また興奮しちゃうでしょう?
だからここは、心を落ち着かせよう。
「私、頭冷やしてくるね!」
私はそう言って、海へと走る。
もちろん、海にダイブして頭を冷やす為だ。
「ご主人?」
「ま、待つです! 止まるです!」
ラテちゃんが私の目の前に、砂浜の砂で壁を作り出す。
そして、私はその砂の壁に、勢いよくダイブして倒れた。
「い、痛い」
そこに、トンちゃんが海水を風で浮かせて、倒れた私の顔にバシャーッと勢いよくかけた。
「ぴゃっ」
「目は覚めたッスか?」
「う、うん。2人ともありがとー」
「やれやれです」
私はトンちゃんとラテちゃんのおかげで、今度こそ本当に冷静さをとり戻す。
すると、そこへ私の異変に気がついた、お通夜ムードの3人がやって来た。
「ど、どうしたの? ジャスミン」
「幼女先輩、何かあったなのですか?」
「新手の魔族でも出たのか?」
3人があまりにも心配そうに私を見るので、私は段々と恥ずかしくなってきて、顔を両手で隠す。
「な、なんでもないよ」
うぅ。
恥ずかしい。
これじゃあ、皆の事を偉そうに変態だとか言えないよ。
私は、そんな風に恥ずかしがっていると、トンちゃんから追い打ちをかけられてしまった。
「ご主人、安心するッス。ケモっ子相手だと、いつもさっきみたいな感じッスよ」
えぇーっ!?
嘘でしょう!?
「トンペット、今は本当の事を言ったら、駄目な時です。フォローにならないです」
ラテちゃん。
何気にラテちゃんの言葉の方が傷つくよぅ。
うぅ。
私って、今まで気がついてないだけで、そうだったんだ。
なんだかショックだよ。
でも、くよくよなんて、していられないよね。
私は、止まってなんていられないんだもん。
よし。
自重しよう。
うん。
自重の心を常に持ち続けるんだ!
私頑張るからね!
こうして私は、新たな目標を見つけて、海に誓うのでした。




