115 幼女の親友は普通じゃない
船主さんの案内で、私達が船探しの時に訪れたオカリナの形をした造船所に到着する。
そして造船所の中を暫らく歩くと、大きな丸い岩がくり貫かれたような、そんな建物の中に案内された。
どうやら、この不思議な建物が、船主さんと女の子のお家らしかった。
お家に到着すると、私達は客間に通されて、少し大きめの椅子に腰かける。
私は椅子に座ると、興味本位で周囲を見まわす。
色んな物が石で出来ていて、壁だけじゃなく、机や椅子なども石で出来ていた。
それと不思議な事に、椅子の石は材質が違うのか、今座っている上の部分だけが少し柔らかかった。
凄ぉい。
石なのに柔らかいよ。
なんでだろぉ?
と、私が目をキラキラさせていると、船主さんが紅茶を持って来て、私を見て可笑しそうに笑う。
「ははは。石で出来た椅子が、そんなに珍しかったですか? どうぞ」
「ありがとー。いただきます。うん。初めての感触。せんべい布団みたい」
「せんべい布団? あ、そうそう。そう言えば、自己紹介がまだでしたよね?」
「私も私も!」
と、女の子がジャムを石のトレイに乗せて部屋に入ってくる。
そんなわけで、紅茶をとジャムをいただきながら自己紹介を始めた。
ジャムを舐めながら、紅茶を飲むのは初めての経験だったけど、これが意外と美味しかった。
それはそうと、船主さんの名前はライリーさんで、女の子はマノンちゃん。
ライリーさんは最近この港町で起きている事件に、娘のマノンちゃんが巻き込まれたと思って、捜しに来ていたらしい。
「ライリーさん。最近この町で起きている事件って?」
「魔性の幼女さん。聞いてくれるんですか? ありがたい」
「う、うん」
ライリーさんのお家まで戻る途中に、私はなんとか説得をして、様付けを止めてもらえるようになっていた。
本当は魔性の幼女呼びも止めてほしかったのだけど、そこは諦める事にした。
と、そんな事はともかくとして、私はライリーさんの言葉に耳を傾ける。
「実はここ最近この町でも、一人と一匹の魔族に悩まされているんですよ」
1人と1匹?
ベルゼビュートさんと、黒猫ちゃんになったアスモデちゃんなんて事は無いよね?
「魔族ッスか? もしかして、浜辺に人がいないのと、何か関係があるんスか?」
「そうなんだ。奴等の奇妙な魔法が厄介なんです。浜辺で遊ぶ女だけを狙って、全身ヌルヌルにされて下着や水着を脱がされて、そのまま盗られちまうんだ」
全身ヌルヌルにされて下着や水着を脱がされて、そのまま盗られる……?
ベルゼビュートさんとアスモデちゃんじゃない事は、絶対間違いないよ。
って言うか、どうしよう?
凄く、凄く関わりたくないよ。
結局、いつもの変態な魔族なんだもん。
私がそんな事を思っていると、ラテちゃんが小さな声で私に囁く。
「たぶん、魔法じゃなくて能力です」
「う、うん。そうだね」
私とラテちゃんがひそひそとお話をしていると、スミレちゃんが真剣な顔で口を開く。
「どうりで、マノンちゃんはパンツを穿いていなかったなのよ」
「え?」
マノンちゃんの顔が、みるみると赤く染まっていく。
スミレちゃん。
手あたり次第に、パンツ見ようとするのやめて?
「何でそんな事がわかるのよ!?」
マノンちゃんが顔を真っ赤にして、股下を手で隠す。
そして、その反応を見たライリーさんが、大きくため息を吐きだした。
「やっぱりそういう事か。だから言っただろ? 今は海に近づいちゃいかんと」
「これだから、言うのが嫌だったのよ。服を乾かしてたのに見つかっちゃうし、ホント最悪」
マノンちゃんが不機嫌になって、そっぽを向くと、ライリーさんが再び大きくため息を吐き出した。
「でも、変な話よね? 私達も海に行ったけど、とくに襲われる事も無かったわ」
「そう言えばそうだよね。なんでだろう?」
リリィの言葉に私が同意すると、マノンちゃんが「あの」と言葉を続ける。
「それ、いつ頃の話ですか?」
「え? えぇっと、この町に着いたのがお昼頃だから、3時間前くらい?」
「ジャス。正確には2時間48分前です」
凄いラテちゃん。
そんな事、時計も無いのによくわかるなぁ。
マノンちゃんはそれを聞くと、真剣な面持ちで私を見つめる。
「やっぱりそうですか。その時間、私の友達が被害にあった時間帯なんです」
「もしかして、マノンが海に行ったのって、友達の下着を取り返す為?」
リリィがそう訊ねると、マノンちゃんは静かにこくりと頷いた。
ライリーさんはそれを見て、今度は優しい顔で静かにため息を吐いた。
「大体の事情はわかったのだけど、ジャスミンどうする? 魔族の能力を考えると、ジャスミンには、荷が重いと思うのだけれど?」
「え?」
荷が重い?
それを言い出したら、いつも荷が重いのだけれど?
やだなぁリリィってば。
いつも私には、荷が重い事だらけだよ?
いつも流されてるだけだもん。
それでいつもパンツを……あ。
「私、パンツを30分穿いて無かったら、死んじゃう」
私が顔を真っ青にして呟くと、ライリーさんとマノンちゃんが首を傾げる。
そして、リリィとトンちゃんが、呆れた顔を私に向けた。
「ご主人。もしかして、忘れていたッスか?」
「う、うん」
パパと一緒にお風呂に入ってた時くらいしか、問題なかったから忘れてたよ。
今回は魔族の能力的に、穿いてない状態が30分をこえちゃう可能性が、普通にあるかもなんだ。
うぅ……。
ちょっと厄介かも。
「ふっふっふ。幼女先輩。今回は、この私に任せて下さいなのですよ!」
私が頭を悩ませていると、そう言ってスミレちゃんが立ち上がった。
「最近良い所無しだったなのですが、今回は良い所をお見せするなのです!」
「スミレちゃん。ありがとー。期待してるね」
「はいなのです!」
そう言葉を交わして、私とスミレちゃんが微笑み合うと、リリィが呆れた様子で口を開く。
「スミレ、アンタは最初から今まで、良い所なんて無かったじゃない」
「そ、そんな事はないなのよ」
「まあ良いわ。今回はジャスミンを頼らず、私達で何とかしましょう」
「もちろんなのよ!」
リリィとスミレちゃんが握手を交わす。
すると、それを聞いていたライリーさんが、心配そうにリリィを見た。
「そちらの魔族の姉ちゃんはともかく、アンタみたいな普通の女の子が危なくないか?」
普通の女の子!?
リリィが普通の女の子!?
私はライリーさんの発言に驚愕する。
で、でもそうだよね。
つい忘れがちだけど、リリィも本来は見た目が綺麗な普通の女の子だもんね。
最近は、行動の全てが残念な感じだけど。
などと私が考えていると、スミレちゃんがライリーさんを失笑して口を開いた。
「リリィは普通の女の子なんかじゃないなの。むしろ、今じゃ私より強いなのよ」
あ。
やっぱりそうなんだ?
「へえ。そいつは驚いた。流石は魔性の幼女さんのお仲間だ」
ライリーさんが感心してそう言うと、リリィが真面目な顔をしてライリーさんに向き合った。
「それより、一つ私達からも頼みたい事があるのだけれど」
「ああ、わかってる。船だろう? 魔性の幼女さん御一行の為に、喜んで引き受けるさ。もちろん貸切だ」
「話が早くて良いわね」
リリィはそう言うと、残っていた紅茶を一気に飲み干した。
そして立ち上がって、私の顔を一度見てから、スミレちゃんに顔を向ける。
「私に良い考えがあるわ。スミレ、手伝いなさい」
「了解なのよ」
2人のやり取りを見ながら、私はジャムをペロリと舐めながら考える。
とりあえず、船の問題は一安心だね。
後は魔族をどうにかするだけだけど、リリィとスミレちゃんの2人に任せておけば、とりあえずこっちも安心かな?
でも、なんでだろう?
なんでかはわからないけど、凄く不安と言うか、嫌な予感がするんだよね?
私、何か忘れてる気がする。
なんだったっけ?
こうして、私は心の中に引っ掛かりを持ったまま、ライリーさんの案内で魔族がよく出ると言われる海岸へと向かった。




