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114 幼女の通り名は伊達じゃない

 私が魔性の幼女と言われて項垂れていると、船主さんにもの凄く良い笑顔で、背中をバンバン叩かれる。


 痛っ。

 ちょっと、痛いんですけど!?


「いやあ。まさか、あの有名な魔性の幼女さんが、この町にもいらっしゃってたとは! そうならそうと、早く言って下さいよ!」


「あ、あの。痛いから叩かないで?」


「おっと、こりゃあすみません」


 船主さんが私の背中を叩くのを止めると、女の子が私達に近づいてきた。


「お父ちゃん。魔性の幼女って、あの魔性の幼女?」


「ああ、そうだ。間違いない。それによ。王家の紋章の首飾りは、俺達魚人ですら手に入れるなんて出来ない代物だ。それを人間が持っているなんて、本来ありえないだろう?」


「た、確かに!」


「だが、魔性の幼女さんが相手なら、話は別だ。何も不思議は無い。むしろ持ってないわけが無い。頷けるってもんよ!」


「その通りだわ! それなのに私ったら、そんな簡単な事に気がつかないなんて、恥ずかしい」


 え、えぇぇ……。

 あのぅ。

 魔性の幼女って、そんな凄いの?

 魔性の幼女に、そんな大それた価値は無いと思うよ?

 って、リリィもスミレちゃんも、頷いてる。

 これ、私がおかしいの?

 て言うか、て言うかだよ。


「その、魔性の幼女さんって呼び方、止めてもらえないかな?」


 私の名前はジャスミンだもん。

 魔性の幼女じゃないもん。

 それに魔性の幼女って、呼ばれたきっかけが、凄く酷いんだよね。

 私が村の男の人達に、色目を使ってるって言われたのが原因なんだもん。

 このままだと、私は世界を旅しながら男性に色目を振りまく、ビッチな幼女だよ。

 そんなの嫌すぎるでしょう?

 ここはきっちりと、私の名前をしっかり言うべきだよね!


 私は船主さんの目を、真剣な眼差しで見つめた。


「私の名前は、ジャ――」


「様を付けるッスよ!」


 私の名前は、ジャスミンだよ。と、告げたかったのだけど、それをトンちゃんが大声でさえぎってしまった。


 いやいやいや。

 いらないよ!

 様なんていらないよ!

 って言うか、トンちゃん?

 絶対面白がってるでしょ?

 目が笑ってるよ?

 本当にやめて?


「は! これはとんだご無礼を。魔性の幼女様」


 嘘でしょう!?

 付けちゃった!

 本当に様を付けちゃったよ!


「もう、お父ちゃん。しっかりしてよ。魔性の幼女様に失礼でしょ」


「いやあ。俺とした事が舞い上がってしまって、本当にすみません。魔性の幼女様の名前をさん付けだなんて、知り合いでもないのにどうかしてました」


 あのぅ。

 むしろ、それ以前から、既にどうかしてるよ?

 様どころか、魔性の幼女って言う、おかしなパワーワードに気がついて?

 どれだけ魔性の幼女って名前に、信頼寄せちゃってるの?

 だいたい魔性の幼女だなんて、そんなおかしな名前の人いないよ?

 とにかく、とにかくだよ。

 せめて、呼ばれ方が悪化するのは、防がないとだよね!


 私は真剣な眼差しを、ライリーさんに再び向ける。


「様とかいらないよ」


「しかし、魔性の幼女様。そう言うわけには」


「そうですよ。魔性の幼女様」


「本当にいらないから!」


「バカが増えて、バカバカカーニバルです」


 私が必死に船主さんと女の子を説得する中、私の頭の上に座るラテちゃんが、大きなあくびをして呟いた。


 バカバカカーニバルって何?

 って言うか、こらこら。

 失礼な事を言ったら駄目だよ。ラテちゃん。


「こんな所で立ち話もなんです。魔性の幼女様、我が家に招待しますので、行きましょう」


「う、うん」


「ジャスミン、流石ね。あんなに私達を毛嫌いしていた相手を、こんなにもいとも簡単に懐柔出来てしまうなんて。それでこそ、私のジャスミンだわ」


「そうなのよ。幼女先輩に不可能はないなのよ」


 なんで2人とも得意気なの?

 ねえ?

 2人とも私をしっかり見て?

 魔性の幼女なんて呼ばれて、凄く落ち込んでるのがわかるでしょう?


 私が2人の反応にがっかりしていると、女の子が目を輝かせて私を見つめてきた。


「それにしても、まさか魔性の幼女様が、こんなに小さな可愛らしい女の子だったなんて」


 女の子が目を輝かせたまま、私の手を取る。


 可愛らしいだなんて、貴女こそ、綺麗な顔立ちで可愛らしいんだもん。

 おまかわって感じだよ。


 などと、私が頬を緩めていると、女の子の口から恐ろしい言葉が飛び出した。


「風抜けの町の風が止まった事件と、建物が破壊される程の雹が降ってきた事件も、魔性の幼女様が解決したんですよね?」


 私は女の子の質問を受けて、背筋が凍るような寒気を感じて、頬を緩めたまま顔を硬直させて固まってしまう。


 えぇっと、建物が破壊される事件の犯人は私なんだけど……。

 言えない。

 怖くて言えないよ。


 そんな私の気持ちが伝わるわけも無く、女の子は更に目を輝かせて続ける。


「先日起きた、山が三つ消えた謎の事件。あれの犯人の魔族を退治したのも、魔性の幼女様なんですよね?」


 ひぃ。

 それも私が犯人なの!

 だから、そんな綺麗な目で私を見ないで!? 


 私が罪悪感にかられていると、船主さんが女の子の肩に手を置いた。


「こらこら、マノン。それはただの風の便りで、言われているだけの事だろう? 魔性の幼女様とは関係ないさ。魔性の幼女様も関係ない事を言われて、お困りじゃないか」


 船主さんが申し訳なさそうに私を見る。

 すると、女の子も同じように、申し訳なさそうに私を見た。


「私ったら、つい興奮しちゃった。ごめんなさい。魔性の幼女様」


「う、ううん。大丈夫」


 そんな顔で見られると、罪悪感がもの凄いよ!

 と言うか、風抜けの町カスタネットの事はまだわかるんだけど、なんで山の事まで噂になっちゃってるの?

 怖い。

 怖いよ風の便り……。


「さあ、早く我が家に行きましょう」


 そんなわけで私は船主さんと女の子から、さっきとは正反対の大歓迎ムードで、お家に招待される事になりました。

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